8 連れられて

河原で河童相撲が繰り広げられていた頃。

 南部家下屋敷では、一人留守番をしていた加代が、洗い張りした着物を仕立て直しをしていた。

 思えばこの洗い張り作業も、暇ができたからこうしてのんびりと出来るのだ。

 弟妹の世話に漁師仕事の手伝いにと、駆け回っていた頃は手が回らなかったので、きっとみすぼらしく見えていたに違いない。

 こうして、加代がしばし縫物に熱中する。


「うん、できた!」


やがて、加代は縫い上げた着物をかけて出来栄えを見る。

 さんざん着古した着物でも、洗い張りをしてやって裏地を取り換えると、見違えて見えるのだから不思議なものである。


 ――今度は、おとっつぁんと大介の分も、洗い張りしてあげなくっちゃ。


 今は父と息子で暮らしているのだが、あの二人は自分たちが着るものなどには、とんと気が回らないのである。

 長屋の女将さんたちがお節介をやいてくれてくれているみたいだが、きっと面倒だからと、同じ着物ばかり着ていることだろう。

 加代がそんなことを考えていると。


「もうし、どちら様かおりますかね?」


裏木戸の方から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「あら、千吉さんだわ」


いつも焚き物を集める時しか顔を見ないのに、わざわざああして尋ねるとは、なにかあったのだろうか?

 不思議に思った加代は針箱を隅に片付けると、縁側に出て草履をひっかけると、裏木戸の方へ急ぐ。

 するとそこに、なにやらずぶ濡れの福田を担ぐ千吉がいたのだから、驚くったらありゃあしない。


「福田様、どうなさったんですか!?」


加代が慌てて駆け寄ると、なにやら顔色も青白い。

 何事があったのか、千吉が言うには。


「なに、ちょいと河童と相撲をしたようなんで」

「はい?」


言っている意味が分からず、加代は思わず千吉をじとりと見上げた。


「本当のことなんですがねぇ」


千吉が困ったようにぼやくが、それよりも福田を濡れたままにしてはおけない。

 加代は千吉に担いでもらったまま、福田を部屋へと連れて行ってもらう。

 福田は警護役なので、部屋は母屋の遠山様の居室のすぐ傍にある。

 室内は先日焚き物にあらかた出してしまったからなのか、物が少なくがらんとしていた。

 その中で、加代はまず布団を敷くと、千吉に手伝ってもらって福田の濡れた着物を脱がせ、掛けてある寝間着を着せて布団に寝かせる。


「身体が冷えていらっしゃるわ」

「この寒空の中で川の水に浸かったんでさぁ」


心配する加代に、千吉がそう事情を話す。

 風呂に入れて温めてやるのがいいのだろうが、このような顔色で湯屋に連れてくのもいけないだろう。

 しかし、加代一人では湯を焚くなんてできやしない。

 そんな、困り顔の加代を見かねたのか。


「湯を沸かしてきましょうか?」


千吉がそう申し出てくれた。


「助かるわ、お願いしてもいい?」

「へぇ、湯屋の湯を焚くよりも楽でさぁ」


申し訳ない顔の加代に千吉がにかりと笑うと、屋敷の風呂の場所を聞いて、そちらへと向かう。

 というよりも、加代は実はこのお屋敷の風呂というのが、一応まめに掃除はしていたものの、使うのはこれが初めてであった。

 逆に千吉が風呂を焚いてくれて助かったと言える。

 でないと、これまで内湯のある住まいにいたことがないので、どのくらい焚けばよいのかなど、加代ではわからなかっただろう。

 こうして千吉が風呂を焚いてくれていると、やがて福田が目を覚ました。


「福田様、気が付かれましたか?」


ぼんやりと天井を見る福田に、加代はそっと声をかける。

 福田が横になったまま目をぱちぱちとさせてから、顔をこちらに向けてきた。


「……お加代殿?」

「そうです、加代ですよ。

 ここはお屋敷です、千吉さんが運んできてくださったんですよ」


福田は加代が側にいることを不思議そうにしているので、軽く事情を話してやる。


 ――こんなに近くにいる福田様も、なんだか慣れないものね。


 思えばいつもさっと離れてしまう福田なので、間近で顔を覗き込むというのは、これが初めてかもしれないと、加代は思い至る。


「千吉殿が……?」


その福田は、千吉の名が出たことに驚いている。

 そういえば詳しく聞いていないが、千吉は一体どこでどうやって福田を見つけたのだろうか?

 加代が気になっていると、ちょうどそこへ千吉が顔を出した。

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