13 呆れ話なのだけど
「……どうかしたの?」
加代は背の高い千吉を見上げるようにして尋ねる。
ちょっと前であれば、千吉がどのような態度であっても、細かな様子を気にするなんてしなかった加代であるというのに、ちょっと交流を持つと気になってしまう。
人の気持ちとは、なんと簡単にころりと変わるものだろうか? と我ながら己の単純さに呆れてしまう。
そんな風に思っている加代に、千吉が口を開く。
「加代さん、なんぞありましたか?」
尋ねたのは加代なのに、逆に問い返されてしまった。
「なんぞって、なにが?」
「いや、そのなにがというか……」
これに加代がさらに問い返すと、千吉は言葉を選びかねているようにしている。
――そうだ。
その様子を見ていて、加代はふいに夜中のあの話をしてみたくなった。
誰かに話して、「寝ぼけたんだなぁ」と笑い飛ばしてほしかったのだ。
「なんぞっていえばね、実は夜分のことだけど……」
加代はそう切り出し、笑い話として月夜の化け物の話を披露する。
「きっと、なにかの影を見間違えたのね。
おかしいでしょう?」
そう話を締めくくって小さく笑ってみせた加代だが、しかし千吉はというと、話を聞くうちに被った手拭いの奥で眉間に皺を寄せてくる。
「……」
黙ってそうしていると、千吉の体格の良さも相まって、鬼のように怖い形相に見えてしまう。
――そんな、怒るくらいに呆れた話だった?
それとも、こうしたしくじり話を千吉が嫌いだったのかと、加代は訝しむ。
「加代さん、物騒だから絶対に夜に外へ出ないでくだせぇよ?」
すると千吉からの真面目な口調で真っ当な忠告をされた。
これに、加代はまるで親に叱られた子どもの気持ちになってしまい、いささかムッとしてしまう。
千吉は自分とそう年頃は変わらない、もしかすると加代の方がお姉さんかもしれないくらいなのに、叱られるとは決まりが悪い。
――あたしだって、好き好んで夜に外をうろつかないのよ。
昨日はそう、たまたま目を覚ましてしまっただけなのだ。
内心でそう強がってみたものの、加代とてそれこそ好き好んで怖い思いをしたいわけではない。
「けどそうね、夜の外はやっぱり怖いもの。
気を付けることにする」
「そうしてくだせぇ」
加代がそう言って頷くと、千吉はホッとした顔になったかと思ったら、塀越しに片手を伸ばしてきた。
「なんだろう?」と思う間もなく、その手が加代の首の後ろの付け根のあたりに触れる。
もぞり……。
加代はなにかが這ったような、もしくは風に吹かれたような、妙な心地がしたが、すぐにそれもなくなる。
「糸くずがついていましたんで、払っておきました」
「あら、そう?」
千吉がそう言うのに、加代もなんとなく首のあたりをサッサと払う。
洗濯物を干した時に、風で飛んだのかもしれない。
「それじゃあ、それを持って行ってね」
「へぇ、ありがとうごぜぇます」
加代がそう話しを切り上げると、千吉はペコリと頭を下げた。
それから千吉はガラガラと車をひいて去り、加代も掃除の続きを始める。
しかし、千吉がしばらく車を走らせたあたりで、ふいに屋敷の方を振り返り。
「これで、災難が避けていくといいんだが」
そう心配そうな顔で呟いたなんて、加代は気付くはずもない。
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