転生したら、犬でした。
香月 樹
#1 平凡な僕の平凡な人生。
「ジロ!ジロ!」
「アンアンッ!」
白く、モヤがかかったような視界の中、子供と犬の声だけが聞こえる。
これは・・・子供の頃の記憶だろうか?
いや、子供の頃に犬を飼ってた記憶は無い。
これは・・・ただの夢だろうか???
「ジロ!ジロ!」
「アンアンッ!」
僕はまだジロという犬を呼んでいる?
白いモヤが晴れてきて辺りがハッキリ見えて来た。
何処かの大きな家の広い庭で、幼い少女と1匹の仔犬が
これは・・・呼ばれているのは僕だ!
子供ではなく、犬の方が僕なんだ!!!
という衝撃を受けた所で今朝は目が覚めた。
やけにリアルで、少女の顔も、庭の景色も色鮮やかに脳裏に焼き付いている。
本当にただの夢だったのだろうか・・・。
僕は佐々木博、もうすぐ
性格も見た目も地味で平凡、身長だって体重だって同い年の全国平均値、
挙句の果てには苗字も名前もありきたり。
(いっその事
そんな僕の高校時代のあだ名は
とは言っても僕自身はそんなあだ名で呼ばれてたなんて知らなかった。
一回行った高校の同窓会で、元クラスメートが別のクラスだった奴に
「あいつ、高校時代、陰で
と話しているのを聞いて初めて知った。
離れた場所だったから気付かれないとでも思ったのかもしれないけど、
僕の事指差してチラチラ見ながら笑って話したら、そりゃ僕の事だってわかるよ?
っていうか、それ、軽いイジメだろ。ちょっとイラっとした。
そんな
青森の山奥から都会に憧れて、就職を機に大阪まで出て来たはいいけど、
小さい頃から人見知りの引っ込み思案で、当然恋人どころか友達すら居ない。
(超絶イケメンとかだったら、友達くらいはすぐに出来たかな。。。?)
高校どころか、地元の大学に進学した時も、陰キャ気質が抜けきれていなかった。
そりゃそうだ。性格なんてそうそう変わるものじゃない。
部活やサークル活動なんかも特にやってなかったので、
学校に居るのは授業中くらいで、学校が終わるとどこに寄るともなくそのまま帰宅、
その後はずっと部屋に籠る毎日だった。
だから、ずっと陽キャには憧れがあるのだ。
というよりもこの後ろ向きな性格を変えたかったのかもしれない。
東京ではなくて大阪に出て来たのにもちゃんと理由がある。
東京の人は冷たくて他人に無関心、大阪の人は誰彼構わず話しかける、
そういう先入観があったから、人見知りの僕にも向こうから勝手に友達がやって来ると思い込んでいた。
ところが、実際は大阪の人も東京の人と何も変わらない。他人には無関心なようだった。
以前地元で知り合った大阪出身の人が「大阪人は身内に優しいけど他人に厳しい」
なんて言っていたのを今更ながらに思い出した。最近、身をもってそれを実感している。
僕のような陰キャは、結局どこに居ても住みづらいのかもしれない。。。
『東京砂漠』とは昔の歌で聞いた言葉だが、現実には都会はどこも大差なく砂漠だ。
そんな陰キャな僕は、当然のようにコミュニケーション能力も0な訳で、
普通の会話すら難しいのに、ましてや「嫌だ!」なんて断る勇気も無く、
今日もまたいいように
普段は僕に全く興味が無く、むしろ存在していないかのように目を向ける事すら無いのに、
こういう時だけ僕という存在が彼らの前に実体化し、光り輝いて目立って見えるようだ。
はぁ・・・Noと言える日本人になりたい。。。
僕はなんでも言う事聞く従順なペットじゃないんだぞ!
(忠犬ハチ公かっての!!!)
心の中で文句を言うのが精一杯だ。情けないというのは分かっている。
「ふぅ、ようやく終わった。さ、帰ろ。」
既に終電間近のこの時間、窓から見える外の景色さえ駅周辺の灯り以外は闇だ。
目を凝らすとビル群の影がようやくうっすら見える程度だ。
大宇宙の中に星が輝いているように見えなくもないが、
それ以上に感じるのは無の中にただ一人存在している僕、という感覚だ。
事務所の中には僕以外おらず、真っ暗な中、自席近くの電気だけが点けられ、
まるでそこだけスポットライトが当たっているかのようだ。
この世界に独りだけ取り残されたような錯覚を覚え、
自分は孤独なんだと一層思い知らされる。
だが結局、いくら寂しいと思った所で、誰かが手を差し伸べてくれる訳も無く、
その思いを押し殺して日々を生きていかなければならない。
そんな事、この数年で嫌という程思い知らされた。
僕は席に座ったまま「んーーーー」と両手を広げて大きく背伸びをした後、
机の上の書類を
そして自分の席に戻ってから財布を鞄に入れ、
携帯をズボンの右ポケット、定期入れをズボンのお尻のポケットに入れ、
「携帯持った、財布持った、定期持った、忘れ物確認オッケー!」
と声に出しながら忘れ物が無いか確認し、ようやく会社を後にした。
要領が悪いので、何かに気を取られるとつい忘れ物をしてしまうのだ。
だからこれは僕が何処かへ出掛ける時の、いわばおまじないだ。
ただ、人前でやるのは恥ずかしいので、人が居る時は心の中でそっと唱えている。
会社の入るフロアからエレベーターで一階まで降り、
ビルの入口まで歩いて来たところでズボンの右ポケットからスマホを取り出した。
スマホの画面を表示させると、現れた時刻を見て焦った。
(ヤバイ、後10分だ!)
