第二十七話「任務前の一時」

 緊急任務:パンサーと名乗る怪盗を逮捕、シンデレラ宮殿の象徴「スタニッシュリング」を奪還


 遂行者:黒神大蛇、白神亜玲澄、武刀正義、エレイナ、錦野蒼乃、涼宮凪沙、桐谷正嗣、桐谷優羽汰、

 犠牲者:???   



 東京都渋谷区 ネフティス本部 メインルーム室――


 ようやく違和感が晴れたと思えば今度はパリからの緊急任務だ。息をつく暇もない。突然派遣されてからの激闘を乗り越えたのだから、少しは休ませてほしい。


 ……と思いながらメインルーム室へと走り、ある程度近づいた途端に自動ドアが開く。その瞬間メインルーム室にいる者全員がこちらを向く。

 

「よし、これで全員来たな」


 正嗣総長が前に出て皆の注目を集める。大蛇達は入口前でただ正嗣総長を見ていた。


「これより緊急任務に取り掛かる! 場所はフランスのパリにあるシンデレラ宮殿。主な任務は『パンサー』を名乗る怪盗の身柄確保兼逮捕、そして『スタニッシュリング』の奪還だ!」

 

 この話が終わった後、すぐさま任務に取り掛かるだろう。俺と亜玲澄は休暇無しの連続長期任務を覚悟していた。


 ――しかし、正嗣総長の発言は想像を大きく裏切る事となった。


「引き続きこの任務は大蛇君達に任せよう……と思ったが、彼らは『海の魔女』との戦闘でかなり疲労が溜まっている事だろう。一先ひとまず彼らを休ませる」

「「え……」」


 や、休ませるのか? 休めるのは有り難いが、こんな非常事態が起きてるというのに俺達が行かなかったら誰に行かせると言うのだ。


 その返答はすぐに返ってきた。


「その代わりに蒼乃、凪沙を向かわせる。……行けるな?」

「はい。問題ありません」

「私も大丈夫だよっ!」


 蒼乃さんと凪沙さん。さっき俺達を総長室に案内してくれたネフティスのNo.2とNo.3の実力者か。彼女達なら何とかしてくれそうだ。


「大蛇君、亜玲澄君。は疲れただろう。一旦マヤネーン君の家に向かって身体を休めるがいい。君達は万全な状態で任務に向かわせる」


「「は、はい……」」


 ……正嗣総長、あんた最高かよ! 今正にその言葉を待っていた!!


 一瞬でも気を抜いたら喉からすぐに出てきそうなこの思いを何とか我慢しつつ、俺は亜玲澄と共にメインルーム室を後にした。







 東京都新宿区 マヤネーン博士の家――

 


 正嗣総長から休暇命令が出て一時間後、二人は博士の家に着いた。白を貴重とした部屋に紺色のカーテンがリビングに入って右側にある窓を隠す。青白いLEDライトが白い部屋をより一層白く輝かせる。


 そんな博士の家のリビングのソファでぐったりしている俺、亜玲澄、正義の男三人組を見て、エレイナは思わず笑みを浮かばせる。


「ふふっ、お兄ちゃんも大蛇君もあの頃と変わらないなぁ〜っ」


 遥か昔、同じように二人で寝ていたな。私が二人に「そんなとこで寝たら風邪引くわよ!」って笑いながら毛布をかけたんだっけ。


 自分より年上なのは分かってたけど、あの二人の寝顔が小さな子供みたいで可愛くて。つい頭なでなでしてたな……



 遠い記憶。今はもう存在しない記憶。でも、確かにここの中にはちゃんと思い出として残っている。それが何より嬉しい。



 ――あの時みたいに、またなでなでしてあげようかな。今度は正義君も入れて三人分。



 そう思っていつの間にかぐっすり眠っている三人に近づいたのも束の間、正義が赤い髪をぐちゃぐちゃにしながら目を覚ました。

 

