【三題噺】天使の審判
端役 あるく
天使の審判・前半
三題噺
お題:天使、窓、最後の物語
1
人は死ぬ。
その後の世界を人は死後の世界と呼ぶ。
「カンガエル、次はどんな人間だよ?」
「マイケル、性別男、身長130cm、年齢12、突発性の交通事故によるショック死だね。若いのに可哀想に。審判は優しくやろうね、マジメル。」
天国と地獄。
人生の本当の意味での最終審判。
羽が生え、輪っかを持ち、三頭身ほどの天使が頬杖をつきながら決断する。
「じゃあ、何か?事故ってことは。体は修復されてるのか?ぐちゃぐちゃは嫌だぜ。」
「体は元通りだよ。強く打ったのは体が多いみたいで、事故の印象よりかは無事だと思うよ。」
「安心していいのか。ちゃんと言葉も話せる状態だろうな。」
「大丈夫だよ。カルテによれば、脳の異常は修復後見られない。話すことも容易だそうだよ。」
ガベルを手でくるりくるりとマジメルは弄ぶ。
天界の最後の審判。
ミケランジェロという人間が描いた、最後の審判という絵があった。それは見事な絵であることは我々天使も思うところなのだが、あの絵を正直に褒めることはやや難しい。
間違いがあるのだ。
あの絵はもう今は間違えている。
世界の働き方改革がある様に、天界も働き方に注視しなければしけない時代なのだ。
その中心はもちろん神であり、故に神はもう働いていないのだ。
天界の審判の姿があぁであったのはもう数百年も前なのである。
人は平和になった。死人は減った。思想も安定している。
昔ほど角張ったルールが天界には必要ではなくなった。
平和なのは良いことなのだが、その皺寄せというか、天使がつまらない業務を引き継がなければいけなくなったのは藪から蛇だった。
以来、我々は数百年に渡り、ここで木槌を鳴らしている。
「今日は午前中に、三人来るようだね。」
「俺らの部署に三人。珍しく多いな。死んだ場所は、なんだすぐそこだな。同じブロック内。それ以上は細かく書かれなてないか。」
「三人は多いけど、冷静に審判しようね。」
多くの天使は格式が低い、知名度もない。
選択を間違えても良い神様と違い、天使は命取りだ。
二人一組で業務を行う理由はそこにある。
「それじゃあ、入れるね。」
僕はガベルを振り下ろす。
カーンカーンと打ち鳴らし、スポットライトが僕らの前にそそぐ。
タッタッタ。
薄霧の中から、少年は現れた。
2
足音から不安が響いてくる。
齢12にして、この様な想像だでしかないところへ一人で来たら誰だって不安で満たされる。
腰を抜かす大人だって珍しくないのだ。
それに比べれば、良くやっている。
「君は死んでしまいました。ここでは天国と地獄。君が向かうべき先を決めるべく審判を行います。」
嘘偽りなく冷淡にマジメルは伝える。
えっ、と少年は短く言葉を切る。
作った両の拳は震え始める。
泣きはしまいかと思ったが、彼は言を先に述べる。
「僕は泣きません。許されないことをしたのです。」
「天使様、だから僕はバチが当たったのです。死んだことも仕方がないのです。」
「許されないことをした?何をしたんだ?」
マジメルは語気を強める。
膝を曲げて、股が内に向く。口で言えども、彼の恐怖が表面化する。
口が震える。
ま、ま、、、
「窓を割ったのです。母の仕事部屋の窓を。」
窓を割ったと少年は言った。そう言った。
3
「それだけか?」
拍子抜けの返答にマジメルは腰を落とす。
「それだけ、です。が、それだけあの部屋を母は大事にしていたし、私たち子供をあの部屋にだけは入れなかったのです。」
問答の答えがつまらないと言った表情のマジメルである。話す気がなくなったのか、フンと言って黙り込んでしまう。
「マイケルとは呼びにくいから、君のことはマイクと呼ばせてもらうよ。」
良いかな?と出来るだけ和やかに僕は言う。
まだまだ弱々しい態度だけれど、表情は少し柔らかとなった。
了承の返答を無音で受け取った。
「ではマイク、君はその窓をどうやって割ったんだい?」
「雪を固めて、そう雪玉を当ててしまったんです。本当の狙いは軒の鳥でした。驚かすつもりでした。」
「野球が好き?それともクリケットかな?」
「野球が好きです。近所のチームにも入ってます。」
「ポジションは?」
「ピッチャーです。」
「良い肩をしていたわけだ。それで勢い余って、ガラスを割ってしまったわけだね。」
「すみません。」
シュンと肩を竦める。
異様にその窓を怖がっているのを感じる。
「でも、そんな大暴投、試合じゃなくて良かったじゃないか。友達に馬鹿にされるよりは小さいことだよ。」
でも、と言いかけたところで、口をつぐむ。目端が効く少年らしい。
それとも横で徐々にイライラしてくるマジメルの気が知れたか。
「そうですね。友達に嫌われるのはたまったものではありません。」
