第28話 増えるターゲット
翌朝は早めに起き出す。
朝稽古をこなし、心春を迎えにいくためいつもとは違う道を急ぐ。
幼い頃、心春は団地にいたらしいが、今は一軒家に住んでいる。
住宅街にある心春の家は柚木の家からは徒歩で30分ほど。
朝はゴミを出す人や散歩をしている人、出勤途中の人たちとよくすれ違う。
「おはようございます」
「お、おはようございます」
不審者がうろついていたら、夜はともかくこの時間なら目立ってしょうがないだろうとも思い、そのことが柚木を少し安心させた。
小城家の前で止まって、改めて周りを確認してみても近所の人以外の声も気配も感じない。呼び鈴を鳴らせばすぐ心春の声がした。
「ごめん柚木、もうちょっとで準備できるから、門開けて、玄関入ってて」
「お、おう……」
言われるまま、玄関にお邪魔すればそこには心春の母親が笑顔で待ち構えていた。
「おはよう、柚木君。うちの娘が迷惑かけちゃってごめんね」
「おはようございます。い、いえそんなことは……」
「ママ、柚木に余計なこと言わないでよね!」
「余計なことってなによ、あなた迎えに来てくれるってわかってたんだから、用意してちゃんと待ってなさいよ。メイクなんていいから早く来る」
「もううるさいなあ。喋りながらじゃ上手く行かないでしょ!」
母娘の会話。それは柚木にはなんだか新鮮だった。
言い合っているようにも聞こえるが、互いに本気で怒っているようには感じず、むしろ仲がいいのだろうと柚木は思う。
「まったく男の子が迎えに来てくれてるのに、いつもと変わらないんだからあの娘は……」
「心春らしいですけどね……」
「おまたせ~、さっ、行こっか」
「おう……あ、あの娘さんは帰りもちゃんと送って来るので、心配しないでください」
「っ!? ちょ、心春。絶対この子離しちゃダメだからね!」
「ああもう、うるさいママ。行ってきます」
学校までの道のりは昨日同様に細心の注意を払い、護衛に努める。
「おい、あれ……」
「めっちゃ近くない?」
「もう付き合ってんじゃん? 2人仲いいし」
すれ違う生徒から訝しげな目や、ひそひそと何かささやかれもして、ちょっと恥ずかしくもなったが、その甲斐があったのか、特に何事もなく校舎までたどり着く。
「ふふふ、あたしたちに、柚木に恐れをなしたみたいじゃん」
「だと良いけどな……」
たしかに放課後も今朝も傍に殺気を出してるじ者は感じなかった。
ガードが固くて諦めたのならそれが一番いいのかもしれない。
心春と共に玄関を入ると、ちょうど涼子が下駄箱を開けていた。
「あっ、涼子。おはっよー」
「……倉木君、心春ちゃん、お、おはよう」
心春の挨拶にびくっとした反応を涼子は示す。
普段から人前では話すのは苦手そうだけど、心春の前や舞台あいさつの時はよく話していた。
特別柚木がいてもそれは変わらなかったはず。
だからか彼女の態度が妙に気になる。
「どうかした?」
「あっ、いや……」
今はまず優先すべきことをと思い、心春の下駄箱を開け何か仕掛けがないか念入りに見てみる。
「今日はこっちも平気だね」
「だな……」
ふうと大きく息を吐いて教室に行こうとしたとき、涼子が柚木の袖口を引っ張った。
「あ、あの、その、こ、これ……」
「それは……」
涼子がビクついて柚木達の目の前に出したもの。
それは昨日嫌というほど目にしたラブレターにも映る代物だった。
「ちょ、涼子。あなたあたしの下駄箱もう見てくれてたの?」
