第12話 勇者リリィ、ミュールパントにて舞う

「よっ」


 軽い調子で聞こえてくる、少女の掛け声。

 それだけ聞けば、ちょっとした運動でもしているのかと思えるが。

 どかーん、と冗談みたいな轟音が、一緒に鳴り響いていた。

 轟音の発生源は、少女が持つ細身の剣。

 少女が剣を振るう度、対峙する魔軍が一撃で二、三部隊は吹き飛んでいく。

 それは驚くことではない。

 その少女が、勇者にして最強の覚醒者であるリリィ・シトロエンだからだ。


「ほっ、それっ!」


 ハルトフォードの北に国境を接する隣国、ブラシュタット。その首都である城塞都市ミュールパント周辺の平野が、現在の魔軍との戦争における最前線だ。

 両軍が激突する中心にて、リリィは陽気な声に合わせて敵軍の只中に単身で突撃し、蹴散らしていく。

 多種多様な魔族や亜人で構成された魔軍の兵たちは、こんな怪物の相手をするのは馬鹿らしいとばかりに、散開してリリィから距離を取ろうとする。


「あ、ちょっと待ってよきみたち。逃げるなんて、つれないなあ」


 しかしリリィは、鬼ごっこでもするように、剣を振り回しながら追撃する。


「ちょっと待つのはあなたですよリリィさん、深追いし過ぎです! 確かに敵を圧倒してはいますけど!」


 後ろから追いかけてきたノノが、光線のような上級魔法をゴブリンの集団に向けて放ち、一掃しながら忠告する。

 リリィは足を止めてチラリと振り返った。


「油断してると、足元掬われる?」

「そうです、分かっているなら……」


 続けようとするノノの頭に、リリィはポンと手を置いた。

 その手には、返り血の一つも付いていない。


「大丈夫だいじょうぶ。こう見えてわたし、戦闘中に油断したことないから」

「ですが、なんだか手加減しているように見えますよ?」


 ノノはリリィにジト目を向ける。


「うん、それはまあ」

「いや、本気出してくださいよ勇者様」


 あっさり認めるリリィに、ノノの懐疑的な視線が色濃くなった。


「そんなことしたら、守らないといけないものまで纏めて吹き飛ばしちゃうし。防衛中の街とか、友軍とか」


 なんでもないことのように、リリィは言う。


「別に遊んでるわけじゃないけどさ。何事も程々が大事ってこと」


 戦場のど真ん中、加えて周りに友軍のいない突出した場所での、暢気とも取れる会話。

 魔軍の中から果敢にも背後を取って隙を突こうとする者が現れるが、リリィは視界の外からの不意打ちにも難なく対応して返り討ちにした。

 会話を終えて、更に追撃を仕掛けようと、リリィが敵に向かって踏み込んだその時。


「そろそろ日が暮れます。今日のところは、ここまでにしましょう」


 追いついてきたセレナが、そう告げてきた。

 この日、ブラシュタット軍は、ハルトフォードより派遣されてきた勇者リリィ・シトロエンの活躍により、魔軍の戦線を大きく突き崩す形で、戦闘を終了した。



 ミュールパント外縁付近、ブラシュタット軍野営地にて。

 リリィと勇者一行は、本陣に呼ばれていた。


「いやはや、お見事なお働き。さすがは勇者殿ですな」


 白髪の老将が朗らかな声でリリィの働きを称えた。

 マティアス・オドラン。ブラシュタットの伝説的な将軍で、総勢三万ほどの軍勢で最大二十万を越えていた魔軍を相手に防衛線を支え続けた名将だ。

 怪我の影響で前線に出ることができないブラシュタット家の当主に代わって、全軍の指揮権を任されている。


「勇者殿の一行が援軍として派遣されて数日、魔軍はその数を半数ほどまで減らしています」


 横に控える若い騎士は、リリィが援軍としてやってきてからの戦況の変貌ぶりを語る。

 マティアスの息子であり、ブラシュタット唯一の覚醒者でもあるジルベールだ。

 二人の言葉を聞き、本陣に集まっていた将官は歓喜の声を発する。

 

「とはいえ、まだ敵の数は多い。奇襲のような作戦を取られたら、一気にミュールパントを落とされる可能性も残っておる」


 緩んだ将兵たちの気を引き締めるように、マティアスがそう口にする。


「いえ。勇者殿のお力があれば、魔軍など取るに足りません」


 そう口にしたのはブラシュタットの将軍の一人、フェルナンだ。

 マティアスとは常に逆のことを言う男だ。

 二人の将は、それぞれ別の軍閥に属していると、リリィは聞き及んでいる。


「ブラシュタットとハルトフォードが、同じ脅威を前に手を合わせ戦っている今、魔軍など恐れるに足りんな!」

「ミュールパントに篭るしかなかった状況から一転して、現在は城壁外に陣を敷くまで盛り返しましたからな」

「ああ、我らの勝利はもう一息だ!」 


 ブラシュタットの将官たちは、明るい声で語り合う。

 絶望的な状況に、リリィという一筋の光が差し込んだのだから無理はない。

 彼らの喜びようは、ハルトフォードへの態度にも現れている。

 かつて両国は敵対的な関係だったため、ハルトフォード憎しの風潮は、ブラシュタット国内に充満していた。

 しかし、救援に駆けつけたリリィが獅子奮迅の活躍を見せた結果、将校の中にも好意的な姿勢を取る者が増えている。


「気を抜くな! 半数がやられたというのに、敵は撤退する気配がない。奴らが攻めの姿勢を崩さない以上、戦いは続くのだ。一見無策に突撃を繰り返しているだけに見えるが、裏で何か狙っている可能性を忘れるな」


 改めてマティアスが、将官に喝を入れた。

 フェルナンの一言で緩みかけていた場の空気が、最終的には引き締まる。 

 フェルランはマティアスを見て、苦々しい表情を浮かべている。

 リリィは本陣の片隅で、そんな将官たちの様子を傍観していた。

 どうやら、ブラシュタットの軍は一枚岩ではないらしい。


(まあ、わたしにはあまり関係ないか)


 残りの魔軍が何をしてこようが全部倒せばいいし、ブラシュタット軍内の対立が万が一拗れたりして、その結果自分に影響が及ぶなら、それもまとめてねじ伏せるまでだ。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


あとがき


どうもりんどーです。

ここまでお読みいただきありがとうございます!

次回はマコト視点の話です。

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