第35話 葵の凄さ
放課後になる直前に葵からの連絡はメッセージで送られてきた。
『迎えを手配したので、17時に校門前で待っていてください』
用件のみで、ストーカーの犯人自体のことは書いておらず、少しやきもきする。
指定された時間に心春たちと共に校舎を出れば、高級車がすぐ傍に止まった。
「すげえ車」
「リムジン、じゃね?」
「あの子たちどこか行くの?」
他の生徒の注目を集める中、ソファのような座席に腰を下ろすと、車はゆっくりと動き出す。
運転席とは完全に仕切られていて、テレビモニターやスピカ―、各種飲み物も完備されている豪華な車内に心春たちは声を上げる。
「すげっ、飲み物たくさんあるぞ」
「初めて乗りました、高級車。中はこんなになってるんだ」
「座り心地すごっ。葵って子、お金持ちなんだ」
「お嬢様なのは確かだよ」
昨日も思ったが、乗り心地抜群で、どこかの貴族にでもなった気分だった。
車外の景色を眺めていたら、知っている道を数十分くらい走っていたと思ったら、いつの間にかずっと堀と塀が続いていた。
そのまま車はスピードを緩めると、自動で開いた門を通り直接敷地内へ入って行った。
ほどなくして目的地に着いたようで、ドアを開けてくれる。
どうやら中庭で下ろしてくれたようで、視線の少し先には洋風の学校くらいある屋敷が見えた。
「うわっ、おっきなお屋敷!」
「でっけえ」
「凄いです……」
心春たちも感嘆の声を漏らす。
「柚木様、こちらへ」
「はい、どうも……」
仕事の出来そうな使用人のあとについていく。
どうやら屋敷の方に行くのではないらしく、左側の離れの方に向かっているらしい。そっちは洋風の屋敷とはちがい、和風な感じになっていて、少し歩くと道場のようなものが見えて来た。
「家に道場まで……」
「葵さん、すっげえな」
一礼して、道内へと足を踏み入れればそこには葵の他にも多くの人がいる。
葵のすぐ傍には柚木たちと同じ制服の人物が座らされていて、周りには腕っぷしの強そうな人たちがずらっと整列している。
その人たちに何やら指示を出しているのが葵だった。
制服の人物は動こうにも動けずこぶしを握り締めじっとしている。
「倉木君とお友達のみなさん、ようこそ」
「おまっ、そいつってまさか……」
「ええ。ストーカーさんですね。私と同じ道場に通っていたらしく、破門された人でした」
「っ! ど、どうやって捕まえてここに連れて来たんだ?」
「調査はすでに済んでいると言ったじゃないですか。うちの父が顔の広いのはご存じかと思いますが、ちょっとした取引先にこの人のご両親がいましてね、ちょこっとお話したら息子さんに電話してくれて自分から来てくれましたよ」
「……」
冷たい表情で淡々と話す葵に柚木達は言葉を失う。
「小城心春さん、そこの女の子にしているのは行きすぎたストーカー行為で犯罪。証拠の写真や動画を見せて問い詰めてみましたが、なかなか首を縦に振ってくれなくてちょっと大変でした」
「……証拠の写真や動画なんてどこで?」
「その一部は……あなたに撮ってもらってました」
「俺……?」
にっこり微笑むと葵は俺に近づいてきて、ブレザーにいつの間にかつけていた小型のカメラを回収する。
「あなた本当にこの件で頭がいっぱいだったんですね。普段なら隙さえ見せないのに、昨日車に居るときにつけさせてもらいました」
「いつのまに……」
「あとは柚木君の学校周辺にあやしい奴を片っ端から撮ってくれるように探偵さんたちにお願いしまして。この人が木刀持っている写真がこんなに!」
どや顔で片手いっぱいに現像済みの写真を見せてくる。
「俺が相談した時から、はじめから、ここまで見越してたのかよ……」
「ええ。あなたがいくら強くても解決できる問題と出来ない問題があります。もっと早く頼って欲しかったですね」
「……」
柚木達4人は顔を見合わせ開いた口が塞がらない。
「横道にそれましたが話を続けますね。どうしても首を縦に振らないので、誠心誠意お願いして……」
葵はまたもどや顔になり、今度は竹刀を掲げる。
「物理的にこいつに首振らせたのかよ!」
「そうなりますね」
木刀とはいえあんなに柚木が苦戦した相手。
それを力でもねじ伏せたのかと思うと、動画で見たよりもさらに強さを増してるであろう葵に柚木はごくりと喉を鳴らす。
「じゃあもう……」
「ええ、もう二度とあなたたちの前に顔を出すことはありません。当然のことですが、学校にもいられないのでご心配なく」
「「「「すごっ!」」」」
葵の手際の良さとどんなバックが付いているのか知らないが、その力に柚木達は感嘆の声を上げた。
「さっ、倉木君。懸念事項は片付けましたよ。試合をしま」
「納得いかねえ!」
葵の声をかき消すように、静かに座っていた心春を苦しめた男が声を上げる。
「はあ、納得いかなくて結構ですけど、もといあなたがどういう感情を持っていたかなど、ここにいる全員理解も納得も出来ません。確かなことはあなたのしたことは救いようのない馬鹿なこと、後悔先に立たずという言葉知らないんですか?」
「勝負しろ!」
「あなたじゃ何度やっても私の相手になりません」
「お前じゃない」
その血走った眼は柚木を見つめていた。
目の奥に微かに剣士としての心がある気がして、引導を渡してくれと訴えているようで……。
「ご指名ですけど、どうします?」
「やるっ! やられっぱなしは嫌いでね。ちゃんと勝敗もつけておきたい。それに心春が受けた傷の分を思いっきり叩きこまないと俺の気が済まない」
「はあ……余計な体力を使わないでくださいよ。私との勝敗の言い訳にしてほしくありません。それと、たとえ彼女に向かってきても私たちでガードしますからあなたは目の前の相手だけをみてればそれで大丈夫です」
「おう、ありがとう」
柚木はブレザーを脱いで竹刀を手にする。
相手が面などの剣道着をつけようとしないので、柚木も竹刀のみで対峙することに。
ちらりと後ろにいる心春を見れば、大丈夫というよにグッとこぶしを握った。
その隣には腕組みをしている葵も映る。
柚木の動きや剣を見逃すまいと集中しているようにも見えた。
改めて、今にも向かってきそうな相手に目を向ける。
今朝見た時よりも嘘のように小さく見えた。相手1人に集中できるならそれだけで負ける気があまりしない。
「木刀じゃなくていいのか。手加減はしないぜ」
「お前さえいなきゃ、あの女は俺の物に」
試合開始と共に、なりふり構ない振りが柚木を襲う。
その振りを柚木はいつもの試合と同じように無意識にさばいてしまう。
足を踏みつけようとする卑怯な手も、集中力の増している柚木はそれをなんなくと交わす。
僅かな隙をついて、胴からの面を綺麗にいつもよりも力を込めて打ち込んだ。
「……心春はものじゃねえよ!」
「さっすが柚木。真っ向勝負なら危なげないじゃん!」
心春は自分のことのように柚木に駆け寄る。
柚木はと言えば、心春にほっとした笑顔を向けるもののその目は葵にすでに向いていた。
「顔の傷も問題はないみたいですね。それでは、始めましょうか」
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