「これは聞いておかなければならないけれど、窓が割れたと言うことで良いのだよね。もしかして雪玉に石が入っていたりしたのかな?」
明らかに彼はたじろいだ。
目が泳ぎ、指をくるくると遊ばせる。
「入れました。」
その瞬間にガバッとマジメルが立ち上がる。
「殺意があったってことか?」
少年の膝は崩れる。
前傾姿勢になり、謝る様な、守る様な彼は震える口を動かす。
「あ、ありません、でした。ちゃんと鳥は避ける様に絶対に避ける様に、投げました。」
人の形の亀を、彼を、ちゃんと憐れだと僕は思った。天使らしく、穢れない。
「なるほど、僕は信じます。大丈夫ですよ。気を強く持って、話してください。マイケル、君は強い子供でしょう。」
「はい、ぅうぐ……ごめんなさい。…ありがとうございます。話せます。」
再び彼は足に力を入れて立ち上がる。
グズつく鼻を腕で擦る。
「マイク、窓を割った後のことを聞きます。窓を割った後、君はそれが恐ろしくなって、表の道路に出たのですね。」
「はい、そうです。怖くなって離れようと走りました。そこからはよく覚えていません。」
「記憶がありません。」
4
「右側方向に進めば、天国行きのエスカレーターが用意されていますから、進んでいってください。」
天国への道を僕は下す。
少年はトボトボと少しずつエスカレーターに向かって歩く。
一段目に足をかける、自動で登っていく階段に影がくっついて行く。
最後にこちらを振り向くことはなかった。
「甘いやつだね、全く。」
「仕事だからね。みんな厳しすぎるんだ、僕一人ぐらい優しくてもバチは当たるまいよ。」
「俺にだけは飛び火させんなよ、カンガエル。お前と心中なんて寒いマネはできないぜ。」
頬杖をつき直したマジメルは流れるタメ息を吐く。
「はいはい、気をつけるよ。」
「でも、最悪のパターンもある。それなら次を捌いていかないとな。最後の晩餐が、朝食なんて笑えないだろう。晩まで保たなくても、せめてランチ位は食べたいよね。」
ガベルが快音を打ち鳴らす。
5
薄霧から次の人物が入る。
細身の女性である。
身長150cm、年齢40。
死因、頭部損傷。
「ここはどこなの?」
先ほどのマイクと違い、強気に彼女は質問する。
君は死んでしまいました。ここでは天国と地獄。君が向かうべき先を決めるべく審判を行います。とマジメルは定型として口にする。
「そう、わたしは死んだのね。あなたたちは天使ということになるのかしら。」
僕は質問に対して、首を下ろす。
「神々しいわね。うちの子供達ほどではないけれど。」
「子供はみんな可愛いものです。名前はなんと言うのですか?」
「マイケルとデイジー、そう言います。」
「まさか、それは、その兄貴は12歳の小さいガキか?」
そうですけど、どうして。と女性は訝しむ。
「いえ、なんでもないですよ。さぁ、質問して良いですかね。時間は共に限られないのです。」
6
「ではアンナさん、質問を始めます。あなたが死ぬ瞬間の記憶を残っている限り話してください。」
カルテに目を向ける。
頭部損傷。死因のそれは情報として不明確な点が多すぎる、質問をして埋めていかなければならない。
話す僕の声の返答に数秒のラグが発生する。
彼女はその後、こちらに目を向ける。
「あぁ、すみません。何か違和感があるもので、死後のショックでしょうか、頭が働きにくくて。」
擦る様に親指で眉間を押し込む動作をする。
アナログだな、とそれを見てマジメルは言う。
「初めはそうです。それまでに何をしていたのか私は何故か思い出せませんが、音がしたのです。パリンという様な、なんと言いましたか、そう、ガラスが割れた様な音でした。」
「ガラスの破壊音の後、ふっと消え入る様な記憶が起こっています。」
「意識は一瞬で奪われた様ですね。他には何かありませんか?」
質問に受けると彼女は頭を手で打ち付ける。
「すみません、何故か、頭の調子が悪くて。思い出せることが少ないのです。マイケル、デイジー、ごめんなさい。」
「大丈夫です。ではアンナさん、あなたの来歴について話していただけませんか。」
質問に対し、また彼女は頭を手で打つ。
「アンナというのが、どうも私と受け取りにくくて、すみません。」
「私の来歴でしたよね。えと、化学が私の人生に密接であったというのは記憶にあります。始まりから終わりまで、端々にあります。スポーツには興味を抱くことは少なかったです。運動は苦手でした。知らず嫌いという訳でも無いですよ、一時期はスタジアムに行った記憶もあります。」
スタジアムの記憶は子供の趣味に付き合ったということなのかなと邪推する。
「マイクはさぞ楽しんだのではないですか?」
「マイク?あぁ、マイケルのことですか。あの子の姿は記憶には無いですね。私が忘れているだけなのか。」
7
「あぁー、オッケーオッケー。分かりました。あなたの人生はそれで良いとしましょう。」
