第52話

「召喚魔法ってのは、何も魔物や物を召喚するだけが芸じゃねえ」

「ほうほう」

情報を小出しにするのがうまいおじさんだ。


とても興味をそそられる。


「お前は既にダンジョンを経験した。しかもゴブリンクイーンを倒すほどの男だ。もしかしたら、俺に言われるまでもなく薄々気づいているんじゃないか?」

「いや全然」

ここに来るまで、召喚魔法が評価されているなんて夢にも思わなかった。

思わせぶりな発言が何を意味しているのか、全く見当がついていない。


「ったく、こういうのが強いとなんか腹立つなー。お前が召喚魔法使用時に開くゲートと、ダンジョンに入る際のゲート。あれに似たものを感じなかったか?」

似たものを……。

「いや全然」

まっっっく感じていない。

一瞬感じていたことにしようかと思ったけど、毛程も思っていないので正直に答えておいた。


「ちっ。じゃあ一から説明してやるよ。お前が開いてる召喚ゲートと、ダンジョンへと続くゲート、あれはほとんど同じものだ」

「えっ、違いますけど」

「一緒なんだよ!いいから黙って聞け」

「はい」

良い感じの収納ケースがあったので、勝手に座って話を聞くことにした。

おじさんの話は長いと相場は決まっているからね。


「お前たちが開いているゲートの完成形が、ダンジョンのゲートだと思っていい。つまり、それがどういうことを意味するか分かるか?」

「……いや全然」

これって僕が悪いのかな?

全然わからないもん!魔法まだまだ素人だもん!


「あの、僕の反応を待たずに全部説明して貰っていいですか?わかりづらいので」

「……お前、人のことをナチュラルに挑発してるとか言われないか?」

「言われます」

なぜわかった!


「まあいいや。お前の召喚魔法は、そのうち安定しだすと通れるようになるって訳だよ」

「はぁ、便利そうですね」

「凄さの実感が湧かいないのも理解できる。けれど、その応用を見てきた俺からすると、凄まじさが分かる。おおよそ、対人戦では負けようがない」

「はい?」

急に話が飛躍した気がする。

なぜそんなことになる?


炎魔法なんて勝てる気がしないけど。


「召喚ゲートを開いて、相手をどこかに飛ばしてしまえばいい。人が通れるようになるには、かなりの練度と魔力量が必要になるが、使えればそういうことも可能だ」

ダンジョンの入り口と同じなら、誰かを異世界に飛ばせると?いや、物の移動が可能なのはゴブリンクイーン戦で僕が実践している。

そして、先日BANを食らった動画もその内容だった。


「ちょっと待ってください。召喚魔法は、こちら側からものや魔物を引き寄せます。逆って可能なんですか?」

「“あいつ”は逆召喚って呼んでいたな」

「逆召喚……ダサくないですか?」

「知らねーよ!」

いや、ダサいけど!無理無理、そんなダサい魔法使えませんけど!


「リバースって呼びます」

「好きにしろ。とにかく、逆召喚は」

「待ってください。リバースって言って下さい」

「ちっ」

何度目かの舌打ちをされた。奥さんが見ている限り、僕に恐れるものはない。


「リバースは可能だ。魔物も帰るときにゲートを通るだろう。あれの応用だな。けれど、恐ろしいのはその先だ。あいつはゲートくぐらせるときに、魔物も人も殺せる。召喚切りって言ってたな」

途中で召喚魔法を閉じて、空間を断ち切るのか。


やり方が汚いけれど、強力な一手には違いない。

「召喚切りってダサいので、スペースカットって呼びます」

「……スペースカットは戦闘でかなり優位に立てるぞ。使役する魔物とあわせれば、全ての距離で優位に立てる魔法だ」

素直にスペースカットって言ってくれた!僕はなによりそれが嬉しい。


「そして、まだこの話には先がある。最終的に、お前もたどり着けるかはわからないが、召喚ゲートを通れるようになる。お前自身がな。あいつはセルフゲートって呼んでいた」

「陰キャゲートにします」

「それはセルフゲートの方がかっこよくないか?」

「却下で!」

お客様は神様。なんて良い言葉なのだろうか。

ここでは常に僕のほうが優位なのです。

札束を持っている限り、僕の立場は揺るがない!