「おいてめぇら邪魔だ! 早く退きやがれ!!」


 寝ている俺と亜玲澄に挟まれながらも、正義は無理矢理二人を横に退かせてソファから起き上がる。


「ふふっ、正義君髪ぐちゃぐちゃだよ〜?」

「うぇっ、嬢ちゃん!? わ、悪りぃすぐ整えるからな!」


 正義が慌てながら手で髪先を整えているのを見てエレイナは思わず笑ってしまう。


「ふふっ、そこまで気にする程じゃないよ〜っ!」

「な、なら良いんだけどよ……って、やっぱダメだ! 黒坊や白坊にならまだしも、嬢ちゃんにこんな情けねぇ姿を見せるなんて事出来ねえ!! パパーッと直して来てやらあ!!!」


 正義は慌てながら洗面台へ走っていった。その足音で俺と亜玲澄が目を擦りながらゆっくりと柔らかいソファから身体を起こす。


「正義かあの足音……もう少し静かに出来ないか?」

「……これでも休めた方だがな」


 正義同様二人ともそれぞれ髪が爆発したようにぐちゃぐちゃになっていて再び笑ってしまう。


「……何が可笑おかしいんだ?」

「ふふふ……っ、ごめんね笑っちゃって。何か君達三人って似た者同士なんだなぁって思って」


 たとえ外見や性格がどんなに違ったとしてもやっぱり皆男の子なんだなって思う。もちろん逆も然りだけど、そこが人間の好きな所なんだなと思わせてくれる。


 ――だからマリエルは、人間が好きなのかもしれないな……



「あ、ようやくお目覚めかい二人共っ!」


 突然博士が二階の階段から下りてリビングに入ってきた。久しぶりに俺達に会えたからか、とても嬉しそうに笑っている。


「……博士か」

「お久しぶりです、博士」

「まぁ、ちょくちょく状況確認で僕の声は聞いてると思うけど……一応ここで直接顔を合わせるのは久しぶりだね」

 


 そう博士も言っているとはいえ、任務中はとても心配で夜も眠れなかった事だっただろう。


 ほぼ異世界のような場所にいきなり任務で派遣されては『海の魔女』とかいう化物と戦わされ、腕を斬られても内臓を貫かれても任務遂行の為に剣を振るう。これ程残酷な仕事が何処にあろう。


「……まずはよく無事に帰ってきた。今はエレイナちゃんだけど、一応マリエルを救出したし『海の魔女』アースラも倒したし、一先ず一件落着だ! 

 総長から話は聞いたけど、これから君達もシンデレラ宮殿に緊急任務として出動させられる。それまでに今のうちにここで思い切り羽根を伸ばしてほしい!」


 博士は三人にそう言いながらベージュのコートを羽織り、玄関のドアを開け、まだ少し積もっている雪道を走り出した。その直後に正義が元の髪型に直した状態で戻ってきた。


「ふぅ〜、結構直すの手こずったぜ! ……って、お前らいつ起きてきたんだ?」

「お前に起こさr……」

「今さっき起きてきたところだ。この跳ねまくった髪を見れば分かるだろ?」


 本当に今さっき起きてきたのか怪しい所だが、そこまで問い詰めるのは趣味ではない。


 この少し張り詰めた空気を変えるためか、亜玲澄が笑いながら俺と正義に言った。


「そういえば二人ってどのようにして出会ったんだ?」

「「……」」


 言われてみれば、亜玲澄からしたら大蛇と正義はどのように意気投合したのか分からないのは当然だ。だが出会ってすぐ今のエレイナをかけて血で血を争っただなんて言えるはずが無い……



 あの戦いを何て亜玲澄に説明しようかと俺と正義が頭を悩ませている最中、エレイナが亜玲澄に言った。


「えっとね〜、私の王子様の席を賭けて戦っていく内にいつの間にか意気投合してたんだ〜♪」

「「は……!?」」

「えっ……」


 男三人が驚く。もちろん俺と正義はこんな事で意気投合した訳では無い。だが亜玲澄は驚いた十秒後、俺と亜玲澄に殴りかかってきた。


「任務中に恋人作ろうとしてんじゃねえええっ!!!」

「「ご、ごご誤解だあああ!!!」」


 必死に亜玲澄の誤解を解こうとする俺と正義の慌てふためく表情を見て、エレイナは楽しそうに笑った。


 ――この誤解は二十分後に解け、改めて俺と正義の口から直接事実を言い、亜玲澄は納得した。


 その直後、重たそうに両手の買い物袋を持った博士が帰ってきた。

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