マジメルはダルそうに質問の終了を告げる。
頭部損傷の記憶障害は彼にとっては天敵なのだ。割と多いところも厄介で、その度にいつも不機嫌になる。
「では最後に、初めの質問、死因について何か覚えていること、思い出したことでもあれば教えてください。」
「そうですね。はい、えとこれは思い出したことなのですが、ガラスの破壊音の鳴った後です。」「頭に異様な寒さが巡ったのです。」
8
上りのエスカレーターに彼女は乗り込んで行った。運動嫌いの彼女は丁寧に歩を進めると、乗り込む手前でこちらを振り向き会釈した。
ピッ。
赤色のボタンをマジメルは押す。
エスカレーター管理局受付係。
死人一人一人に架かるエスカレーターの全てを操作する受付は無論忙しく、ボタンは連絡用ではなく、予約の役割に近い。
「寒い感覚って最後に言ったが、どう思う。」
「頭部損傷と繋げるとどうもね。」
ズーズーズー
手元の機械から砂嵐の音が流れる。
『こちら、エレベーター管理。どうなされましたか?』
「えー、19486246番エレベーター、至急、逆順に…」
「いえ、エレベーターを無限に繋いでいてください。」
マジメルを押しのけ、僕は管理部にかかる。
『19486246番エレベーター、無限延長への変更でございますね。承りました。時間はどうしましょう。』
昼前まででお願いします。と言ったところで、連絡はブチっと切られる。
「マジメル、次を呼ぼう。それで何か分かるかもしれない。はっきりしてから地獄に切り替えても遅く無い。」
「いや、しかし子供だからって甘く見てないだろうな。悪意があろうとなんだろうと、天界じゃ、親殺しは大罪だぜ。天国にも地獄にも少年法はないんだ。」
「わかってるよ。だからこそ、延長にしてもらった。昼までにはおよそ分かるからね。」
しかし、3件目の人物が我々の目の前に現れることは無かった。
ガベルの打ち鳴らす前に、空に警報音が鳴った。
ピーピーピーピーピーピー
『緊急連絡、緊急連絡。本日の3件目に控えられていた死人の安全性の低さを考慮し、彼の審判は執行部へ直接委任されました。繰り返す、繰り返す。本日3件目の…』
「おいおい、まずいぜ。カンガエル。これはまずい。執行部の管理なんて面倒なことになった。」
天国行きのエレベーターに乗せた最初の子供は正しいのか。我々はそれを判断しなければならない。しかし、その最後のピースを失いかけている。自分たちで話を聞くことが出来なくなったのだ。
「もう、いいんじゃないか?善人を地獄にも送ってもお咎めなしだが、悪人を天国に送るのは俺らの命がない。」
もう、地獄に切り替えちまおうと弱気なマジメルは提案する。
「少しでも情報を待ってからにしよう。執行部を信じるんだ。」
9
ある情報の中から少しでも死人について目を通す。乗っている情報はA4用紙一枚だけだが、まとめられた彼の最後の情報が記されている。
最後の死人。
男、年齢45、身長183cm。
死因、頭部損傷。
また、頭部損傷か。
名前はジョーンズ。
「ジョーンズはどこにいたんだ?」
「アンナ、さっきの女性の例の部屋らしい。何故そんなところにいたかだよね。」
「執行部送りだろ。住居侵入、強盗、窃盗、てなところの軽犯罪の可能性がよくあるだろうな。」
軽犯罪の可能性。
何故、部屋の中で二人の人間が死に至ったのか。
ジーガガガガ、ジーガガガ、ジー…
情報用紙に新たな情報が印字されていく。
執行部からの調査連絡、追加情報だ。
その情報をマジメルは読み上げる。
「数年前に離婚後。男は再婚。数年で2度目の結婚。家族構成は一人の息子と妻との三人暮らし。」
「けっ、この男、自分の子供をこさえておきながら、犯罪なんて、ありえない親だな。」
「あげく、死んでしまうなんてね。」
さらにマジメルは読み上げる。
「犯罪の証言は強盗。内部への侵入後、ばったりと女と遭遇した。強盗のため、逃げようとしたが、頭を何かで打たれたような衝撃の後、死亡。」
「そのタイミングで頭部損傷が起こったわけだ。確かにスジは通ってるな。表にいた少年にも見つからなかったのはやはり、強盗だからか。」
「頭部損傷ってのがやっぱり曖昧だな。女が逃げる男にバットでも振ったってのか。記憶欠損により、それを忘れていた。その後、息子の暴投による事故死ってか。」
防衛による殺人は仕方ない、ここは天界の方がゆるい珍しいルールだ。
強盗ももれなく、天国行きだ。
天網は恢々だが、限りなく平等である。
ジーガガガ、ガガガ。
また新たな字が記されていく。
『音声班より連絡あり。男の最後の言葉は「すまない、ハニー」だった。』
なるほどと僕はガベルを打ち鳴らす。
彼はやはり母親を穿ってはいなかった。
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