第5話 問題アリな人びと
あの頃、匿名掲示板2ちゃんが世の中に浸透しつつあり、そのなかにオーネットのスレッドがあった。
書き込みこそしなかったが、たまに好奇心で覗いていた。
居着いてるのは大抵同じハンドルネームで、女性は若くないとダメとか、ちっともいいのがいなくて相手とマッチしないとか、凝り固まった主張を繰り返す者と、まっとうな主張を持つ者が応酬し合っていた。
あれは、動物園を覗く気持ちに近いかもしれない。他人が足掻いてるのを生暖かく見守る。
自分と同じく、覗きだけの外野がどれくらいあの場に居たのかはわからない。
けれど、婚活する同士として情報収集のひとつとして、エンタメ感覚で観察するのは楽しかった。
ある時、問題が持ち上がった。
未婚限定なのに、虚偽の申告で既婚男性が入会していたらしい。
おそらく高スペックの持ち主だったんじゃないかと想像するんだけど、『結婚する前に体の相性を確かめたい』という申し出をして、女性が応じると事後にお断りしまくるという悪質行為が多発した、とスレッド内で報告があったのだった。
要は、ずる賢い既婚男が、2年全額前払いで後腐れのない素人風俗とみなして、結婚相談所を悪用したということ。
うわぁ……と思うしかない。
なんでそんな悪行を思いつくんだ。
スゲェなぁ、どうやったらそんな悪意のカタマリみたいなニンゲンモドキの汚物が爆誕するんだ。
向こうの言い分としては、結婚前に『いい体験をさせてやった』んだから、感謝されこそすれ恨むなんて筋違い、なんて都合よく思ってるんだろうけど。
ああ……、なんかもうなんとしても結婚したいという女性の悲願と弱みにつけこんでるし、女性側は被害者なのに、自分の判断で応じた尻軽と糾弾する男性陣も案の定沸いてるしで、それに応酬する常識人とのあいだで抗争が勃発、スレッドは荒れに荒れまくっていた。
当の事務局は特になんの公表もなく、事実なのかどうかもわからないのだけど、その後に入会の規定が厳しくなったらしい。
個人情報について時代の流れもあったのだろうけど、事件そのものはあり得ないことではなかったんじゃないかな。
さて、この話で想起する、自分にもちょっとかすった実体験がある。
結婚相談所の入会条件に『男性は正社員であること』というものがあった。
女性は、派遣社員や契約社員でもOKだった。
現在はどうなっているかは知らない。(時代の流れで、現在は男性も派遣、契約がOKになっているかもしれない)
ただ、私が活動している間は、男性が正社員でなくなった時点で規約違反なので、退会処分になっていた。
データの交換で知り合った、ひとつ年上の男性。
3ヶ月ほど付き合って、生まれて初めて恋人らしい経験をした相手だった。
ちょっとエキセントリックな人だった。虚言なのか、真実なのかわからない発言をたまにしていた。
夢見がちで、そう思いたかったから、そう言っておけば自尊心が満たされるからの言動だったのかもしれない。
同時に私自身、三十路近くなっても恋愛経験が皆無だった。
人間関係を構築しては消滅させる環境に身を置き続け、多数との関わりはあったものの他人との繋がりはその場かぎり、家族以外に誰一人として自分の過去を深く知る他人を持たずに生きてきた。
親友とか、幼馴染とか自分のルーツを共有できる相手がいなかったので、深い交流を構築する方法を学んでこなかった。
そして学生時代に受けた、特に異性からぶつけられた人格否定の対応や行為で酷く傷ついたまま時が過ぎ、ひとりの人間としての自己肯定感が非常に低かった。
子どもには遺伝しないと言われていたものの病状として視力障がいがあるので、自分と一緒にいても相手に得となるものがないと思い込んでいた。
当然、その病気の詳細や欠点の開示は、付き合う前に必ず行って、相手に了承してもらうようにしていた。
そのうえで、『相手が望んでくれるなら、(一度として異性に好かれた経験がないから)好いてもらえるならそれは自分にとって非常に価値のあることだ。是非、その思いに応えよう』と、拒否という選択肢もなく付き合いを進めていた。
そんなある日。
「見せたいものがあるんだ」と渡されたのは、事務局から送付されたと思わしき封筒。
開いて、中を見てみるとどういうわけか、結婚相談所のデータが入っていた。
普段送られてくるデータと変わらないレイアウトで、周りの目がある喫茶店内でそんなものを渡されても困る。
大っぴらに広げるわけにも行かず、その場で隠れるようにちょっと目を通すしかできなかった。
そんな状況で、職欄に小さく書かれた注意事項にまで目が行くわけがない。
さらっと見て、訳もわからず相手に返すと、「見た?」と言われて『?』となった。
私が気がつかなかったので、相手はようやく真実を語った。
衝撃の告白だった。
なんと、彼は私と出会った直後に転職して派遣社員になっており、会員資格を失っていたのだった。
すでに彼は、退会処分を受けていた。
それを知らせずに、私は3ヶ月を過ごしたことになる。
頭が真っ白になりましたよ。
好きなら就職状況なんてどうでもいいじゃん、なんて言う綺麗事なんて、どーでもいいんですよ。
我々は、恋愛をするための会ではなく、結婚を前提にした会で出会った。
条件だって重要なんだから。汚かろうがなんだろうが、それが現実なんだよ。
なにより、
会員資格を失っていたんだから、そもそも出会う機会がなかったはずなんだ。
(その間に出会って、連絡を取り合っていた相手に、事務局から連絡がなかったことに責任問題がある気もするけど)
許されない故意でしょうよ、結婚するかもしれない相手が最初から嘘ついてたんだから。
これって詐欺じゃん。
相手は早く話さなきゃいけないと思ってた、いえば終わると思ってたから言えなかったって言い訳してたけども。
どう足掻いたって、そりゃ無理でしょ。
ここで終わりに決まってる。
そして気づいた。
望まれるなら応えようと思う、自分の考えかたが間違っていた、と。
自分にも、拒否権があるのだと。
違和感はあったのに、無視しようとする自分がいた。
簡単なことなのに、普通ならふつうにわかるはずなのに、理解できてなかった。
今でこそ、そもそもの相性が無理で、我慢してその先結婚したとしても、結局ダメになってただろうなぁと思うんだけど。
初めての恋ってアレ、脳ミソに今まで感じたことのない快楽物質がドバドバ出てて、バカになる病気に罹ってるようなもんだからね。
気づけなかったんだよなぁ。
最初のキスってだけで、すっげー刺激が強かったし。(^^;;
家に帰ってからいくらか迷ったけど、最終的にデータを返却し、こうして初の恋愛経験は終わったのだった。
後日連絡が来たので、データは返却したと告げて、退会処分になってるのに、どうしてこんなことをしたのか訊いたんだけどね。
彼の言い分は、「最後だから、せっかくだし会ってみたかった」んだって。
はー ʅ(;´д`) ʃ ヤレヤレ
いい勉強になりましたよ。
続く。
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