第二十四話「また一つ変えた運命」

 緊急任務:『海の魔女』アースラの討伐、マリエルの救出


 遂行者:黒神大蛇、白神亜玲澄、武刀正義、マリエル、カルマ、エイジ、トリトン、人魚4姉妹、ディアンナ




 今までの血のような赤い空では無く、雲一つ無い澄みきった青空が広がっていた。そこから差し込む太陽の光。レイブン城の白い壁が太陽の光に反射して輝きだす。


 そんな水星……三号惑星リヴァイスの海は、一部がまだ血で周りが赤く染まっていた。


 瞼の裏に若干白い光が差し込む。徐々に広がり、澄み切った青空を視界に映し出す。


「ううっ……!!」


 最初に目を覚ましたのはディアンナだった。意識を取り戻してすぐに激痛が全身を駆け巡った。出血は止まっているようだが、長い時間傷口が空いたまま海に浮いていたので海の冷たさと傷の痛みが同時に全身を襲う。


 痛みに歯を食いしばっていると、右から姉妹達の声が聞こえてくる。


「メディエル、ウリエルはこっちの回復を! 私とサリエルであちらの方々の回復をするわよ!」


 あぁ、他に私と同じ状況下に置かれている方達がいるのですね……。まぁそれもそうですよね、相手はあの『海の魔女』だったので……


「ごめんね〜、今傷治すからね〜」


 サリエルは相変わらずおっとりした声でディアンナに言い、両手を翳して魔力を籠める。


 刹那、若緑の暖かい風がディアンナの全身を包んだ。風が肌を撫でるたびにアースラにつけられた無数の傷が徐々に癒えていくのを感じる。痛みが薄れる。完全に無傷となった途端、風が止んで回復魔法の終了を告げた。


「き、傷が完全に塞がっている……! ありがとうございます!」

「お気になさらずに〜」


 サリエルは自慢げに微笑み、次の人の救助をするために海を泳いだ。





「くっ……、痛ってえなあ畜生ちくしょうッ!!」


 次に目覚めたのは正義だった。突如視界に差し込む光を左手で遮る。その後無理矢理身体を起こし、右手にある違和感を覚えた。


「あれ、俺の刀は……??」


 おい、どこいったんだ。親父から受け継いだ伝説の刀が何処にも無え!! 周囲を見回しても見えるのは俺の血で染まった海のみ。周りには漂流物すら無い。


「おおおおい! 俺の刀hごふっ、ぐふっ……!!」


 大声を出そうとした途端全身が串刺しにされているのを思い出し、激しい苦痛が正義を襲った。だがまだマシな方だ。一度利き手と首を持ってかれた身だからな。これくらい平常でいなければ。


「あの、無理に身体を起こさないでください! 傷が広がりますわよっ!」

「え、嬢ちゃん……?」


 近くで見ると、やっぱ人魚何だよな……。

 めちゃめちゃ可愛いやんけ……!!


「あの、何をジロジロ見てるのですか?」

「いや、えっと……あまり見かけない顔だなと思っただけだ!」


 自分でも言っておいて改めてそうだなと自覚する。人魚なんてどっかの絵本くらいでしか聞かない存在だ。なのにいざ実際してるというのが信じられないっていうか、何だ……


 そう、あれだ。『現実だけどそうじゃない世界にいるみてぇな感じ』ってとこか。



「そう、ですね。では自己紹介はその傷を治してからしますね。では、失礼します……」


 ラミエルは先程のサリエル同様両手を正義に向けて翳し、魔力を籠める。



「おぉっ……、こいつは中々効くなああっ! ありがとな、嬢ちゃん!!」

「お役に立てて何よりです。では、軽く自己紹介を。私の名前はラミエル。トリトン王の人魚五姉妹の長女なんですよ」


 ラミエル。長女か……お姉さん系か〜!

 どうりでエレイナちゃんからは感じられない色気があるわけだ!!


