Raining~吸血鬼の集うショットバー~プロローグ

惣山沙樹

00 プロローグ

 その夜帰宅した弘治こうじは、アカリがベッドで寝転びながらスマホゲームをしているのを見て安堵した。いつも通りだ。

 別に、何か悪いことをして帰って来たわけでは無い。先輩と居酒屋に行っただけだ。そう心の中で反芻はんすうして、弘治はアカリに声をかけた。


「ただいま」

「……おかえり」


 アカリはのっそりとベッドから起き上がり、弘治の側に寄った。


「血、飲む?」


 弘治は聞いた。飲み会帰りで遅くなったことに対する侘びのようなものだった。しかし、アカリという吸血鬼は首を横に振った。


「女と二人で会ってたでしょう? 匂いでわかる」


 吸血鬼は、嗅覚が鋭い。そのことを弘治は忘れていたわけでは無かったが、まさかそこまで看破されるとは思ってもみなかったのだ。


「吸血鬼の鼻は誤魔化せないよ。女と二人で会うときは事前に言ってって約束したよね?」

「……うん。した」


 立ったまま弘治は頭を垂れた。


「本当にごめん。急な誘いだったから。でも、夕飯は要らないって連絡はしたろ?」

「女性と二人だなんて聞いてない。約束は約束。破ったよね?」

「うん」


 弘治はアカリの顔を見られないでいた。アカリが大きなため息をついた。


「もうあんたの血なんか飲まないからね」


 そう言ってアカリはベッドに戻り、ころりと背を向けてしまった。弘治はとりあえず、シャワーを浴びた。彼が浴室から出ても、アカリは同じ体勢のままスマホをいじっていた。


「なあ、アカリ……」

「今日はもう喋りたくない」

「じゃあ明日話そう。なっ?」


 アカリは返事をしなかった。酒が入っていたこともあり、ほとほと疲れてしまった弘治は、ソファで眠り、いつも通り出勤した。

 そして、会社から弘治が帰ると、アカリの姿は無かった。いつもなら準備してくれている夕飯が無い。スマホでラインを確認したが、特に連絡も無い。

 仕方なく弘治はレトルトカレーと冷凍されていた米を取り出し、温めることにした。


「シュウさんのところかな……」


 電子レンジの前で弘治は呟いた。その勘は当たっていた。アカリはRainingレイニングというショットバーに出掛けたのであった。

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