4-8

「いいか? 本来の想定と違う挙動をしたら即座に使用を止めろ。でなければ使用は許可できない」


 トッテマはとっても怖い顔をして言った。

 彼女の眼前、テーブルの上には完成した魔導式心臓骨格フレイムハーツが置かれている。


 リパゼルカは平然として答えた。


「もちろん。でも、完成したんだから問題はないのでは?」

「これだから脳筋は……」


 深い悩みを吐息に乗せて吐き出したトッテマは革張りの椅子にどすんと腰を沈める。


「こいつはあくまで間に合わせだ。本来であれば、ここから試作と調整を繰り返して、安定させていくものだ。だが、その工程はすっぱりカットしている。どこかの愚かな貴様が<黎明>の星駆けに出るなどと言い出すから時間がなかった」

「完成しなかったら出るつもりはなかったよ」

「じゃあ未完成だ」

「申し訳ありませんでしたっ」


 トッテマに取り上げられそうになって、リパゼルカは速やかに頭を下げた。


 生身で出ることの無謀さは身に沁みている。

 <暁天>ですら勝利するのに全身から血を噴き出して生死の境を彷徨ったワケで。


 生身で<黄昏>に辿り着けるとは思っていない。トッテマの機嫌を損なうのはよくない。


「……ったく。貴様ら、空駆者は馬鹿ばっかりだからな。やめろと言っても無理だろう。だから試作に限っては自壊機能を別途付けた」


 トッテマは頭をガリガリと掻いた。


「レース中はこちらでも状態を観測する。異常値が続くようならこちらの判断で自壊させる」

「それは困る……」

「何が困るだ!? 異常値を出す前提で話していないからな!」

「ともかく、使うにあたっての説明をしてもらわないと、何が異常なのかも分からないよ」


 リパゼルカは心臓骨格フレイムハーツ――大中小三つの金属円から成る魔導具に触れて言った。


 黒く鈍い輝きのリングはざらざらとしていて握っても滑ることはなさそうだ。

 今まで装備も何もなくやってきたので、こういうものは触るだけで浮き立ってくるから不思議だ。せいぜい服装に気を付けるくらいだったから。


 話を聴く気があるのか無いのか、気もそぞろなリパゼルカにトッテマはやはり息を吐いた。


魔導式心臓骨格フレイムハーツは……長ったらしいから“骨格”と呼ぶが、外装とは違うコンセプトの装備になる。注意点としてはオールマニュアルな点が挙げられる」

「オールマニュアル……全部自分で動かすってこと?」

「そういうことだ。外装に必須の操作用コア、まずこれを取っ払った。操作するものがないからな」

「じゃあ、どうやって装着するのさ。外装はコアを起点に装着者の判定をしているんでしょ?」


 外装は魔導具の一種だ。


 魔導具は魔法力や外部スイッチの操作で起動させることが可能であり、魔法力操作に長けた者なら操作を乗っ取ることも可能だ。

 それを防ぐために外装は装着者以外の操作を受け付けない専用化を行うことで対処している。その装着者判定は、コアを接続している者が正として扱われる。


 コアが無いということは他者から干渉を受けるということでは?


「こいつは貴様の専用装備オーダーメイドだ。貴様の魔法力を登録している。問題なく他人の干渉を弾くだろう」

「コアが無いのにそういうことできるんだ」

「あれは厳密には専用化ではないからな。コアを付け替えれば他人でも操作が可能……量産のための機能と言っても過言ではない。もちろん、必要から生まれた機能ではあるが」


 納得したところで、トッテマの説明に従い、首・胴・足首に中・大・小の金属円を引っ掛けた。

 首はなんとかなるが、足首や胴は手で支えていないと落としてしまいそうだ。


「これでどーやって飛べと?」

「マニュアルだと言っておろうが。まずは起動しろ。魔法を使う感覚で【装着ドレスアップ】と口頭操作」


装着ドレスアップ


 シャリン、と鈴が鳴るような音を出して、骨格が疼き出す。


 リパゼルカが支えずとも、三つのリングが地面と平行に浮く。

 緩い回転がだんだんと高速へと変化していき、鈍い光を放つ。


 そして光が消えた時、リパゼルカは鉛色のドレスを纏っていた。


「……なにこれ?」

「貴様はクソダサい服しか持っていないし、それで星駆けに行くからな。餞別だ。見事なセンスだろう」

「いらない……」

「それは骨格と不可分だ。骨格の固定と、空中のマナを絡め取るために必要な魔導線で編み込んだ服だからな」


 全体的にひらひらとした布の多いドレスが必須と聞いて、リパゼルカはぐんにゃりとした。

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