悪魔の正体
パカラッ、パカラッ……
大礼拝堂まであとわずか。三人ははやる。
小山の中腹にどてかい入り口。衛兵などはいないようだ。信者たちが自由に行き来している。
「案外無防備だな。しかし入り口がでかいな。中はどれだけでかいのか想像もつかねーや」
「恐ろしくでかいぞ、サキヤ。カリムド教の総本部など比べるべくもないほどに」
三人は馬から降りて手綱を横の木につなぐ。そして正面から入っていく。
バームは迷いもなく事務所に向かう。
「勝手知ったる我が家だ。小さいころから魔法を教えてもらいに通ったもんだ」
中は巨大な礼拝堂となっていた。圧倒されるジャンとサキヤ。
その一角に事務所があった。入っていく三人。
「司教様!」
「おおバームよ。そくさいか」
「実は今日はお願いしたいことがございまして」
「なんじゃ」
「戦局が悪化しております。重症者も増えるばかり。ラミル流の使い手を三十人ほど貸してはもらえないでしょうか」
「三十人とな。ほぼ全員ではないか。……うーむ、私の一存では決めかねるな。大司教さまに判断を仰がねば。付いて参れ」
バームが聞く。
「大司教様とは、あのヨブ・シモン様ですか」
ジャンが言う。
「俺も聞いたことのあるお名前だ。自らをヒールし続けて、もう何百年も生きているとか。ラミル流最強の使い手……」
「そうじゃ。私など足元にもおよばぬ術者じゃ。急ごうぞ」
礼拝堂の真ん中に小さな入り口がある。サキヤが進もうとすると……
「止まるのじゃ!」
「え?」
「そこから先に進むと切りきざまれるぞ。『顔認証』なるものが必要じゃ。ちょっと待っておれ」
司教がなにやら壁の前に立つと、装置らしきものが緑色に光った。
「これでよし。ついて参れ」
少し進むと、ドアが自動で開いた。
「ニカラーニャです。お目通りを願い出ている者たちがおりますが」
遠くから返事がする。
「構わん、通せ」
「はい」
司教が振り返る。
「進み出よ」
バームを先頭にみなが男の方に進むと、男は机に向かいなにやら書きものをしている。男が振り向くと、皆が「あっ!」と声をあげた。
そこにはイメージしていた老人の姿ではなく、三十歳くらいの若い男がいたからだ。
「私がヨブ・シモンだ」
戦局は苛烈を極めていた。リーガルの術が猛威を振るう。大砲が鳴り響く。オーキメント軍は退却につぐ退却。死者も重症者も膨れあがるばかり。ラミル流の使い手たちは魔力切れを起こす者が続出する有り様。一方的な展開が続いている。
大統領府ではフラウがミールに母直伝のクッキーの焼き方を伝授している。
「お母様、どうですか」
「こりこり、もう少し焼いたほうがサキヤ好みだね。サクサクしてというよりザクザクしているのが好きだからね、あの子は。私はこのくらいでいいから、お茶の時間にしましょう」
フラウがお茶をいれ、二人で出来上がったクッキーをいただく。
「今日は帰ってくるの遅いですね」
「そうね。軍人はいろいろあるから。でも驚いたよ、いきなり少尉でしょう。少尉っていったら幹部候補生だよ。金の盾様様だね」
フラウは横に立て掛けてある金の盾を見ながら言った。
ミールがふと窓を見ると、大勢の人が通りに出て何やら話し込んでいる。
ミールは外に出ると、何があったのか聞く。
「なにやら国境を突破されて、ドーネリア軍がこっちに向かってるんだってさ」
「オーキメント側は総崩れ、みんな避難を考えていたところだよ」
(また潰されるのこの町……)
「お母様、避難しましょう。殺されるわ!」
「そうね。じゃあ、アルデオ島に帰ろうかね」
「それがいいと思います。急いで!」
「ああ、もう怖いねえ、戦争は。あの人を思い出してまた涙がでちゃうよ」
「お母様……」
ミールは泣き出したフラウの背中をさすり、自分も涙する。もしサキヤが戦場でやられたら、自分はどうすればいいのだろう。
