第68話
動き出すサイクロプスに、博士の操る人形が飛び掛かる。
3体の連携のとれた動きは、一歩たりともずれることなく、同時にサイクロプスに三方面から襲い掛かる。
人間では到底できない動きだ。
正面、そして左右から迫る人形のどれを対処しようかと悩んで、挙句すべての対処が中途半端になってしまう。
魔物といえども、脳の処理は人間と近いものがあるんだなと思った。
三体の人形がサイクロプスにしがみついて離れない。
ダメージを負う心配のない人形たちは、その場を離れる必要がない。
痛みも恐怖もない無機質な存在。それが博士の腕によって自由自在に操られたら、そりゃ手ごわいなと今更ながらに再確認させられる。
「瑠璃、頼んだよ」
「はい。いっくよー、ドーンと重くなーれ」
見た目こそ変わりはしなかったものの、サイクロプスが片膝をついたことで変化を察することができた。
瑠璃さんの磁力魔法、おそらく事前にすでに用意をしていたのだろう。
ウェズリーさんのと一緒で、後は起動するだけという状態にし、人形たちを重たくした。
瑠璃さんが苦しそうな顔をして、この場で立ち尽くしているので、おそろくすべての魔力を注いでいる。
「人形にウェズリーの爆発魔法も設置したらよかったんじゃないでしょうか?」
「無慈悲なことを言ってくれるな。あの人形は私の相棒で、家族だ」
……フィギュアを嫁とか言ってる人と同じタイプか。
きっと博士は結構お金持ちだろうから、家にエッチな等身大のドールとかあるに違いない。小さなフィギュアも、全員に名前を付けて、朝起きるたびにあいさつをする。ごはんも一緒。風呂もたまに入れて、行ってきますのあいさつまで!!
この人やばすぎる。きっとそんなやばい人に違いない!
「変なこと想像してないで、サイクロプスに注意して。消化液とか吐いてくるから、かわせるようにね」
忠告には従っておく。
なにせ800万円の高級ジャージを身に着けているんだ。
大事なものほど気を付けて扱うのに、ぶつけて傷つけてしまうジンクスはあるものの、未だに僕のジャージは無傷だ。素材や製作者の腕がいいのだろう。
それでも消化液なんかは耐えられそうにないので、しっかりとサイクロプスに注意を向けた。
幸い青龍会の人たちは、姿も影も見えない。
僕たちはじっくりとサイクロプスと戦える。急いで人形を爆破することもないか。
その考えにさらなる模範解答をみせようとしてくれているのが、みかんさんだった。
「みかん、頼んだよ。シロウ君の考えは実は私も何度か考えていた。けれど、君がいるからその必要もなさそうだ」
「……ええ、お任せを」
通路に下がっていた僕たちの中から、一歩前に踏み出るみかんさん。
いよいよ、この眼鏡女子の真価が発揮されようとする。
みかんさんが眼鏡に手をつけて、外した。
外した!?
ケースを取り出して、眼鏡を収納して、服のポケットに収納した。
「だてメガネなの!?」
「ええ、おしゃれですので」
オシャレ女子だった!?
僕も最近オシャレに目覚めつつある陰キャだけど、みかんさんはもうこの次元をとっぱしたお方だった。
「見ててください。特にシロウ君、あなたには役に立つものだと思われます」
「僕に?」
ていうか、みかんさん僕の名前知ってたんだ。
一度も直接話したことがないので、てっきり認知されていないものと思っていた。
それなのに、僕のやつに立つだと?
それって僕のことを結構知っている的なあれですか。これが裏で実は好かれていた的な青春の恋というやつですか?
「あなたと私の魔法は遠くないところにあると、先生がおっしゃっていましたので」
「先生?」
「はい、いずれあなたもお会いする日が来ると思います」
先生と言われても、学校の先生以外に思い当たる節がない。
けれど、彼女の言う先生は師匠とかメンターみたいな存在の先生だろう。
みかんさんに敬意を払われる人物か。
気にはなるけれど、それはみかんさんの実力を見てから判断かな。
弱い人の師匠なんて、興味はない。
「私もフォローしよう。そのほうが君も最大火力を出しやすいだろう。瑠璃はそのまま維持で頼む」
「うん、がんばってね」
「助かります。行きます」
先頭を走る博士に続いて、みかんさんも走ってついていく。
「光魔法、ソード」
走っていくみかんさんの片手に、オレンジ色の炎を纏う幅の広い剣が現れる。
なんだあの炎の色は。
炎の魔法の赤い色とは違う。
いや、みかんさんは光魔法を唱えていた。
ならば、光のはず。なぜ、あれは燃えているんだ?
