第10話 破談したら分かったこと
とはいえ、相当悩んだし、落ち込んだ。
婚約したんだし、もう結婚するつもりでいたから。
幸せだと思っていたから。
破談になったら、年齢的に次はもう無いだろうな、と覚悟していた。
式については一旦白紙に戻そう、そしてしばらく距離を置こう、ということになった。
式場のキャンセル料金は、納めてあった内金から私が支払った。
冷静になってみれば、気になる点はいくつもあった。
付き合ってる最中に裸の写真が欲しいと言われたり。
今ではデジタルタトゥーなんて言葉があるけど、当時でも私怨で裏サイトに個人情報をばら撒かれるという事件はあったから、絶対にそんなものを渡してはならないと思って断った。
言われたのはそれ一回限りだったから、ちょっとした気の迷いかな、くらいにしか考えなかった。
けれど、本当に常識があれば、まずそんな考えを口にしたりしないんじゃないだろうか。
優しいと思っていた。でも、実は違った。
優柔不断なだけで、誠実ではなかった。
誠実な人は、相手を思って厳しいことも言う。
結局、都合のいい付き合いかたをしていただけだったのだと思う。
1ヶ月くらいして、ふたたび会って、やっぱりこれきりにしようと言った。
帰りの電車で、みっともないくらい涙がこぼれて仕方なかった。人目が気になったけど、どうにもならなかった。
事務局にデータを返送して、その後一度だけ最寄りの駅前で会った。
貸していた同人誌やらゲーム機やらを、全部返してもらった。
それきり、二度と会っていない。
その後、ずっとあとになって、母から告白された。
当時、まだ個人情報が規制されるまえで、電話帳に個人宅の電話番号が載っていた。
私の元姓が珍しかった(父の生まれ育った地にはそこそこ同姓は親戚関係でいるが、首都圏では一握りの珍しさだった)ので、相手の母親が電話帳で調べて総当たりで電話をかけて、たどりついたらしい。
破談を思い直させたいんですよね、そちらもそう思いませんか、どうですか、と言われたので、「うちは娘に任せています」と答えたという。
先方は、母がそう答えると想像してもいなかったようで、なんとも歯切れの悪い感じで電話を切ったそうだ。
当時は、私に話したところでどうにかなる問題でもなかったから、話さなかった、と告げられた。
それでいいと思えた。
そして、後年。
いまの夫と結婚して、娘を授かって、思い上がるほどに幸せの絶好調(笑)にあった時期に、ふと好奇心が湧いて相手の近況を知りたくなったのだった。
SEだったせいか、個人でサイトを持っていた。
それを知っていたので、検索してみたのだった。
まだサイトは残っていて、すぐにヒットした。
ブログも書いていたので、過去のほうから流し読みをしていった。
そうしたら、別れてしばらくしたころに、特に興味なかったはずなのに私が好きだったゲームのキャラクターの声優さんのサインをもらっていたりして、ちょっとは後悔してくれていたのかな、なんて思ったりした。(自意識過剰かもしれない)
そして現在まできたところで、結婚の報告がされていた。
ああ、相手も幸せになってたんだ、とちょっと嬉しくなった。
コメント欄に、あのあと私も結婚して、今は体内で赤子を育成中、と書いた。
そうしたら、すぐに返信があって「あのあと元カノと結婚した」とあった。
なるほどね、と思った。
ああ、なるほどね。そういうことか。
別れると言ったあの日、あの人は言い訳していた。
急に結婚の話が決まって、気持ちがついていかなかった、と。
結婚相談所に入会して、結婚を前提に付き合っていたんだから、気持ちが固まればそうなるのは当然じゃないか、とあのとき私は責めたように思う。
相手の本心は、別のところにあったのか。
元カノと結婚して、よかったと思っただろうか。
今はどうしているだろうか。
決して会いたいとは思わないけど、そんなこともあったよなぁと思い返すことはある。
それから、この人との付き合いがなければ、今の夫の、本当の良さに気づけなかったかもしれない。
人生は、経験の積み重ねによって、より良い選択ができる洞察力が磨かれる、とでも言えばいいだろうか。
当時はひどくつらかったけど、ここまでの人生にたどり着くための、大変良い経験をさせてもらった。いまでも心底、そう思う。
続く。
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