(サキヤ……)
二人は身仕度を始めた。
「君たちは、歴史に興味はないかい?」
「そりゃあありますけど、いまは一刻を急いでいるん……」
「それを聞くと悪魔がいかなる者か分かると言ったら?」
「それは聞き捨てなりませんね。教えて下さいますか」
ジャンが身をのり出した。
「ふふ……」
シモンが目をつぶり語り始めた。
「その昔……と言っても想像を遥かに超えた昔、一万年も昔のことだ。人類は超高度な文明を築いていた。科学は極限に達し、誰もが永遠の幸福と快楽を得ていた時代があったんだ」
サキヤが尋ねる。
「永遠の幸福?死なないってことですか」
「そうだ。君たちが死の病と恐れているもの、ガンと言うんだがな。それすら医療の発達で克服し、さらにヒールの魔法の原型となった技術も開発され、皆が不老不死になったと喧伝されるようになった」
「ごくり……」
「しかしだ。臓器移植出来ないただひとつの箇所がある。どこだと思う?」
「心臓?」
「違う」
「きん○まじゃねーか?」
「違う」
「脳……ですか?」
サキヤが答えると、シモンがにやりとする。
「そうだ。鋭いな君は」
シモンがあらためて語り始める。
「脳にできたガンは摘出できる。だがもっと厄介な症状がある。それは『ぼけ』だ。これが進行すると自分が何者かすら忘れ、幸福も、快楽も欲しなくなる」
「なるほど、ぼけは厄介だ。治らないからな」
ジャンがうなずく。
「それを見ていたまだぼけていない老人たちは、新しい不老不死の技術にすがり付いた。それは脳を新品の量子コンピュータのチップに写し替えるというものだった。どのような手術を施されたのかは知らないが、麻酔から目覚めたとき意識も記憶も連続しており、生き返った気分だった。すると体にしがみついているのがひじょうに煩わしくなり、体を捨て、量子コンピュータのサーバーに直に直結するものが後を絶たない事態となった。その数一万人」
「一万人!シモン様もそのうちの一人なんですか?」
「そうだ。私の頭脳は、ほれ、その青色のサーバーの中にある」
「え?じゃあここにいるのは……」
「魂はあるのだよ。死んではいないのだ。しかしな、この量子の海には途方もない広さのある街もあり、人との接触もあり、旨いものも食えるが、やはり生の実感が足りない。男はリアルな女を求め、女はリアルな食を求めて、いつしか魂だけ抜け出す輩が出るようになり、いまにいたる。これで察しはついたであろう。その人間に取りついた魂こそ、悪魔の正体よ」
「な、なんと!」
「抜け出す魂……だと?」
「じ、じゃあ、その量子コンピュータとかいうのさえ壊せば……」
「それは無理な相談だ。私はこの量子コンピュータの番人だからね」
シモンは右手を空中にかざし「フレア!」と叫ぶと、巨大な炎の塊が渦をまく。
「このようにメールド流も使える」
シモンがニヤリとする。
「ここの動力源は核融合でまかなっている。その期間は一万四千年後だ。そこでこの量子コンピュータも止まり、一万人の魂もようやく天に帰っていくだろう。まだまだ先の話しだかな」
シモンは語り終えたとみえて、満足そうな笑みを浮かべる。
「お願いいたします。ある一人の悪魔によって、もうすでに何千人も殺されています。その男のチップだけでいいんです。何とぞ」
「出来ない相談だな、私は裁定者ではない。あくまで番人だ。合議で決まっているんだよ。一人でもチップをとりのぞき、故意に壊したりすると、私は殺人者になる。むこうの街にも刑務所があってだな、途方もない罰を受けるんだ。勘弁してもらいたいね」
「……分かりました」
引き下がるしかない三人であった。
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