第六十二話「長き戦いの終わり」

 緊急任務:『黒花』レイアの討伐、シンデレラ宮殿の象徴「スタニッシュリング」を奪還


 遂行者:黒神大蛇、白神亜玲澄、武刀正義、エレイナ、錦野蒼乃、涼宮凪沙、桐谷正嗣、桐谷優羽汰、桐雨芽依、パンサー(一時加勢)

 犠牲者:0名



「――エレイナ……ちゃん」


 ふと声が出てしまう。全く……自分でも笑えないわ。あの子とエレイナが結ばれるって聞いた時の嫉妬しっとがここまで至るなんてね。


 ――私は竜族を憎んでいた。ほぼ毎日理不尽に街を焼き払われ、多くの神族の者が命を落とした。その中には私やエレイナの両親も含まれていた。そんな家族を殺した竜族とうちの家族であるエレイナが恋人同士になるなんて許せなかった。


 結局私も竜族の炎に焼かれて一度世を去ったわ。そしてアカネと名乗る人物がこう言ってきた。


『レイアちゃん。神や竜じゃなくて、人魚が住んでる世界で生きるのはどうかしら』


 そう言って、私は人魚になった。でも実際になったのは全く違っていて、足がタコみたいで気持ち悪くて顔もブサイクな魔女だった。名前はと呼ばれていた。

 アカネを……自分の運命が憎くて海に住む大勢の魚をこの手で殺した。結局は八つ当たりだ。

 そんな時に、偶然だけど因縁の竜族と出会った。ここで絶対殺す……その一心で戦ったんだけど、結局負けちゃった。憎しみだけでは勝てないって事をこの時悟ったの。


 そして三度目。私は幼女として生まれ変わった。そこで名前を『桐雨芽依きりさめめい』に改名して、あの竜族……黒神大蛇を殺すべく今まで過ごしてきた。そこで立てた計画が今に繋がるってこと。

 最初はあいつと親密に行動してその隙に殺そうと思ってたけど、思ったよりあいつは可愛くて……悔しいけど憎めなかった。エレイナが惚れたのも納得してしまった。


 更に友達も出来た。名前は『涼宮凪沙すずみやなぎさ』。あの子は家族以外で初めて出来た私の友達。まるで姉のようにしたってくれた。


 ――ごめんね、凪沙ちゃん。ずっと隠しててごめんね。でも、これが私の運命なの。決して変えられない罪で塗り固めた運命なの。許してほしいなんて言わないよ。でもせめて、私のことを忘れないでほしいの……それだけで、嬉しいから。



 そして、桐雨芽依改め『黒花』レイア・ヴィーナスはシンデレラ宮殿から白い光と共に消えた。





 ――『桐雨芽依、懲役25年!!』


 刹那、男性の野太い声が聞こえた気がした。その後、寒い牢獄の中に入れられた感触がした。意識は無い。でも身体はしっかり熱を感じる。


 捕まっちゃったな。でも、今まで生きてきた中で一番いい終わり方かもしれないな……



 ――凪沙ちゃん、エレイナ。私……変わるから。もう憎しみで人を殺さないって心の底に刻み続けるから。だから、私の事を忘れないで――――







 黒い百合が一斉に枯れる。その後、シンデレラ宮殿が徐々に崩れる音がする。


「終わったな……」

「うん……これで、また一つ変えられたね、運命」

「今回はお前の手柄だ、エレイナ。……いや、全員で成し遂げた任務だ」


 後ろを向くと、全員がボロボロになりながらも様々な反応を見せてくれた。


「黒坊……白坊がそろそろやべぇから早く帰ろうぜ」

「亜玲澄……?」


 すると全員が亜玲澄の方を向く。亜玲澄は先程のまま腹部を貫通されている。


「お兄ちゃん! しっかりしてお兄ちゃん!!」

「エレイナさん! まずはここから脱出しましょう!」

「う、うん……!」


 蒼乃に引っ張られ、エレイナはシンデレラ宮殿から出る。


「白神亜玲澄は俺が背負う。お前らは先に脱出しろ」

「す……すまねぇ竜坊! 白坊を頼んだぜ!!」


 そう言い残し、正義は王室から出た。それに続いて俺とパンサーも脱出する。最後に優羽汰が脱出してすぐに大量の砂埃すなぼこりをまき散らしながらシンデレラ宮殿が崩れた。



 その一部始終を見送った俺達は、一先ひとまず亜玲澄の回復を優先した。


「回復魔法が効かない……!」

「心拍数が低下してきてます。このままでは5分ともたないです!」

「白坊! しっかりしろ!!」


 全員で亜玲澄に声をかけるも、返事は返ってこない。その度に腹部の大きな風穴が痛々しい。


「くそっ……他に方法は……!」


 全員が慌てている中、パンサーが立ち上がりながら言った。


「ねぇ、大蛇君。君のコートのポケットに指輪入ってると思うんだけどそれボクに渡してくれない?」

「は……?」


 嘘だろ。その指輪ってまさか……


「……スタニッシュリングを亜玲澄の指にはめるのか」

「その通り。しっかり左の小指にはめるの」


 なんの事かさっぱり分からず、俺は反射的にパンサーに指輪を渡した。すぐにパンサーは亜玲澄の左の小指にはめた。すると、指輪が光だすのと同時に腹部の穴に羽状の光が穴を埋めていく。


