第3話 私の居場所を奪わないで

 放課後、生物室へ行くと、案の定タツ以外の姿は見当たらなかった。どの委員会も学年にふたりずつ所属しているはずなのに、生物委員はタツしかいないのではないかと思う。ときどき理科の先生と顔を合わせるだけで、もうひとりいるはずの2年生すら見かけたことがなかった。

 グッピーに餌をやっていたタツは、私の姿を確認すると「委員会、今日は休みだったな」と言った。小形くんから聞いていたのだろう。「うん、休み」と答えながら、私はイベリスに水やりをしようと思い、鞄を机の上に置いた。


「クラスには、まだ馴染めないのか」

「……どうして?」


 タツの言葉に手を止める。


「用もないのにここに来て。……クラスの人間と、関わってないんじゃないか」

「イベリスに水をやるっていう用があるの。それに、クラスの人からも女子会に誘われたりするし、まったく関わりがないわけじゃない」


 心の中で、まだ行ったことはないけど……とつけ足した。まるで、普段からクラスの女子と交流があるような言い方だ。しかし、こうでも言っておかないとタツに心配をかけてしまう。昔から新しい環境に慣れるのが苦手で、特定の人以外とは距離を置きがちな私。タツも人と積極的に関わるタイプではないけれど、みんなと仲良くしたいのにそれができない私と、人間関係を割り切って考えている彼では、ひとりで過ごす意味が変わってくる。

 私は言葉を続けた。


「それに、今日は三好さんから委員会が休みの話を聞いて、生物室に行こうって思ったんだよ」

「三好……あの不良女か」

「タツ、三好さんのこと知ってるの?」

「去年、同じクラスだった」


 去年タツと同じクラスということは、三好さんは小形くんとも同じクラスだったということだ。それならば、三好さんが委員会の件を伝えてくれたことに納得がいく。


「見た目は怖いけど、不良って感じしないよ。服装以外で、悪いことしてなさそうだし、クラスのみんなとも仲がいいし……」

「まあ、そうだな」


 素直に肯定されて、少しだけ驚く。「よくしゃべったの?」と聞くと、タツは「別に」と一言だけ答えた。


「……姿穂は、三好と気が合うんじゃないか」

「そうかな……趣味も、性格も、全然ちがう気がするけど……」


 イベリスに水をやりながら、タツの言葉に首をかしげる。グッピーの餌やりを終えた彼は、今度は蛇の餌やりを始めていた。


「趣味や性格のちがいは理由にならないだろう。俺と姿穂だってちがう」

「それは、まあ、確かに……」


 三好さんと私はちがう。それは見れば一目瞭然だ。それから、タツと私もちがう。幼馴染だからって、全部が同じになることはない。そして、タツと小形くんもそうだ。正反対なふたりだけれど、タツは小形くんに惹かれている。


「別に、三好と無理に仲良くしろと言っているわけじゃない」

「うん」

「ただ、クラスにも居場所を作っておいた方がいい」

「……それは、私がここにいると迷惑ってこと?」

「そうじゃない。お前が世話しているイベリスは、秋になったら枯れる。去年もそうだっただろう。一年草は、そういうものだ」

「……秋になったら、イベリスの苗を植えつけするから」


 その答えに、タツは何も言わなかった。

 タツが私を邪険に扱っているわけではないと、頭の中ではわかっている。しかし、生物室以外にも居場所を作れと言われたことが、少し寂しかった。みんなと仲良くしたいと考えているくせに、いざ周りと関わるように言われると、逃げ出したくなってしまう。タツに言われたからそう感じるだけなのだろうか。他の人だったら、素直に「はい」と答えられるのだろうか。正解はわからない。

 わかっているのは、いま私が世話をしているイベリスは、秋になったら枯れてしまうということだけだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る