第56話
この度の、わたくしの失態はですね、えーと、まことに遺憾の意であります。
ウェズリーさんの後頭部に大きめのこぶが出来始めていた。
あわわわ、内出血がすんごいことになっています。
「この件はまた後だ。いいからあいつに集中するぞ。舐めてやれるような相手じゃない」
一旦腹にしまってくれるらしい。意外と男らしいところのある人だ。
僕なら3時間くらいネチネチ言ってると思う。本気で!!
青い鱗のサラマンダーは建物に突き刺していた豪奢飾りのついた槍を手にした。
なるほど、僕たちに投げつけたのはジャベリンだったらしい。本命の武器はあちらか。
それなら納得!
僕が手元を誤り、ウェズリーさんの後頭部を殴りつけたのはこれがジャベリンだったからだ。ちゃんと手にもつ槍だったら流石にあんなミスはしない。
しないはず……。
「じゃあ行かせて貰うぜ。爆発魔法、設置」
ウェズリーさんがさっそく、魔力の弾を飛ばしていく。
100を超える魔力の弾は、青い鱗のサラマンダーでもかわし切れないみたいで、無事に届くかと思われた。
しかし、直前で先ほど僕がやろうとしたように彼に槍を回転させて魔力の弾を弾く。
あの豪奢な槍は見た目が派手なだけでなく、小さな魔力なら弾く仕掛けがあるみたいだった。
ウェズリーさんの設置段階の魔力は明らかに小さいからな。簡単に弾かれるのも無理はない。
しかも動きが凄く速くて、鉄の雨でも捉えきれない気がした。
ウェズリーさんの爆発魔法は威力こそ、これまで見たどの魔法にも負けていなかったが、段階を踏んで発動させなくちゃいけない。
準備段階と、攻撃段階に分かれるこの魔法、攻略の道があるとしたら準備段階で潰すことだろう。それをよく理解している。おそらく僕たちの戦闘は既にこの青い鱗のサラマンダーに分析されていた。
相性最悪と見た。こういうすばしっこい相手だとやり辛そうだ。
僕たちの周りに地雷原を張っているので、相手も迂闊には近づけない。
けれど、それじゃあ面白くない。
成神さんたちの加勢を待つのは、エリート陰キャの称号に相応しくない。
何より、今回のダンジョンは攻略よりもポイント稼ぎが重点だ。
ここまでに相当評価を下げているので、そろそろ一肌脱ぐとしよう。
「僕があれの動きを止めます。その後に爆発魔法で仕留めてください」
「んあ?てめーに何ができんだよ」
「まあ見ててください。ガムを貰った分の仕事はします」
こういう素早い系は陰キャの相手と相場は決まっている。
雷魔法を使う素早いハエみたいな連中を何人倒してきたと思っている。
「地雷の場所を言って下さい。それを踏まないように、あいつのところまで行きます」
「いったん解除するから、突っ走れ。お前が出たらまた張りなおすから、近づいて踏んじまっても知らねーぞ」
「了解です」
どこまでも警戒心の高い人だ。
青い鱗のサラマンダーに場所を覚えられるのを恐れたんだろうね。
爆発魔法なんてものを使うからすごく豪胆な人かと思っていたけど、いやはや真逆も真逆。かなり神経質で几帳面な人らしい。
「解除した。行け!」
僕はジャベリンを持って、駆け出す。
目指すは青い鱗のサラマンダー。一直線に駆け寄って、豪奢な槍とジャベリンがぶつかり合う。
鋭い金属音と、火花が散る。
「良い武器ですね」
『ニィ』
笑った。自分の得意な範囲に僕をおびき寄せられたから?
実際、槍の腕前は天と地ほどの差がある。
まともな攻防になったのは最初の一撃だけで、その後は押されっぱなしだ。パワーでなんとかごまかしているけど、今にもジャベリンを落としてしまいそうだ。
そして、すぐにそうなった。
くるりと円を描く動きで、僕のジャベリンを巻き取り、手から離れた。
器用に自分の手元に引き寄せ、青い鱗のサラマンダーの得物がふたつに。代わりに僕は空手になってしまう。
『ブキヲ、ウシナッタナ』
「なんだ、君も話せるのか」
ゴブリンクイーンと猫背のゴブリン以来だな。話せる魔物は。
『ワタシハ、マダマホウヲツカッテイナイ」
「それはこっちも同じだよ」
優位に立ったつもりかな?
もともと僕はジャベリンを使えないんだ。仲間の後頭部を殴りつける腕前だぞ!そんなやつから武器を取り上げて得意な顔をされても!