その異様な炎の剣に目を奪われていると、博士がすでにサイクロプスに迫っており、体の周りに浮かべた両手で抱えきれるくらいの岩を大量に魔力で投げつける。
博士の魔法は物を操るシンプルな魔法である。
圧倒的な魔力がその力を恐ろしいものに昇華させているが、やっていることは物をあやつるだけ。
それが単調なものであればあるほど、操作は容易だ。
岩は博士の神経質な性格通り、正確な軌道を描きながら、防ごうとするサイクロプスの両手の合間を縫って的確に弱点へと飛んでいく。
目、鼻、耳、口、ピンポイントに当てられ続ける攻撃は、巨人の魔物でも次第にダメージが蓄積していた。
人形の重さ、岩で注意をさらに削いだその隙間を、みかんさんが駆け抜ける。
「斬る!」
オレンジ色の炎を守った剣で、サイクロプスのアキレス腱を切り裂く。
見た目通りすさまじい切れ味で、巨大なサイクロプスの足から青い血がどくどくと漏れ出た。
「もう一本」
一度下がり、態勢を立て直そうとするみかんさん。
呼吸も整えていた。
構えからして、普段から剣を扱っている人に見える。
剣道……いや、少し違う。古武道とか、そういう感じのことを普段からやっていそうだ。そういう家柄なのかもしれない。
構えが美しく、実戦的である。
「効いているぞ。魔力の消費が激しいのはわかるが、続けて頼む」
「はい」
二人の連携は完璧だ。
瑠璃さんの磁力のおかげでもある。
動けないサイクロプス相手に、一撃の強いみかんさんは非常に相性が良い。
そのまま放っておいても勝てそうなほどの出血量だが、博士の攻撃は止まらない。
そして、隙をみつけて、みかんさんの攻撃がまた入る。
恐ろしいまでの切れ味を誇るあの異様な剣が、サイクロプスのもう片方の腱を切り裂いた。
悲鳴とともに、サイクロプスが前のめりに倒れこむ。
その巨体で辺りに散らばった砕けた氷が、博士やみかんさんめがけて飛んでいく。
二人にぶつからないように、召喚ゲートを開いて受け流しておいた。
さりげなく活躍、これが陰キャスタイル。
「とどめ、いきます」
倒れこんだサイクロプスの後頭部に近づき、気合を込めた一撃でみかんさんが太い首を一刀両断して見せる。
サイクロプスが霧状になって消えていき、魔石がその場に残った。
「ふう」
一息ついたみかんさんが、満足げな表情を見せる。
僕のほうを見ているのは、氷から助けてあげたからだろうか。
「シロウ君、私の剣はどう見えましたか?」
「燃えているように見えました」
そう、オレンジ色の炎を纏っていた。
切れ味がすさまじいのも、遠目に見てわかっている。
「強い光は、遠目からだと燃えているように見えるんです。あれはただの光の剣です。燃えて見えるのは私の光魔法が、それだけ強いってことです」
ま、マウントですか?
僕たちが弱いって言いたいんですか!
「あなたのダークフレイムも同じ原理です」
ダークフレイム……ああ、ゴブリンクイーン戦で見せた僕の陰キャファイヤーのことか。
正式名称で言わないから、理解が遅れた。
僕の体が黒い炎で燃えていたように見えたけど、あれも炎ではないと?
ていうか、僕の動画を見てくれている。いいね、も押してくれたのだろうか。
「強い闇の力の片鱗が、燃えているように見えただけです。炎の使い手、先生はそう呼んでいます」
出た、先生!
その存在が気になるものの、まずはこの戦いの勝利を祝うことにした。
占拠戦、僕たちの勝ちとなった大作戦を、みんなで抱き合って喜びあう。女性と公的にハグできる機会は少ないので、僕は瑠璃さんとみかんさんと重ね重ねハグしておいた。
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