 その思いを振り払うように頭を左右に振り、自分も続いて自己紹介をする。


「こほんっ……、俺の名は武刀正義。見ての通り侍の身だ」

「侍……ふふっ、どうりでお強い方だなと思いました」


 互いに自己紹介を終わらせて向かい合って微笑み合うと、ラミエルは次の救助へと向かい、正義は愛刀の救助へと向かった――






「――アースラ。こいつを残して先に消えるとはな……」


 今だ海から噴き上がる渦の上に立つのはトリトン王ただ一人だった。アースラが消滅した今も、じっとあるものを見つめていた。


 それは、巨大な魔法陣から生み出された光の球だった。正にこの星を滅ぼす時限爆弾とも言えるアースラの最終兵器であった。



 亜玲澄の禁忌魔法が魔力切れで解かれ、ゆっくり、ゆっくりと球が真下に落ちていく。しかしこれを止められる者はもういない。


「己の身を犠牲にしてまで我々に『裁き』を下したかったのか……」


 つまりこれを止められればアースラの陰謀は全て水の泡に出来る。だがそれは不可能だ。トリトン王にもあまり魔力は残されていない。



 ――もう、あれを使うしかないのか。いや、使わなければこの海は……この星が滅びる。


 大蛇君達がこのように身を傷つけてでも守ったように、今度は私が身を以て星を守る時だ――



「……『海穿槍リヴァイアサン』。これが私の最後の頼みだ。力を貸してくれ」


 今も娘達が大蛇君達の救助をしている。そんな状況でこの時限爆弾を止められるのは私だけだ。


 トリトン王は右手で軽々と海穿槍リヴァイアサンを回し、後ろに構えた。


「――すまぬ、娘達よ。これが私の……トリトンという名の馬鹿な父親の、最後の勇姿だ!!」


 無論、アースラを止める事態になってからは何としてでも娘達を守るためにと命を削る覚悟は持ってきたつもりだった。しかし、いざこうなるとまだ娘達や大蛇達と何気ない日々を過ごしたいという想いを抱いてしまう。


 ラミエル、サリエル、メディエル、ウリエル、そしてマリエル。私は少しでも、お前達に誇ってもらえる父親になれただろうか。


「お父様!!」

「お父様、何をしているのですか!!」


 ……すまない、本当にすまない。


 ――だが、死に様も美しく飾るのが、父親の……一人の男としての意地であり、使命なのだよ!!



「うおおおおおおお!!!!!」


 光の球は遠慮など知らずゆっくりと落ちていく。トリトン王は球より速く真下に落ちては泳ぎ、渦を生成させ足場を作る。


 そして、海穿槍リヴァイアサンと光の球が衝突した。



「お父様―――!!!」

「くっ……! うぅっ……!!」


 トリトン王は歯を強く食いしばる。全身の体重を全て槍の三叉に乗せる。持ち手を持つ両手にありったけの魔力をそそぐ。



「おおおおおおおお!!!!!!」


 まるで大気圏から落ちてくるかのように光の球がトリトン王の槍を飲み込もうとする。それでも力を抜く事無く光の球を貫こうとする。


「地獄で見てろ、アースラ。お前の『裁き』を完全に終わらせてやる!! 奥義『大海之嘯穿アトランティック・ステイグラッド』ォォォ!!!!」


 唱えると同時に槍の先端が少しずつ光の球を貫いていく。刹那、真下に広がる海が一気にうねりを上げ、トリトン王の全身を海が包み、一つの槍となった。


「お父様っ……!!」


 エレイナを含む五姉妹が各々の場所で光の球を止めるトリトン王を見つめる。ある者は涙を流し、ある者は父の無事を祈っている。


「おおおおおおお!!!」


 ……まだだ、まだ動ける。なら動け。


「おおおおおおおおお!!!!」


 全身が溶けていく。まるで太陽に近づいてるかのように。無論、槍も少しずつ形を失いつつある。それでもこの手を、この身の力を抜いたら全てが終わる。この星も、未来も過去も全て消える。それだけはさせない。アースラになら尚更だ。


「うおおおおおおおおおおおお!!!!!」



 海の勢いは更に増していき、ついにその時が来て――







 





 東京都渋谷区 ネフティス本部――


「総長、大変です! 大蛇君と亜玲澄君が海底で意識を失っています!!!」

「総長、まずいっすよ! 謎の物体同士が接触して今にも爆発が起きそうっす!!」



 本部では色々と大慌てだった。大蛇と亜玲澄の意識が回復しない中、水星リヴァイスが滅びようとしている。


「慌てるな! まだ爆発するのにも時間がかかる。それまでに二人を緊急離脱させろ!」


「無理っすよ! 二人は今海底にいるんですよ!! それに、緊急離脱では大蛇君と亜玲澄君しか助からないっすよ!!」


「総長! 物体が爆発するまで推測で約三分とのことです!!」

「三分っ……!?」


 間に合わない。緊急離脱でも少なくとも十分は必要だ。後は謎の海の勢力がどこまで抑えられるかに運命がかかっている。


 ――そう、今はトリトン王が運命を左右している。


「……これ以上は天に任せるしかあるまい」

「「…………。」」


 こればかりは誰も何も言えなかった。救助する手段が無い状態で救助しろだなんて無理な話だ。こればかりはこちらに幸運の女神が微笑むのを待つしかない。



「……何故こうも、運命というのは残酷なのだ」


 