「ち、違うの。そうじゃなくて……これ、私の下駄箱に……」
「「っ?!」」
その言葉に柚木は心春と顔を見合わせる。
「入れる場所を間違えたってことかな……?」
「そうかもしれない。けど……」
急激に不安が押し寄せる。
慎重に中身を取り出してみれば、それは一層強くなった。
「それって、カミソリの刃だよね?」
「見てえだな」
心春の教室にギリギリまでいた柚木は、チャイムが鳴り止む寸前に自分の教室へ入る。
「どうした、ポーカーフェイス崩れてんぞ」
「いけね……」
「柚木が傍にいるおかげで、相手は手を出しあぐねてる見てえじゃねえか。成果は出てる、そうじゃねえのか?」
「いやどうかな……断言は出来ないな」
「柚木よお……いや、なんでもない」
何か言いかけた悠斗はため息をつくように言葉を飲み込み、そのまま前を向いてしまう。
午前中は柚木が昨日に引き続き心春の傍にいることもあり、なにも起こらなかった。
このまま収まってくれればいい。
そう思いながら、食堂で迎えるお昼。
相変わらず混んでいたけど、柚木は前が良く見渡せる一番後ろのテーブルを抑えそこで食事中。
「いいなあ、食事中もべったりじゃん」
「やっぱり付き合ってるのかな?」
「あれ、倉木君でしょ。この前剣道の大会で優勝してた」
昨日もそうだったが、以前に心春が目立っているために護衛を抜きにしても柚木達がいるテーブルは何かと視線を集めていた。
加えて柚木と心春との距離が近くなっているために、その視線は寄り集中する。
「この状況じゃ狙っては来れねーな。そんな近い距離にいたら手も出せねーだろ。まあ柚木にはご褒美だね」
「う、うるせーぞ」
「す、すごい、見られてますね、私たち……」
悠斗は揶揄うように視線を、涼子は周りの目がなんだか恥ずかしそうだった。
そんな食堂での時間も何事もなく、教室へと戻る。
「柚木、喉乾いちゃったから外の自販機寄って行こうよ」
「そうだな……」
一度外へ出て校庭を横切って自販機の場所へと向かう。
校庭ではお昼を終えた生徒たちがサッカーやバスケをしていて、楽しそうな声が響いていた。
念のため辺りを確認するが、特に異常はない。
「平気みたいじゃん」
「だな。けど、あんまり離れんなよ」
「後ろは俺が警戒する」
「悪い」
涼子たちが最初に出て、その後を柚木と心春が続き、最後に悠斗という陣形だった。
「心春ちゃんいいなあ、ずっと守ってくれる人が居て」
「えへへへ」
「離しちゃだめだよ、そういう人」
そんな話をして水道の側を通り、職員室を通りすぎた時だった。
何かが落ちてくるような微かな音が聞こえ、それは柚木の前を遠慮なしに落下してくる。
「「っ!?」」
躊躇せず涼子を前に押し出すように体を入れる。
直後にガシャンという大きな音と共に鉢植えが粉々になっていた。
「なに、なんかすごい音がしなかった?」
「君たち大丈夫か?」
「そこにいなさい。すぐに降りていくから」
突然のことに涼子をみれば青白くなっているが、大きなけがはしてないようだ。
柚木は周りの被害を確認してから、上を見上げる。
職員室の窓や教室の窓から教師や生徒がいっせいに顔を出していて誰が落としたのか検討すらつかない始末。
「あー、くそっ……破片の割れ具合からみて落としたのは職員室の側、あそこの教室は……」
「授業準備室! 普段から鍵は開いてるし、誰でも出入りできるじゃん」
「……やべえ」
涼子と心春を見てみても、背格好も似ていないし、髪色も違う。
たとえ遠目でも間違えるってことがあるだろうか?