しかし、流石はダンジョンボスでもある。
目の前で膨張する魔力に、流石に僕の足も止まって、その様子を見るしかなかった。
青い鱗のサラマンダーが、その固そうな鱗をバリバリと剥がしながら、筋肉を膨張させる。
剥がれてわかったのだが、鱗は透明らしい。
筋肉が盛りだしたその肌が蒼いのだ。
サイズが倍ほどに膨らんだ青い鱗のサラマンダーはもはや別の生物に見えた。
槍だったものが、そのサイズの差からレイピアにも見える。
身体強化の魔法か。ベース能力が高い分、このダンジョンボスとは相性が良さそうだ。
『オワリニ、シヨウ』
そうだね。僕のもたもたしてられない。
うちのチームメンバーが良からぬことを考えていそうなので、早めに手を打っておかないと。
筋肉の膨張したサラマンダーは、見た目が変わっただけではなかった。
ジャベリンを投げてきたが、そのスピードは最初に見たときとは別レベルのもの。
「ッ!?」
なんとか躱して見せたが、地面に刺さったジェベリンは隕石のごとき威力で、地面に小さなクレーターが出来ていた。
槍での攻撃が続き、上手に場所を誘導しつつジャベリンを拾う。
「うわー」
厄介この上ない。この戦い方に慣れている。
僕を攻撃しながら、ジャベリンを回収するとは。
またあの強烈な投げ槍がくるのか。
さっきは躱せたけど、集中力を切らした途端、あの投げ槍が僕の体を貫くのが容易に想像できる。
余裕を見せている場合じゃない。経験値は随分と積ませて貰ったし、そろそろ僕も仕掛けようと思う。
ジャベリンと豪奢な槍の二連撃を使った攻撃がやってくる。
一本のときよりスピードは落ちるけど、その分多彩な攻撃が来る。
少しずつだが、かすり出している。僕の動きが読まれてきている。
一瞬、足を止めて見せた。そこをついて、ジャベリンでの強襲が来る。
待っていた大ぶりだ。疲労に見せかけたトラップ。
「召喚――」
ジャベリンを寸前で躱し、衝撃波を食らいながらも、僕が召喚したのは。
力任せにゲートから引っ張り出す。
「いただき!」
今度は僕がニヤリと笑った。
僕が召喚、いや奪い取ったのは青い鱗のサラマンダーのメイン武器、豪奢な槍だった。
これがあると作戦が失敗しかねない。
魔力の弾を弾かれては、こちらのメインディッシュが台無しになる可能性がある。
僕の準備段階は終わった。
「爆発魔法、タンポポ」
ウェズリーさんの準備段階が始まった。
設置とは違う。
僕と青い鱗のサラマンダーの周りに白い綿状の魔力が出現する。包み込むように辺りを漂う。以前見た、彩さんのダイヤモンドダストのようだった。
「おい、陰キャ。そこからなんとか逃げ出せ」
だろうと思ったよ。
こういう自分勝手な人は大抵やった後に他人に無理を押し付けがちだ。
僕の準備段階は終わったので、攻撃段階に移らせて貰う。
「陰キャゲート」
召喚魔法のゲート開く。まだゲートは小さいけど、身をかがめて飛び込めばなんとかなりそうだ。
失敗は怖いけど、いつかは試さなくちゃならない。
ならば、こういうピンチで他に選択肢がない場合がいいだろう。
僕の攻撃段階は逃げだ!さようなら!
陰キャゲートに飛び込み、指定した先、ウェズリーさんの背後に飛んだ。
「起爆オッケーです」
「んあ?てめー、いつの間に……」
豪奢な槍は奪っておいた。
全ての準備が整っている。
「けど、いい感じだぜ。爆発魔法、授粉」
周りを漂っていた綿状の魔力が青い鱗のサラマンダーめがけて収束していく。
完全に収束しきった瞬間、そこを中心点として大爆発を起こした。
ウェズリーさんの背後にいた僕でさえ、強烈な爆風を感じた。
なんて威力だ。
素直に恐ろしい魔法だと思う。
爆発の余波が収まり、そこに巨大な魔石が残った。
千葉第三ダンジョン、攻略である。
良い戦いでした。
「僕たち、案外いいコンビかもしれないですね」
「どこがだよ。……ガム、まだいるか?」
「いりません」
「そこは貰っとけや」
爆発魔法の後には母ちゃんのご飯が待ってる、食べきらないと母ちゃん爆発、準備段階を僕が仕掛けるのはごめんだYO!SAY!
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