「これが……始祖神の能力だってのか……!」

「そうだよ。これこそ始祖神の神器の能力『無限再生インフィニリピート』さ」


 パンサーが自慢気に言ってくる。そんなパンサーを正義はにらみつけた。自分の能力じゃねぇくせにとでも言うかのように。

 次第に穴が塞がっていく。3分も経たずに完全に塞がり、亜玲澄は目を覚ました。


「うぉ……ここどこだ? 黒花は……」


 レイアに貫かれた腹を触ってみると、ちゃんと塞がっている。一体どれほど高度な回復魔法を使えばここまで回復できるのだろうか。


「お兄ちゃん……!!」


 エレイナが亜玲澄に泣きながら勢いよく抱きついた。服を両手で掴みながらわんわんと泣くその姿はどこか痛々しくも暖かかった。


「おい……どうしたエレイナ。俺そんな心配されるような事したか?」

「だっでぇ……あど1分ぐらいで死んじゃうがもじれながっだんだよ〜!!!」

「そんな所まで行ってたのか……よくウネウネの仲間入りにならなくて済んだな俺」


 暖かい兄妹愛を遠くで見ている俺の肩を誰かが叩く。後ろを向くとそこにはサーシェスがいた。


「サスガハ『黒き英雄』ダナ」

「……あいつらのおかげだ。俺だけでは絶対に乗り越えられなかった。勿論、お前も含めてな」

「Je vois. ...... Je vois. ...... Heh, ça me rend heureux après tout. D'être reconnu par quelqu'un que l'on admire.(そうか……そうか……へっ、やっぱり嬉しくなるもんだな。憧れてる人に認められるってのは)」


 何て言ってるかは分からないが、途中でサーシェスがニッと白い歯を見せたのでそういう事なんだなと感じ取る事にした。


「Je vais aller en prison pendant un certain temps, mais quand je serai libéré, je viendrai te voir en courant, où que tu sois et à n'importe quel moment. Avec eux.(俺はしばらく刑務所行きになるが、釈放された時にはいつどこでもお前の元に駆けつけてやる。あいつらと一緒にな)……マタアオウゼ、オロチ・ヤマタノ!!」


 サーシェスが手を振りながらバイクにまたがり、あの抗争で生き残った不良軍団と共にパリの街へと消えた。そして生き残った貴族や令嬢達も黒いスーツの人達の車に乗せられ、宮殿から出る姿も見受けられた。


「……大蛇さん」


 次に声をかけられたのは蒼乃だった。瞳から小さな雫が頬を伝るのを誤魔化すためか、優しく笑っている。


「お母さんの事……ありがとうございました。それほどまでお母さんの事を大事に思ってくれて……きっと天国のお母さんも喜んでいますよ。もちろん、私もです」


 蒼乃は笑顔で満天の青空を見上げながらそう言った。俺もつられて空を見上げて言った。


「俺も……智優美さんがいなかったらきっと、この任務を遂行出来なかった。だから俺も今回限りは素直に喜ぶことにします」


 恥ずかしそうにそう言うと、いつの間にか俺の顔を見ていた蒼乃がふふっと笑った。


「……お母さんの言う通り、大蛇さんは可愛らしい人ですね」




 ――宮殿から出て、最初に俺達がパリに来たときの転送装置まで辿り着いた。何故かパンサーはここにはいないが、それ以外は全員いる。これで長き戦いが終わる。ようやく日本に帰れる……と思った矢先だった。


「……黒神、凪沙先輩、忘れてないですよね?」

「……??」


 二人揃って首を傾げる。それに優羽汰がため息をつきながら言った。


「はぁ……あれですよ、公園の修理費です。これ払えるまで帰しませんからね」


 優羽汰は公園の修理費が諸々書かれた料金表を俺と凪沙に見せた。そこには『47,425.00 EUR』……日本円で約700万円程の金額が書かれていた。


「嫌ああああああああああ!!!!!」


 俺と凪沙はその金額を見て絶望した。


 また新たな任務が二人に課せられたのであった。その時、ふふっという少女の笑い声が後ろから聞こえたような気がした――




『――頑張ってね、凪沙ちゃん、おっ君』

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