第三十四話「偶然がもたらす奇跡」

 緊急任務:パンサーと名乗る怪盗を逮捕、シンデレラ宮殿の象徴「スタニッシュリング」を奪還


 遂行者:黒神大蛇、白神亜玲澄、武刀正義、エレイナ、錦野蒼乃、涼宮凪沙、桐谷正嗣、桐谷優羽汰、桐雨芽依



 ……長い間、眠っていた。正直死の寸前まで来ていた。未だ視界は真っ暗だが、先程俺の身体を支えた硬い地面より遥かに柔らかい床が俺の弱った身体を支える。


「あっ……、あぁ……」


 目を覚ますと、視界は陽の光で染められた暖色の天井で埋め尽くされていた。周囲を見ると、両隣には俺と同じように白いベッドで病衣を着ていて、そこから包帯を巻いていたりしている人も見かけた。


「ここは……」


 そう、ここは病院だった。さっきうっすら見えた赤い光は救急車だったのか。恐らくたまたま近くを歩いていた人が呼んでくれたのだろう。その人に感謝しなくてはな……


 突然ガラガラッと勢いよく扉が開く声が聞こえ、そっちを向くとそこには顔をくしゃくしゃにしている芽依の姿が見えた。


 俺に気づくと芽依は大粒の涙を零しながら俺に抱きついてきた。


「……心配かけてすまなかったな、芽依」


 芽依は言葉では表せられないような声を上げながら泣いていた。俺の病衣をぎゅっと両手で握りしめながら声を出して泣いていた。


「おっ君……、無事で……ぐすっ、無事で良がっだあああ!!」

「おい、一応人前だからな……」


 何とか泣き止まそうと一声かけてみるが、泣き止む気配がない。それほど俺を心配していたのだろう。そんな俺と芽依の状況を見て、左隣のベッドからふふっと笑い声が聞こえた。


「全く、大蛇君も隅に置けないな〜っ! なんてねっ♪」

「な……凪沙なぎささん……」


 そこにいたのはまさかの凪沙さんだった。パンサーを名乗る怪盗から致命傷を負ったとは聞いていたが、そちらも無事のようで良かった。


「こら芽依、あんまり大蛇君を困らせないでよ〜?」

「なっちゃん! だっておっ君ったら私を庇って……!!」


 芽依はまた泣いた。一体いつになったら泣き止むのか……俺は深いため息を吐いた。


「あはは、ごめんね〜。芽依ったら泣き虫なんだから」

「もうっ! 泣き虫なんかじゃないもん! 本当におっ君の事心配してたもん!!」


 あの二人、随分と仲がいいというか、何というか……


 まるで家族のような――


 大蛇は芽依と凪沙さんが他愛たあいもないやり取りを見ながらそんな事を思っていた。しかし、凪沙さんにはお見通しだった。


「大蛇君は勘が鋭いね〜っ♪」

「い、いきなり何だ……」

「いやいや〜、何でも無いよっ♪」

「その身体でよく元気でいられますね……」


 包帯で全身ぐるぐる巻きにされてもなお平常でいられる凪沙さんに違う意味で尊敬した。


 ……意外な関係が分かったとはいえ、芽依がパンサーかどうかを決めるのはまだ早い。俺の隣にはパンサーによって致命傷を受けた凪沙さんもいる。今ここで聞き出してやろう。



「こんな状況で言うのもあれだが……芽依、凪沙さんをここまでおいやったのはお前では無いんだな?」

「そ、そりゃそうでしょ! 凪沙ちゃんをボクが傷つけるわけないよ〜っ!!」

「大蛇君、私をここまで傷つけたのは芽依じゃないよ……」


 やばい。本当にパンサーが誰なのか分からなくなった。最初会った時は芽依がパンサーだと思ったものの、凪沙さんが見たパンサーは芽依では無いと来た。そうなると考えられるのは一つしかない。


「パンサーは別人か……」


 なら一体誰なのか。分からない。これで振り出しに戻された。やり直しだ。早く突き止めなければ……亜玲澄達と合流しなければならないのに。


 時刻はもう午後四時を過ぎている。悠長ゆうちょうに休んでいる暇はない。早急にシンデレラ宮殿に向かわなくては。


「がっ……!!」


 不幸にもまだ身体が完治されていない。毒がまだ取り除ききれてないのかもしれない。


 無理矢理身体を起こそうとして痛みに苦しむ大蛇に、芽依は声をかけた。


「おっ君! 無理しないで!!」

「早く……行かねぇと……!」


 俺の身体がどんな状況でも関係ない。パンサーが来る前にシンデレラ宮殿に行かなければまた財宝が盗まれる。


「大蛇君、無理はダメだよっ! そんな身体でパンサーを倒せると思っているの? 万全の私でもこの有様だし、一先ひとまず蒼野ちゃん達に任せようよ!」

「で、ですけど……」


 あいつらは今だパリの街中を周って俺を探しているに違いない。このまま探していたら日が暮れて宮殿から財宝が消える。誰でもいいから宮殿を守らなければならない。


「おっ君、今は休んでないとダメだよ。ここは仲間に任せようよ!」

「はぁっ……」


 二人に心配されるならそうするしかない。別に意地を張っている訳では無いからな。


「うん! 偉い偉い! 良い子には頭なでなでしてあげよ〜っ♪」


 芽依が突然にっこり笑いながら俺の頭に手を置いて優しく撫でてきた。


「……やめろ、毒が広がるだろ」

「ぷっ……あはは! 何その言い訳〜っ!」


 凪沙さんに笑われてるのも気にもせずに俺は布団を頭まで被った。一般の人もいる中で頭を撫でられるなどどれほどの屈辱くつじょくだ。


「全く、大蛇君は照れ屋さんなんだから〜♪」

「おっ君のそういう可愛いとこ、ボクは好きだよ♪」

「……パンサー潰した後はお前らを潰すからな」 


 割と本気で怒ったが、彼女達には効かなかった。むしろ逆効果だったかもしれない。

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