第5話 悪役令嬢に溺愛は必要ですか?
リュディガー様の邸に問答無用で連れて来られて数日。
部屋にはたくさんのドレスが並べられて「どれがお好みでしょうか?」と仕立て屋が聞いている中で、私はリュディガー様の膝の上に乗せられて必死で近づいてくる端整なお顔をかわしている。
どんなに仕立て屋に勧められてもドレスを選ぶ気にもなれず、いつも結局はリュディガー様が選んでいる。それなのに、彼は私の趣味を熟知しているようで私の好みのものばかりが贈られている。
仕立て屋は、リュディガー様の私への可愛がりぶりに微笑ましい様子で、その上「いつもごひいきに」とホクホクになって帰ってしまう。
「リュディガー様……」
「なんだ? クリス」
つばむように私の頭への口付けを止めないリュディガー様に、この数日間心臓の動悸は収まらない。
「離れてくださいよ!」
「離れる必要はあるか?」
「あります! みんなに見られているんですよ!? 恥ずかしくないんですか!?」
「まったく恥ずかしくないんだが……」
「私はこんな赤ら顔をみんなに披露する趣味はないんです!!」
「そうか……ふむ」と顎に手を当てて考え込み始めたリュディガー様に、やっと話が通じたとホッとしたが、それも一瞬のことだった。
「確かに、クリスの可愛い顔を見せるのは惜しいな……では、使用人は全て出そう。今夜からは、この邸は二人っきりにする」
突然の宣言をリュディガー様はいとも簡単に実行してしまった。
夕食が終われば、料理人は帰ってしまう。貴族の邸だから住み込みのはずなのに、一体どこに帰るのか……。執事たち使用人は「お暇させていただきます」と言って、全員が邸を去ってしまった。
青ざめたままで、みんなを玄関で見送り茫然自失になってしまう。リュディガー様は、「元気でやれ」と言ってご機嫌だった。
玄関で固まったまま動かない私を「どうした?」と不思議そうにみるリュディガー様が、もう変な人にしか見えない。
行動力がおかしい。そもそも、悪役令嬢の私を溺愛していること自体がおかしいのだ。
「クリス。他になにか要望はあるか?」
「リュディガー様……私は使用人を解雇して欲しいと言いましたかね?」
「二人っきりがいいと言ったじゃないか? クリスの願いは聞いてやるぞ」
「では、婚約破棄を……」
「ウェディングドレスも滞りなく進んでいるぞ? まだ見られないのが残念だ」
婚約破棄は流されて、感無量でそう言われた。
この国では、ウェディングドレスは結婚前に新郎が見ると幸先が悪いと言われている。だから、我慢しているらしい。むしろ別れてくれるならいつでも披露したい。
「ウェディングドレスならいつでも見せますよ」
「それは、不幸を呼び寄せるつもりかな?」
「……リュディガー様。怖いです」
あの冷ややかな黒い笑顔は、迫力がありすぎて引く。
寝る時も、必ず私を同じベッドに入れて腕の中に閉じ込めるようにして寝ている。
それどころか、その日から夕食以外は使用人もいなくなったから、仕方なく私が食事を作っていた。
料理人ほど立派な食事ではないにしても、リュディガー様はそれを嬉しそうに残さず食べてくれる。それは、意外と嬉しいとは思えた。思えたのだけども……。
二人っきりになったせいか、「食べさせてやろう」と言って食事時まで離れてくれない。
私の青ざめている顔は見えないのでしょうかね。
私の発言とリュディガー様の無理やりな勘違いのせいで、甘い新婚生活に突入した気がする。そして、楽しんでいるのはリュディガー様ただ一人。
私は、これからどうするべきなのかずっと考えている。それなのに、リュディガー様が迫って来るから、それを必死でかわすことばかりで、ゆっくりと考える暇もなかった。
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