第14話 待ちに待った試合
その日の放課後、学校の道場。
柚木が待ちに待った心春との試合。
室内には噂を聞き付けた柚木と心春の友人たちの姿もあり、その中でも悠斗は柚木からより近い位置にいた。
剣道着に身を包み竹刀を持っただけで心春の雰囲気は普段とは少し違っている。
そう感じたのは柚木だけではなかった。
「お前が小城さんと試合をしたいって気持ちなんとなくわかるな」
「だろっ」
「まっ、がんばれや」
「おう」
悠斗にそう言いながら面をつけた柚木は、目の前の心春を見つめる。
本当はなるべく冷静でいなくっちゃならない。
でも向かい合っただけで、柚木の気持ちが伝わっているように構えた竹刀は震えていた。
昔と変わらない自然体の構えと、昔以上の気迫をやっぱり感じて気持ちがこれでもかと高ぶってしまい、いつもの試合と同じ状態には落ちつけられない。
「久しぶりだね。教室の時とは違って真剣勝負」
「おう、手は抜かねーからな」
「あったりまえじゃん」
始まる試合。
竹刀を交えれば伝わってくる気迫と剣気は向かい合ってるとき以上。
長年追い求めた剣が今すぐ近くにある。
また体験できると思えば、面の下の柚木の表情は試合中でも緩みっぱなしだった。
鍔ぜり合いをするだけで心春の凄さがわかる。探りを入れるような振りでも油断してると行くよと言ってる感じだ。
ブランクがあるって話だったがとてもそんなふうには見えない。
これはタフな試合になりそうだと感じる柚木。
心春の方から距離を取る。踏み込んでくるかと思い、その動きに集中し隙を与えない。
足さばきなどの駆け引き、長い読みあいは続き膠着状態。
「行ってみっか」
決して焦ったわけじゃない。今の自分を確かめる意味でも、昔と同じように迷ったときは必ず前に出ていた柚木。
柚木の方から心春の間合いへと入っていく。
その速度にきっちりと目で反応する心春。
防がれると思ったものの、そのさきの動きも反応も何通りか重い描きながら、まずは最初の攻撃と言わんばかりに、柚木は踏み込みを緩めずにそのまま振り下ろす。
「っ!?」
「な、なんで……?」
心春の反応とは裏腹にその一撃は綺麗にヒットしていた。
「あはは、負けちゃったか……すごく強くなってるじゃん。いやぁ、まいったまいった」
へらへらと笑う心春を他所に、柚木の方は目の前の現実を理解出来ない。
ブランク? そんなの関係ないような反応だった。
ちゃんと目で柚木の動きを捉えていたはずだし、止められた後に返されるって危機感も予感もした。
それでも恐れず行ったのに。こんなにあっさりと入るはずない。
「柚っち、マジで強くね……」
「心春ちゃん……」
心春の友人たちの言葉を聞きながらも、手を抜かれたのかとそんな気持ちが一瞬過るが、心春に限ってそれはないと思う。
モヤモヤしていると悠斗が視界に入る。普段のおちゃらけてる感じはなく口元に手を置いて心春の方をじっと真剣に見ていた。
「な、なんで受けなかったんだよ?」
「えっー、あれは早いしキレ凄いし受けられないっしょ。弾き飛ばされちゃうよ」
「見えてた、よな?」
「見えてたけど、ウケられない攻撃はあるっしょ」
心春の返答にぐぬぬとなりながら、納得のいかない柚木はもう一回やってくれと頼み込む。
「いいよん。でも今日は打ち合わせあるから、次がラストね」
「ああ……」
「おい、柚木熱くなりすぎるなよ……ってもまあ無理かもだけど、小城さんを、その動きをじっと観察してみろ」
「えっ、ああ……」
悠斗が傍に寄ってきてくれてそんな助言をしてくれる。
そうだ冷静にと思っても、再び対峙すれば、やはり感じる雰囲気は昔以上。
というよりもなんだか構えは大きく見える。間違いなく昔より強くなってる……それをを目の当たりにしたらついつい熱くなってしまう。
「ほんと、強くなったなあ、柚木は……」
「やっぱ心春も構えてるだけで力量がなんとなくわかるのか……さすがだな」
今度は開始と同時に心春が何か狙っているように踏み込んでこようとしていた。
瞬間的に柚木も前に出て、先に打ち込もうと手を出す。
竹刀同士がぶつかるはず、だった。
「っ!?」
「おい!?」
だがまたも心春はわざと引いたように受けず、柚木の方が結果的に一本取ってしまう。
「はやっ、やっぱりきつかったかな……うわっ、汗びっしょりかいちゃった」
「……」
はやくも面を脱いで着替えようとしている心春とは対照的に、柚木は竹刀を握りしめたまま立ち尽くしていた。
「柚木、ちゃんとわかったか?」
「いや……待て、心春、もう一回やってくれよ」
「って、馬鹿っ!」
柚木が発する言葉を悠斗は快く思わなかったようで、その手を掴み制止させようとする。
「もう時間切れ。今日の打ち合わせ大事なんだよ。また今度ね、柚木」
「柚木、ちょっと落ち着けって!」
「これが落ち着いていられるか……もう少し、もう少しくらいいいだろ」
悠斗が止める中でも、遠ざかって行くその背中を何とか呼び止めようと必死だった。
だからつい自分本位な物腰になってしまう。
振り向いた心春の顔は凄みのある顔で、思わずはっとする。
「今は声優ガチって言ったっしょ!」
間合いを一気に詰められ、油断していた柚木は反応できず、気づいたときには片手の突きが柚木の喉元手前で止まっていた。
さっきまで以上の気迫がみなぎっているのが伝わって来る。
思わずごくりと喉を鳴らす。
「っ!?」
「じゃ、あたしが行くから」
そういう心春の顔はいつも通りじゃなかった。
足早に遠ざかって行くその背中。
なんだか置いていかれたような淋しい気持ちと初めて見た心春の怒った顔に柚木は戸惑うしか出来ない。
「まったくおめーはよ……あほ」
そんな柚木に何してんだよと言わんばかりに、悠斗はこつんと拳骨で軽く頭を叩いた。
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