「ダンジョンが何で現れたのか、ダンジョンの先がいったいどこなのか。わからないことだらけだが、それを知る唯一の人物だと言ってもいい。なんたってあいつは、この世界とあっちの世界を自由自在に行き来することのできる人間だ」

「まさか、陰キャゲートを利用して、異世界へと自在に行っているんですか?」

「その通りだ。俺たちの知らない知識、魔法、装備、なんだって知っていたぜ。お前もそれだけの魔法を扱っているってわけだ。どうだ?おどろいたろう」

気づけば、岩崎さんが二本目のタバコに手を伸ばしていた。

もうそんなに話したのか。


興味深くて、楽しい話だったので会話に夢中になっていた。時間があっという間に過ぎるのも無理ない内容だったと思う。


「僕が天才ってことを理解しました」

「……いやまあ、そういうことでいいけどよ。ちっ。むかつくガキだぜ。召喚魔法については終了だ。まだ知りたいなら自分で調べな。俺が言ったことは全部できることだから、魔力が上ったら試してみろ」

「はい」

そうさせて貰います。一応冒険者としても先輩の岩崎さんの助言だ。素直に聞いておこう。


「お前の為に用意した素材は、魔物の中で唯一召喚魔法を扱うやつだ。そいつがまさに言った通り、自分の召喚ゲートをくぐって逃げたり、背後を取ってきたりする」

「そんな魔物がいるんですね」

「かなりのレアものだ」

ぎくり。僕はその言葉の真意を理解し始めていた。たぶん、そういうことなんだろうな……。


「召喚ゲートが未熟だと皮膚が焼かれたりする。最悪スペースカットが起きると、自分が死んでしまう。それを防ぐのが、こいつの革だ。こいつの革は召喚ゲートをくぐる際のダメージを軽減してくれる」

灰色の革を一旦おいて、今度は魔石を手にした。

蒼い部分とごつごつした岩みたいな部分が露出した魔石だった。


「こっちは魔法の安定性を高めてくれる魔石だ。魔石解析者の解析書付の信頼あり。こいつを母ちゃんに頼んで付与してもらう。お前の魔法と最高の相性だと思うぜ?」

本当にありがたい提案だ。

流石にプロだなって思った。


魔石を解析するプロもいるのかとかも驚いたが、今はそれが大事ではない。

僕が気づいてしまったことを聞かねば。


「でも、お高いんでしょう?」

「まあ、そうビビるな。素材と魔石を合わせて、たったの850万。初回サービスで800万にしてやる。無利子のローンも可能だからよ、コツコツ払いな」

金銭感覚がバグっていませんか!?


そして、なんの因果か、僕の所持金とぴったり同じだ。

契約金の100万円、経費の300万円、ゴブリンクイーンの400万だ。更に言えば17万円もまだあるけど、あれは!あれだけは!


「……払います」

実は現金ホックホク、500万円の札束をリュックに入れている。

それを取り出し、岩崎さんに払った


「いや、離せよ」

「はっ!!」

僕としたことが500万円様を無意識のうちに強く掴んでいた。


1万円様事件のときとは違う。これはまともな投資なのに、どうして僕はお金を払うとこうも強く抵抗してしまうんだ。


「残りの300万円はバンガスさんにいてくれたら。ローストーンの代表です」

「あら?お前今度はそっちに入ったのか。ローストーンとも付き合いはあるから大丈夫だ」

そういえば、ローストーンに入ったことを伝えていなかった。

他人だし、いいかなとか思ってたが、今後も付き合いを続けると考えるといろいろ情報共有しておくべきか。


「僕のプロフィールとかいります?」

「いらねーよ。なんでだよ」

あ、そう。じゃあいいや。


「母ちゃんが採寸していくからよ。もう少し待ってろ。で、衣装のデザインは好みあるか?なんでも対応可能だ」

それなら既に決めている。


「学校のジャージデザインで」

「あ?そんあだっせーので良いのか」

「僕のダンジョンネームは陰キャ。それがいいんです」

「まかせろっ。1週間でできるからよ。また取りに来な!」

背中を押されて、追い出されるように店から放り出された。

やっぱり客商売のできない人だ!とか思ったが、扉から出る前に振り返ると、岩崎さんと奥さんは既に仕事にとりかかっていた。


「なんだ。ただのプロ中のプロだったか」

僕は静かに地上へと戻っていった。

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