なにより今朝のこともある。あれはやっぱり入れ間違いじゃない。
だとしたら……というその考えはほんとうに最悪だった。
「大丈夫……?」
「あ、ありがとうございます……また助けてもらって……」
「いや無事でよかった。って、まて、お前は動くな!」
涼子が無事なことを確認すると、心春は上へと駆けて行こうとする。
「だ、だって、今のって……涼子を狙ってた。そうでしょ?」
心春も柚木と同じことを思ったようだ。
心春の視線は割れている植木鉢に注がれる。
もし直撃していたらただでは済まなかっただろう。
きゅっと唇を噛み締める心春の姿。
それは本気で怒っているというのが傍から見てもまるわかりだった。
昨日から度重なる最悪に柚木の方も心春と同じではらわたが煮えくり返りそうだ。
「今は1人になっちゃダメだ。お前を苦しめて、孤立させるのが目的かもしれない」
「……わかってはいるよ。けど、どうしたらいいの?」
「水無瀬さんにまでターゲットを広げたことはわかった。護っているだけじゃ絶対に駄目だってことも……これ以上は好き勝手やらせないように、なんとかして犯人を特定しよう」
「うん……」
「悠斗、あやしい奴とかいなかったよな?」
「ああ、こっちに気を取られたし、距離もあって逃げる時間も十分だったろうな」
「くそっ……」
ついそんな言葉が出てしまう。油断してたわけじゃないのに、行動を起こしても今のままじゃ護るのが精いっぱいだ。
「こりゃあ酷いな。怪我はないのか君たち?」
「大丈夫です……」
「これ、菅原先生が大切に育ててた観葉植物じゃあ……ほら、準備室に並べてて」
「ああ、窓側に置いておいたから風で倒れたのかな?」
「ちょ、風でって……心春ちゃんたちが通った時にタイミングよく落ちて来たっていうんですか? 昨日のこととか知らないんですか?」
心春のクラスメイト達も騒ぎを聞きつけ降りてきて、教師たちに噛みつくように意見していた。
「カッターの刃のことなら話は聞いたけど、質の悪い悪戯ってこともある……もうちょっと様子を見て判断した方がいいだろ」
「悠長すぎるでしょ。警察に相談とか……って、なに2人とも?」
「あたしたちなら大丈夫。あんまり騒ぎ立てればもっと調子に乗るかもだし……それに、柚木以上の護衛は期待できないじゃん」
「ここまでやられたら、黙ってはいられないからさ。もうちょっと俺たちでやらせて」
心配してくれるクラスメイトに対し内心はともかく表向きは心春も柚木も冷静に対応する。
「でも……」
「ほらみんな戻ろう。教室にいた方が何もないでしょ」
対応どうしましょうかとその場で話す教師たちを残し、柚木達は教室へと移動する。
犯人を特定するには、このままじゃいけない。
それがわかっていても護りながら攻めるのは言葉にするよりはるかに難しいと実感する。
「ごめんね涼子。危険にさらしちゃって……」
「平気だよ。この通り怪我してないもん」
上をさらに警戒しながら校舎へと入り、廊下を歩きながらもどうするべきかを考える柚木。
涼子までターゲットにされるのは最悪だった。護衛すると言っても柚木は素人だ。
ターゲットを増やされたら、攻める前に護ることもままならないというのが本音。
そう思ってるいると……。
「なんで柚木がそんな顔するかな。悪いのはこんなことしてくるやつじゃん」
「なに切羽つまった顔してんだよ。お前が悪いわけじゃねえだろ」
心春と悠斗が柚木のすぐ隣にやって来て左右の頬を拳で軽く押す。
「なんだよ……相手はなりふり構わねえような奴で、しかも心春以外もターゲットにしてきてんだぞ。切羽詰まったような顔にもなるだろ」
「なんていうか、1人で背負いすぎじゃん。そりゃああたしは狙われてるし攻撃力は心もとないけど、知恵は出せるし、相談にも乗れる。それに、攻めるなら1人より2人っしょ」
「心春……」
「ここに3人目もいるぜ。たくっ、水くせーんだよな。こっちから言わねーと頼めねーのかよ? 水無瀬さんは俺が護衛する。それなら一人ずつ守れるだろ……んだよ、その呆けた顔は?」
こんなときだからこそ、心春と悠斗の言葉に胸が熱くなる。
「悠斗……やれるのかよ? 行動を共にして身を挺して躊躇せずガードしなきゃならないんだぞ」
「おいおい、カワイ子ちゃんの前で俺が躊躇するように見えるか?」
「いやまったく見えない!」
それに悠斗が剣道や他のスポーツでも優秀だということを柚木は知っている。
自分一人で護衛するより、悠斗の協力を仰いだ方が何倍も心強いのは確かなこと。
それなら護りながらも攻める方法を考えられる。
「だったら早くちゃんと紹介しろや」
「あー、水無瀬さん、この悠斗が命をかけて守るってさ」
「えっ、えっ……?」
「おまっ、もうちょっと丁寧に言えよ!」
「きっかけは作った。あとは自分で売り込んで、水無瀬さんにちゃんとガードしていいって了承貰えよな」
「ば、馬鹿やろうが。そんな短時間で売り込めるわけねーだろ!」
「あはは、柚木と悠斗君めっちゃ仲いいじゃん」
心春と悠斗の言葉を聞いて、柚木にかかっていたプレッシャーは少し軽くなった。
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