僕は会社のビルから駅へ向かって駆け出したが、
そこの交差点を渡ればもう駅だ、という辺りのビルの前に、
普段見かけない婆さんが占い屋を開いているのが目の端に入った。
その前を駆け抜けようとした時、占い師の婆さんは急に
「あんた!今行っちゃダメだ!巻き込まれるよ!!!」
と僕に向かって大声で叫んだ。
僕は、え?と一瞬走るのを止めて立ち止まったけど、
終電の時間が迫っていたので、こちらを見つめる婆さんに構わず再び走り出した。
そしてそこからすぐの交差点で横断歩道を走り抜けようとしたその時、
右手の方からトラックが飛び込んできた。
「「「!!!しまった!婆さんの予言はこれか!!!」」」
僕は急に現れたトラックのヘッドライトの強い光に体がすくみ、
眩しさに思わず目を
(あぁ・・・僕もこれで死んでしまうのか・・・
いっそ今流行りの異世界転生とかに巻き込まれれば・・・)
と思いながらも、今の状態を確認するためにゆっくりと目を開いた。
あれ?
目の前のところでトラックが止まっている。どうやらブレーキが間に合ったようだ。
「ばかやろう!気をつけろ!」
とトラックの運転手にはどやされたが、
終電に乗り遅れないよう急いでいた僕は「すみませーん」と言いながら再び走り出した。
後方で何やらサイレンのようなものが聞こえたが、時間ギリギリの僕にはそれどころじゃない。
会社から歩いて10分弱の場所にある最寄駅にようやく着いて、
改札の前に来たところで立ち止まった。
あれ?あれ?と胸のポケットや、ズボンの左右のポケットを確認し、
お尻のポケットを触ってようやく定期を入れた場所を思い出した。
大阪でもモバイルSuicaみたいにスマホで改札入れたら良いのに!
そしたら荷物減るし!忘れ物も(多分)減るし!
なんて事をぶつぶつ言いながら改札をくぐって階段を駆け降り、
ホームに着いたところでようやく一息。
「はぁはぁ、終電間に合ったーーー。」
毎日が、人生を無駄に浪費するだけの味気ない日々の繰り返しだ。
朝早く起きて片道1時間かけて会社に来て、自分の仕事の傍ら、
要領良い人に仕事押し付けられて、終電ギリギリにやっと会社から解放される。
下手したら週末を潰して仕事を片付けなければいけない時もある。
当然だが自分の時間なんて無い。
(まぁ、時間あっても友達居ないし、家に引き篭もってるだけだからな。)
せめて働いた分給料貰えればな。。。そしたら趣味にお金かけられるのに!
10年近く勤めてるのに基本給上がらないって有り得ないよな。
残業代だって、みなし残業を理由に決まった分しか払われないし、
こんなアホな仕組み考え出す人がおるから、悪用されて残業代誤魔化されるんだ!
政府はもっと厳しく企業をチェックして、従業員が損しないようにしてくれなきゃ!
なんて事を、電車を待ちながら考えていた。
バリバリの引き篭もりである僕の趣味はゲームに漫画!
いわゆるオタクと呼ばれる人種に属している。
しかし、安月給である。趣味に費やせるお金にも限度がある。
「ゲームや漫画読んでるだけでお金稼げれば良いのに。
いや、お金稼げなくてもゲームや漫画がいくらでも無料で手に入れば良いのに!」
オタクを
そうこうしているうちに、暗闇の中、急に光の筋が差し込んで来た。
待っていた終電がようやくやって来た。
ここから約1時間超。
終電は乗り継ぎの待ち時間が長くなるし、急行や快速なんてものは既に無いから、
日中よりも家に帰るのに時間がかかる。
僕はこの時間を特に苦には感じてなくて、有意義な?妄想タイムに充てていた。
若しくは、上手くいけばすぐに寝落ち出来て最高!くらいにしか考えていなかった。
ホームに滑り込んで来た電車のドアが開き中に入ると、
平日の終電という事もあって乗客はまばらで、1両に1人居るか居ないかといったところだ。
僕は、貸切のように誰も居ない車両の中央のシートにどっしり腰掛け、
そして今日も妄想を始めるのだ。
月曜から終電で、明日もまた今日と同じ1日だと思うと憂鬱になるなー、、、
轢かれるのは嫌だけど、さっき異世界転生に巻き込まれていれば、
そしたらこんな毎日ともおさらば出来たのに。。。
「車に轢かれる=死亡」ではなく「車に轢かれる=異世界転生」が前提になっている辺り、
やっぱり僕ってオタクだよな・・・。
そんな事を考えているうちに、段々意識が
(今日も気持ち良く寝落ち出来そうだ。寝過ごさないようにだけ気を付けないとな。。。)
狙い通りに睡眠時間の確保が出来そうだとぼんやり考えていると、
「お客さん、しっかり!お客さん!!!」と誰かが言っているような気がしたけど、
もう頭はすっかり睡眠モードに入ったようで、その声に反応して目を開ける事は出来なかった。
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