第54話
ゲートをくぐった先には、廃墟が広がっていた。
中世ヨーロッパの街が数百年の間放置されていたみたいな光景だった。
レンガ造りの家は、軽く触れると崩れてしまいそうなほど痛んでいる。
「千葉第三ダンジョンは見ての通り市街戦となる。気をつけてよ。ここの魔物は連携が凄いから」
成神さんが注意喚起する。僕も資料を呼んでいるから情報は知っていた。
ここに出現する魔物はサラマンダー。
トカゲの頭をした二足歩行の魔物。知能が高く、身体能力にも恵まれている。チームという概念を明確に持ち、ただでさえ恵まれた身体能力に加えて高い連携力で襲い掛かる。
「僕はアスナロさんと連携する。君たちはどうするか……任せるとしよう」
ウェズリーさんと僕は自由みたい。
僕は一人で構わない。
けれど、ウェズリーさんはどうかな?
さみしいなら組んであげてもいいんだからね!
なんて僕から歩み寄ることはあり得ない。ピンチになったら800万円で助けてあげるけれど、それ以上の譲歩はない。
「陰キャ、ピンチになったら助けてやるよ」
「それはどうも。僕は800万円貰わないと助けてあげません。よろしくお願いします」
べー。舌をこっそり出しておいた。
仲良くはできません!この人嫌いです!
廃墟からの奇襲に気をつけながら、僕たちは進んでいた。
サラマンダーは潜伏が得意と聞いている。常に耳を澄ませて辺りを注意したいのだが、くちゃくちゃと隣でガムを噛んでいる人がいる。
もちろんウェズリーさんだ。
特大サイズのガムをくちゃくちゃ噛んでは、たまに風船を作って遊んでいたりする。
ラッパーですか?ええ、どこぞの大物ラッパーですか?チェケラ!
「なんだよ」
僕の視線に気づかれたみたいだ。
「ガムを噛んでるとリラックスするんだよ。それとも欲しいのか?」
「……はい」
「欲しいのかよ!」
「2個ください」
2個貰っておいた。
僕もクチャラーの仲間入りだ。
顎が疲れるが、悪い味じゃない。
リラックスするのも本当だった。チェケラ!
二人もペチャクチャしてるもんだから、案の定奇襲を受けた。
投げナイフが飛んできて、すぐさま反応したアスナロさんが植物を生やしてガードする。
僕たちの前にも立派な花を生やしてくれていなかったら、クチャラー二人はここで滅んでいたことだろう。
クチャラーは滅びればいいので、僕たち二人が死んだほうが世の為になったかもしれない。
「っぶね!!油断してたぜ」
「死ぬかと思いました」
顔色が悪くなる新人二人。僕たちは期待のルーキーのはずなのに、今のとろこポンコツムーブをして、争っているだけだ。
それは流石に格好が悪すぎる。
「やることやりましょうか。でないとバンガスさんにも悪い」
「同意だな。何べんも言っておくが、ピンチの時は助けてやるぜ、陰キャくん」
僕たちは同時に駆け出して、潜んでいるサラマンダーへと突っ込んでいく。
左の敵はウェズリーに、右は僕が担当だ。
廃墟を蹴り壊した先には、2匹潜伏していた。
誰かの家だったかもしれない場所だが、ごめんなさい。
建物に隠れられると面倒なので、豪快に崩壊させておいた。
これが魔力8万の暴力。邪魔なものは強制排除だ。
鎧を身に纏い、複数のナイフを扱うサラマンダーと、鉄球を振り回すサラマンダーがいた。
こちらを観察し、互いの距離を保っている。なるほど、知能が高そうだ。
ウォーミングアップにはもってこいな相手に思える。
今日は試してみたい技があった。
岩崎さんから伝授された技だ。
史上最強の魔法使いが使う技らしい。
僕はまだ魔力量がたりないし、安定性も足りていない。
けれど800万円する特注のジャージもあるし、こういうのは徐々に練習しておかないと。
「やるとしよう。サラマンダー」
軽快に動く体を操って、地面に転がる瓦礫を蹴り上げた。
瓦礫の残骸がサラマンダーに向かって飛んでいく。
鎧を着て、見るからに固そうな鱗を持つサラマンダーにダメージの通る攻撃ではないが、目くらましにはなるだろう。
一瞬、僕とサラマンダーたちの視線が途切れた。
横に飛び、右回りに後ろを取った。自分でも感動する加速力である。
「うん、悪くないね」
鉄球を持ったサラマンダーの後ろを取り、両手をあわせた拳を振り下ろす。
凄まじい轟音とともに、サラマンダーが地面にめり込んだ。
「KOかな?」
もう一匹は、僕の存在にようやく気付いて距離を取る。
こちらも身体能力は凄い。一瞬にして僕の攻撃範囲から逃れた。
そして、手にしていたナイフを10本同時に投了する。
いい機会だ。あれを試させて貰おう。
「リバース」
名前はちょっとかっこいいけど、ただ召喚魔法のゲートを開いただけだ。
本来は魔物を呼ぶだけのこのゲートで、ナイフを防いでみた。
「わおっ」
狙い通り。
ゲートをくぐったナイフが、どこかへと消えてしまった。
場所を指定しなかったけど、どこへ行ったんだろうか?
