第6話 異世界に労働基準法はないらしい


 目の前にあるウインドウ、そこにはアウトドアショップLV1と書かれていた。そして元の世界で見たことがあるキャンプギアがいくつか記載されていた。


「とりあえず試しに何か買ってみるか。えっと、一番安いのはこの折りたたみのスプーンとフォークみたいだな」


 ウインドウはタッチパネルのように操作することができた。表示されているキャンプギアの種類は10個くらいしかないが、その中でも一番安い銅貨4枚と書かれた折りたたみスプーンをタッチし、購入ボタンを押してみる。


『金額が足りておりません、お金をチャージしてください』


「うおっと!?」


 ウインドウに文字が浮かび上がる。そりゃ金額が書いてあるんだからお金は必要だよな。だけどチャージってどうすればいいんだ?


 リュックから先程商業ギルドで調味料を売って手に入れたお金を取り出す。お金をこのウインドウに通してみるとかかな。


 ポトッ


 金貨をウインドウに通してみるが、金貨はウインドウを素通りして地面に落ちていった。どうやらこの方法ではないらしい。となると試しに念じてみるか。


 チャージしろ……チャージしてくれ……


「おっ!?」


 手の中に金貨を持ってチャージと念じたところ、金貨が消えた。そしてウインドウの右下に残高金貨1枚という表示が現れた。先程と同じように折りたたみスプーンをタッチし、購入ボタンを押す。


 それと同時に何もない空間から、包装もされていない折りたたみスプーンが現れ、膝の上に落ちてきた。そしてウインドウの右下にある残高の表示が、銀貨9枚と銅貨6枚になっていた。


 やっぱりこれは元の世界の物を購入できる能力に違いない! でもなんでアウトドアショップ? ここに来た時にキャンプしていたからか?


 チャージした時と同様に、目の前にあるウインドウを消したいと念じてみると、ウインドウがスッと消えた。反対にウインドウを出したいと念じてみると、ウインドウが現れる。どうやらこのウインドウは出し入れ自由らしい。


 もっといろいろと検証をしてみたいところだが、こんなにひらけた場所で、何もない空間から物を取り出すところを他人に見られたくない。それにもうすぐ日も暮れてきそうだし、まずは宿を探すとしよう。




 

「そこのお兄さん、今日の宿が決まっていないならどうだい? ウチの宿の飯はうめえぞ!」


「ちょっとそこのカッコいいお兄さん! うちの宿の酒は美味しいよ、晩ご飯込みの一泊でたった銀貨5枚だよ!」


 なんともすごい活気だな。どの宿も必死で呼び込みをしている。


 この街の宿は宿泊費によって場所が分かれているらしく、この辺りは街の一般冒険者向けの宿屋になっている。他の場所にはここよりも安い宿や、もっと高級な宿が集まる場所もあるらしい。


 多少お金に余裕があるとはいえ、高級宿に泊まるのはためらわれるし、安宿だとセキュリティの面で大いに不安がある。なにせ俺はゴブリンにも勝てないくらい、戦闘能力は皆無だからな。強盗が押し入ってきたら命はない。そうなると一般人が泊まる宿一択となるわけだ。


 このあたりであれば宿代はどこもほとんと変わらないので、食事やお酒などで宿を決める人が多いらしい。このあたりはロイヤ達から話を聞いている。


 さて、正直どこでもいいのだが、どの宿にしようかな?


「お兄ちゃん、宿が決まっていないならうちはどうですか? お父さんの作るご飯は美味しいですよ!」


 後ろから突然声をかけられた。振り向くとそこにはまだ幼い少女が上目遣いでこちらを見ている。歳は小学校高学年くらいで、金色の長い髪をツインテールにまとめている。この世界では金色や茶色の髪の色をした人が多く、俺のような黒い髪や瞳の人はほとんど見かけなかった。


 しかし、こんなに幼い子供が働かないといけないなんて大変だな。どうやらこの世界に労働基準法というものはないらしい。


「あの、お兄ちゃん……?」


「ああ、宿代はいくらだい?」


「はい、晩ご飯と朝ご飯がついて銀貨5枚になります」


 ふむ、他の宿と同じくらいの宿代だな。どこの宿でもよかったし、そこにするか。……決してお兄ちゃん呼びされたのが嬉しかったり、この子が可愛かったから決めたわけじゃないからな。俺はロリコンでもないし。


「それじゃあ一泊お願いするよ」


「はい、ありがとうございます! 宿はこっちになります!」


 うむ、笑った顔も可愛らしい。……大事なことだから2回言うが、俺はロリコンではないからな。





「お母さん、お客さんを連れてきたよ!」


「あら、ありがとうね、アルベラ」


 案内された宿は普通の木造建ての建物だった。女将さんは少しふっくらとした体型だが、金髪碧眼で顔立ちはアルベラちゃんによく似ている。まあ親子なんだから当たり前か。


「晩ご飯付きで一泊お願いします」


「はい、銀貨5枚になります。食事はすぐに食べられますか?」


 早くアウトドアショップについて検証してみたいところだが、いろいろあってだいぶお腹が空いている。ここは先にご飯にするとしよう。


「そうですね、先に食事でお願いします」


「かしこまりました。準備が終わったら部屋に呼びに行きますね。アルベラ、部屋の案内をお願いね」


「うん!」


 宿の2階にある部屋に案内される。部屋の中には机と椅子とベッドがあった。ベッドは少し固かったが、思ったよりも立派な部屋だったから驚いた。これで食事込みの約5000円なら十分である。

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