 正嗣総長のその一言のいい終わりと同時に、大きな爆発音がモニター越しから微かに聞こえた。『海の魔女』に抗った戦士達を残して――








 ……。

 ……………あぁ、終わった。アースラを止めることは出来なかったのか。そうじゃないと俺は今ここにいないよな。



 ――でも何故だ。何故感覚があるのだ。死んだのではないのか。


「うっ……」


 全身の感覚に叩き起こされたような気がしてふと目を覚ます。そこに広がっていたのは果てまで澄み切った青空だった。


 至るところで水蒸気が発生している。蒸発したのだろうか。したのなら恐らくはあの光の球が落ちたのだろう。


「くっ……!」


 傷は塞がっていたが痛みが全身を襲った。あの姉妹達が回復魔法をかけてくれたからか、どうりで自由に身体が動く訳だ。


 砂浜が見える程浅くなった海にプカプカと浮く反命剣リベリオンを右手に取って杖の代わりに突き立てながら何とか立ち上がる。左手に正義の刀を持ってよろめきながら浅くなった海を歩いた。


 差し込んでくる日光が眩しい。でも懐かしく感じる。日時が分からないからだろうか。とても青空が懐かしく感じる。


 澄んだ空を見上げてると、光の球が消えていた。やはりそうだったか。リヴァイスの海がこれ程砂浜が露出してるはずが無い。本来ここはかなり深い所だったのに、今では足元がくっきり見えるくらい浅くなっている。


 そう思いながらしばらく歩いていると、聞き覚えのある声が俺を呼んだ。


「大蛇君! 大蛇く〜ん!!」

「……!!」


 思わず息を呑む。目の前にはエレイナと四姉妹、それに無傷のディアンナと正義がいたからだ。あの光の球が落ちたのに、全員が生き残ったというのか。


「おい黒坊! 勝手に俺の刀借りた返しとして、今日の夕飯はお前の奢りだからな!!」


 正義は笑いながら少し怒り口調を足して言ってきた。


「ふっ。そのくらい、するつもりだ……」


 俺はほんの少しだけ口元を緩めながら正義に刀を返す。それを両手で受け取った正義は刀を鞘に納め、右手で俺の肩を掴む。


「こんな所で死ぬはずねぇと思ってたが、ここまで行くと流石に心配するぜ、黒坊」

「かたじけない……。俺もまだ未熟と言う事だ」


 俺も正義の左肩に手を回し、身体を正義に支えてもらうと、正面からびしゃびしゃに濡れた白いローブを羽織った青年が時変剣スクルドを杖代わりに歩いていた。


「……大蛇、お互い何とか生きてるようだな」

「あぁ、ひとまず任務完了だ……」


 二人は互いに拳を軽くぶつける。これでこの星は救われた。過去の姿にはなったものの、マリエルを救う事も出来た。


 これにて、『海の惑星』での任務が完了したのだ――


「そうだ、カルマ達は……」


 亜玲澄がキョロキョロと周囲を見回していると、何処からか声が聞こえた。


「あの二人なら城に向かったぞ」

「お前は……」


 沖の方から歩いてきた青年――桐谷優羽汰は亜玲澄にそう言った。


「二人の代わりに伝言を伝えに来た。『大蛇、亜玲澄。このレイブン王国を、水星リヴァイスを『海の魔女』から救ってくれてありがとう。この事を報告したところ、国王様もお喜びになっていらした。貴方達の名と栄誉は、この王国の歴史の一つとして後世に必ず伝える』」


「……そうか」

「へへっ、良かったじゃねぇか黒坊! 白坊! お前ら一躍有名人だな!!」


 正義が嬉しそうに俺と亜玲澄の肩をぐっと掴みながら言ってきた。亜玲澄は正義のいきなりの行動に戸惑っていたが、俺はただ頷いた。その姿を後ろにいたディアンナと姉妹達が微笑みながら見つめた。


「……そろそろ帰還だな。お前ら、俺の中心に集まれ」


 優羽汰が全員に指示をすると、全員が周りに集まった。その間にも優羽汰は何かしらの魔法を唱える。足元には巨大な緑色の魔法陣が展開されていた。


「『転移テレポート』!」

「え、何でお姉様達がここに――」


 エレイナがふと抱いた疑問と共に、俺達は海の惑星から姿を消した。



 浅瀬に再び緩やかな波が流れる。徐々に海が元に戻っていく。その奥を映し出す太陽は、これまでに無いほどこの星を眩しく、そして明るく照らしていた――

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