状況を理解しきれていないサラマンダーが少し慌てていた。
その狼狽は命取りになるけど、僕は敢えて距離を詰めない。
投げナイフを得意としているなら、もう一度投げて欲しい。ちょっと面白いことを思いついたのだ。
あなたの圧力にびびって近づけませんよ、的なオーラを発していると、ようやくサラマンダーが次のナイフを構えた。
先ほどよりも数が多い。15本か。
広範囲に飛んでこなければさばききれるはず。
僕が一瞬近づくそぶりを見せたら、ナイフが投了された。
10本が先、遅れて5本。
工夫を凝らしてきたわけだ。
けど、こちらも新しい技を見せるよ。
「リバース」
先ほどと同じくゲートを開いたが、今度は明確に出口を指定した。
いつも何かを呼び寄せるとき、そのものを強く意識する。そうしたらそこへとつながるゲートが開き、欲しているものが出てくる。
この逆をやったわけだ。
僕がゲートの出口に指定したのは、サラマンダーの後方。
10本のナイフがゲートをくぐり、全くの意識外からサラマンダーの背中に刺さる。
おくれて5本がゲートをくぐり、それがとどめとなった。
前のめりにサラマンダーが倒れ、魔石となってその場に残った。
鎧とナイフも残っているが、あれは見た感じただの鉄なのでそんなに価値はなさそうだ。
そういえば、もう一匹は魔石になっていなかったな。
それに気づいたとき、既に僕の横からサラマンダーが鉄球を横に薙ぎ払っていた。
鎖のついた鉄球が、遠心力を伴って僕に襲い掛かる。
これをまともに受けたらきつそうだ。
自分の耐久力を試してみたくもあるけど、それはまたの機会にしよう。
垂直に飛び上がって、鉄球を躱す。
大きな攻撃を繰り出したサラマンダーは反動をうけていた。そのすきを見逃さず、距離を詰める。
今度はこれだ。
「リバース」
ゲートを開いて、サラマンダーに被せに行く。
大きさは足りないけど、頭から入れれば問題ないでしょ!
頭を掴んで、強引にゲートの中に放り込んだ。
また場所を指定し忘れたので、どこへ飛んだかはわからない。
「なるほどね」
これで物も生物も通ることが分かった。
後はこの制度を毎度保ちながら、サイズを大きくするだけだ。
無理矢理詰め込まずとも、ゲートに放り込めるサイズを。
一匹どこへ行ったかはわからないけど、僕のノルマは終わったみたいだ。
さて、ウェズリーさんを助けにでも行くかな。800万円を手に知れるチャンスだし。
そう思った瞬間、地面から足を掴まれた。
「おわっ!?」
ゾンビ映画で驚いたときみたいに、心臓が跳ね上がった。
地面からくることは情報になかったし、想像すらしていなかった。
その手はサラマンダーのものだ。ゾンビじゃなかったのがせめての救いか。
いい奇襲だったけど、僕の脚を掴んだのは正解ではないと思うよ。
魔力8万のパワー系陰キャと力比べをしてみる?
僕もサラマンダーの腕を掴み返した。
その瞬間、息が止まった。
「うぐっ!?」
頭が混乱する。なぜ息が?
直ぐに状況は理解できた。
魔法を食らったわけではない。これは、これはあれだ……!!
ガムが喉に引っかかった!!
ウェズリーの馬鹿やろう!!こんなでかいガムを2個も食わせやがって。
苦しみ悶える僕は、その場に倒れた。
地面から出てくるサラマンダーが、僕を見下ろす。
手には土に汚れた短剣を持っている。それを振り降ろそうとしたとき、目の前のサラマンダーの頭が吹き飛んだ。……なんの魔法だ!?
直立不動のまま霧状になって、魔石となって消えていく。
一撃で死んだみたいだ。
「んっあがっ、ぐがああ」
ごくん、詰まったガムが喉を通る。
胃にぼとりと落ちていく感じがした。
ガムを飲み込んでしまった!あんな栄養になりそうにないものを、しかも特大サイズで!
「ぷはー!!」
死ぬかと思った。
喉に詰まった苦しさで、目から涙が出てきた。
本当に、死ぬかと思った。
「よう、陰キャくん。涙まで流して、そんなに怖かったか?助けてやった御礼はいらねーよ」
ウェズリーが僕を見下して、捨て台詞と共に成神さんたちと合流しにいった。
戦闘は終わったみたいだ。
「……あ」
や、やられたああああ!!
ざまぁを食らった嗚呼ああああ!!
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