第2話 ソロキャンプからの異世界


 パチパチパチ


「焚き火を見ていると落ち着くな。あ〜あ、仕事辞めたい……ずっとキャンプして暮らしたい……」


 とあるキャンプ場、周りには誰もおらずにひとりきり。最近の休日は人の少ない穴場のキャンプ場で、ソロキャンプをするのがマイブームである。今日のこのキャンプ場も何人か泊まっているが、それぞれがかなり離れてテントを張っているので、実質ひとりきりみたいなものだ。


 最近は地面の上に直接火を起こして焚き火をする、いわゆる直火を禁止しているキャンプ場が増えてきている。自然にダメージを与えてしまったり、火事の危険性もあったりするからだ。俺も焚き火台を出して、薪をくべて火を起こしている。


 焚き火を見つめていると、とても落ち着いた気持ちになってくる。なんでもゆらゆらと揺れる炎やパチパチと鳴る音には、科学的にも癒し効果があるらしい。


「かあああ、うまい!」


 今日の晩ご飯はシンプルに焼いた肉にアウトドアスパイスを振りかけただけのものだ。それとつまみは昼間に作った燻製のチーズ、ウインナー、ナッツだ。これをキンキンに冷えた缶ビールと一緒に流し込むのが、至高の味なのである。


「のんびりソロキャンプ、最高だぜ!」


 最近では日々の仕事の疲れを週末のキャンプで癒している感じだ。まだ働き始めてたった数年しか経っていないけれど、もう今の仕事を辞めたくなってきている。とにかく残業が多すぎるんだよなあ……週1〜2日の休みだけはソロキャンプのために、ギリギリ死守しているのが現状だ。


 焚き火を眺めたり、都会では見えない星空を眺めていると本当に心が癒されていく。




「さあ、ぼちぼち寝るか」


 腹も膨れて、酒もいい感じにまわってきた。火も消し終わったし、残りの片付けは明日の朝でいいか。すでにいつでも寝られるように準備はしてある。あとは歯を磨いて寝袋に入るだけだ。


 さあ寝るか。明日はさっさと片付けをして家に帰って、今週積んでいたアニメでも見るとしよう。






 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆


「どこだよ、ここは……」


 ソロキャンプをした次の日、目が覚めてテントから出るとそこは森の中だった。


「昨日は確かにキャンプ場に泊まっていた筈だ。テントもあるし、外には昨日出しっぱなしだったテーブルやキャンプ用のローチェアがある。なのになんで昨日までいたキャンプ場じゃなくて森の中にいるんだよ?」


  生い茂る一面の木々、そこらにある草や木の幹を触ってみるが感触といい匂いといい、どう考えても現実っぽい。


「いつも昨日くらい酒は飲んでいるし、酔っ払って見ている夢でもなさそうなんだよな……」


 とりあえず周囲を歩いてみるが、元のキャンプ場にあった管理棟や駐車場など一切なくなっていた。


「って、スマホも財布もねえじゃん!?」


 ふと気付くとズボンのポケットに入っていたスマホも財布もなくなっていた。


「ちょ、これマジでヤバいやつ! 車もなくなってるしどうすんだよ!?」


 スマホで助けも呼べないし、駐車場にあるはずの車は駐車場ごとなくなっている。神隠しや遭難の文字が頭に浮かぶ。


「落ち着け、まだ慌てる時間じゃない! とりあえず今ある物をチェックだ!」


 急いでテントのある場所に戻り、テントや焚き火台を仕舞いながら、今ある持ち物を確認する。


 とりあえず、今日の朝食べようと思っていた燻製料理の残りと余った食材、テント、寝袋、マット、折り畳みのテーブル、ローチェア、調理器具、調味料、ライトなどのキャンプギア。持ち物を確認しながら、キャンプギアを持ってきていたリュックに詰めていく。


「とりあえず食料はあるけれど、飲み物が心許ないな……」


 常にリュックの中に入れている固形の保存食や食料はあるが、2Lペットボトル半分のお茶くらいしか飲み物がない。缶ビールは昨日飲み切っていた。


「とりあえず今から動かないと、すぐに飲み物がなくなるぞ!」


 川でも見つけないとすぐに詰んでしまう。急いで行動しないと!




「はあ……はあ……」


 あれから2時間ほどずっと山の中を歩いているのだが、なにも見つからない。一応テントがあった場所には、今は不要な荷物になる薪やビールの空き缶やゴミなどを埋めてきた。キャンプ場ではゴミを持って帰るのがマナーだが、今はそんなことを言っている状況ではない。


 そして辿ってきた道がわかるように、調理用に持ってきていたナイフで適当な木に目印をつけてきた。これなら元の場所に戻ろうと思えば戻れるはずだ。


「飲み物もあと少ししかないし、かなりピンチだな……ってこの音は!」

 

 先程までは木々が風に揺られる音しか聞こえなかったのだが、その中に水の流れるような音が聞こえた。もしかしたらこの先に川があるのかもしれない!


「はあ……はあ……」


 自然と足早になる。綺麗な川なら、水を浴びるほど飲めるはずだ。水さえ確保できれば食料はあるし、当分の間はなんとかなる!


「やった、川があっ……た……」


 確かに川はあった。しかしあったのは川だけではなかった。そこにはファンタジーの世界の中でよく出てくるがいた。




 背が低く、濃い緑色の肌にずんぐりとした体型。鼻は平たく耳は尖り、醜悪な顔立ちをしている。ボロい布切れを腰に巻き、太い棒切れを持っている。俺が持っている元の世界のゴブリンのイメージそのものだ。……え、まさかここは異世界なのか!?

 

「ゲギャゲギャ!」


「ギャキャ!」


 川を見つけたことにより興奮して声を出してしまったためにゴブリン達に気付かれた。しかも、2匹もいやがる!


 急いでリュックを下ろして持っていたナイフを構える。ちょっと待ってくれ、いきなりゴブリンと戦闘とかふざけんな! 俺はまともに喧嘩すらしたことすらないんだぞ!


 ゴブリン達が近付いてくる。ヤバい、リアルに足が震えてきた。怖い……怖い……


 ヒュンッ


「ギャア……」


「ゲギャ!?」


「いくぞオラァ!」


「ゲギャギャア……」


 突如どこからか弓矢が飛んできて1匹のゴブリンを貫いた。そして森の中からひとりの男が現れ、持っていたロングソードでもう1匹のゴブリンを斬った。


「いよっしゃあ、やったぜ!」


「馬鹿、油断するな!」


「うわっ! こいつまだ生きてやがる!」


「危ない!」


「ゲギャ……」


 弓矢で貫かれたはずのゴブリンがいきなり立ち上がり、ロングソードを持った男に襲い掛かろうとした。しかし、森の中から片手剣を持った女性が現れ、ゴブリンにとどめを刺した。


「あっぶねえ! 助かったよニコレ!」


「本当にロイヤは危なっかしいわね。ゴブリンは死んだフリをする悪知恵があるって、教官に言われたばかりじゃない」


「まったくだ。それにひとりで突っ走って行くし、俺の弓が当たりそうになったぞ!」


 3人ともどう見ても日本人ではない容姿をしているが、なぜか全員の言葉が理解できる。


 さらに森の中から弓を持った男が出てきた。全員が高校生くらいの年頃だろうか。今年24になる俺よりも結構歳下だと思う。……いや、そんなことはどうでもいい。ニコレと呼ばれた女性、彼女の頭にはが、そしてその短パンからはが生えていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る