第94話 多少のトラブル


「「「ありがとうございました!」」」


 パタンッ


 新商品を売り出してから2日目の営業が終了した。


「ふう〜さすがに今日は疲れたね」


「ああ。まさか本当に昨日よりもお客さんが増えるとはな」


 リリアの言う通り、今までで一番お客さんが多かったと思われる昨日よりも、今日のほうがさらに多くのお客さんが訪れてくれた。


 やはりこちらの世界の情報は口コミが基本なだけあって、口コミでの情報の早さはなかなかのものだった。昨日販売し始めたばかりの棒状ラーメンや栄養食品の噂を聞いて、多くのお客さんがやってきてくれた。


 それに加えて昨日売り切れで新商品を買えなかった人や、棒状ラーメンの違う味を求めるお客さんも来てくれたため、朝から長蛇の列ができていた。たぶんしばらくの間は忙しくなりそうである。


「テツヤさん、昼間はすまなかったな。おかげで助かった」


「僕も朝は助かったよ。まさかいきなり殴り合いの喧嘩に発展するとは思わなかったからね」


「ドルファもランジェさんも対応に問題はまったくなかったよ。あれはお客さんのほうが熱くなりすぎていただけだから。2人とも手を出さずに我慢してくれて助かったよ。面倒なお客さんがいたらすぐに俺を呼んでくれていいからね」


 とはいえ今日はいくつかトラブルがあった。これだけお客さんが多くなると、多少のトラブルが起こることは仕方のないことである。


 まずは朝に起きたトラブルは、先日もあった列に並ぶ際のトラブルだ。トラブルの起き始めは見ていなかったが、どうやらどちらが先に並んだかで、お客さん同士が口喧嘩を始め、そのまま手を出して殴り合いへと発展したらしい。


 さすがのランジェさんもいきなり殴り合いの喧嘩を始められて、どうしたらいいかわからなくなり、助けを求められた。


 とはいえ、俺に冒険者同士の喧嘩を止める術はないので、そこだけはランジェさんにお願いして喧嘩に割って入ってもらい、2人の動きが止まった時に、これ以上喧嘩をするなら出入り禁止した上に憲兵を呼ぶと伝えたところ、一気に冷静になってくれた。


 話を聞いた上で、どちらが先に並んだのかは俺もランジェさんも見ていなかったから、2人お客さんが退店したあとに2人同時に入店してもらった。幸い新商品はまだ売り切れていなかったので、2人とも目的の商品を購入でき、満足して帰ってくれたのでよかったよ。


「俺のほうはお釣りを間違えただけで、まさかあれほどお客さんが怒るとは思わなかったな」


「ああ〜あれはたぶん何かにいちゃもんをつけたかっただけだと思うよ。俺のいた世界だとクレーマーっていうんだ。ああいうお客さんが来たらすぐに俺を呼んでね」


 ドルファの方のトラブルはお釣りを間違えてしまい、少ない金額をお客さんに渡してしまったらしい。ドルファは教えた通りに、ちゃんと頭を下げて謝罪したのに、その若い男のお客さんは大声で怒り続けていた。


 すぐに俺が対応したが、そのお客さんは怒りを鎮めることはなく、挙げ句の果てに購入した商品をタダにしろと無茶苦茶なことを言い始めた。


 これはクレーマーの類いと判断しつつも、お釣りを間違えたことについてはきちんと謝罪して、タダにしろという要求は絶対に受け入れなかった。最終的にお金は返すから商品を購入するのをやめるかと聞いたところ、怒りながらもしぶしぶ正規の料金を支払って帰っていった。


 ああいうお客さんは要注意だな。しっかりと顔は覚えておいたので、次にまた同じような騒動を起こしたら躊躇なく出禁にするとしよう。もしかしたら、お釣りが少なかったというのも嘘だったのかもしれないしな。


「それにしてもテツヤはそういったお客への対応に慣れていたな。散々怒っていたお客さんに対しても冷静であったな」


「テツヤお兄ちゃん、すごかったです!」


 リリアとフィアちゃんが褒めてくれた。


「……元の世界でもそういう面倒なお客はいっぱいいたからね」


 接客業をやっていたわけではないが、下手をしたら営業のほうが面倒な顧客を相手にすることは多いかもしれない。ブラック企業なら尚更である。また、ブラック企業での経験が役に立ってしまったぜ……


「へえ〜テツヤの世界にも面倒なお客さんはいたんだね」


「むしろ俺の故郷のほうが面倒なお客さんは多かったよ。武器を持っていないのが唯一の救いかな」


 こちらの世界のお客さんは武器を持っているので、それだけは怖いところだが、リリアやドルファもいるし、今日はランジェさんもいる。俺ひとりなら武器をチラつかされたら、すぐに要求を呑んでしまっていたかもな。


「面倒なお客さんがきても、とりあえずこちらのほうからは手を出さないようにね。もちろん向こうから手を出そうとしてきたら、迷わずに自衛してほしい。それと俺やフィアちゃんに戦闘能力はないから、お客様対応中になにか起きそうだったら、そっちも気にしてくれるとありがたいかな」


 この街のお客さんでリリアやドルファより強い人はほとんどいないからな。


「今週中はたぶん今日くらい忙しいと思うから、今回みたいなトラブルもあるだろうけれど、落ち着いて対処すれば大丈夫だからね」


 まだまだ今週は忙しくなりそうだが、みんながいればなんとかなるだろう。今週はランジェさんもいてくれて本当に助かったよ。

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