第36話 空中バラ園の対決(後編)

シャーロットは脅えた様子で答えた。


「一瞬ですが……生垣の影から……ルイーズさんが……」


五人が顔を見合わせる。


「彼女は、そのまま東の方へ走って行きました……」


そう言うとシャーロットは両手で顔を覆って泣き始めた。


「なんで、彼女はこんな恐ろしい事を……私はクラスメートなのに……」


アーチーとガブリエルが目を丸くして、呆然としている。

エドワードとジョシュアは残念そうに俯いていた。

ハリーはまるで明後日の方向を向いている。


しばらく泣いていたシャーロットだが

『誰も彼女の言う通りに、ルイーズを追いかけようとしない事』

に気づいたのだろう。

顔を上げて尋ねた。


「どうかなされたのですか、みなさん?」


アーチーとガブリエル苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

ジョシュアが尋ねた。


「シャーロット、本当に君を狙った相手は、ルイーズだったのか?」


彼女は自分の言葉に疑問を持たれるとは思わなかったのか。

驚いた様子でジョシュアを見た。


「え、ええ、確かにルイーズさんでした」


「それでドコに居て、ドッチに逃げたって?」


「そこの生垣の影に居て、そのまま東の入口の方に……」


シャーロットはそう言って東の方を指さした。

エドワードが頭を左右に振る。


「そんな……はずはないんだ」


シャーロットが困ったような笑顔をエドワードに向ける。


「でも、私は確かに……」


「ルイーズがそこに居たはずはないんだ……」


「エドワードさんが、ご親戚を信じたい気持ちは解りますが……」


その言葉を止めたのはハリーだった。


「シャーロット。ルイーズならそこに居るよ」


彼はそう言って中央広場の西側の生垣の影を指さした。

それを受けて、私は西に沈む太陽を背にして立ち上がる。

そう、私は最初から中央広場の西側に居たのだ。

シャーロットの目が驚愕に見開く。


「そ、そんな馬鹿な……アナタは確かに、東側の生垣の影に居たはず……」


私はゆっくりと中央広場に歩み出た。


「シャーロット、『バヤンの目』も万能ではないみたいね。ううん、『目』に頼り過ぎたのかしら?」


「どういうこと?」


シャーロットはまだ「信じられない」と言った表情を浮かべている。


「あなたは『蜃気楼』と『全反射』って言葉を知っている?」


「『蜃気楼』と『全反射』?」


「そう。蜃気楼は暖かい空気と冷たい空気が層になり、光を屈折させてしまう事。砂漠にありもしない街やオアシスが見えたりする現象ね」


「……」


「全反射は、密度が違う二つの透明な物体がある時、ある角度で鏡のように光を完全に跳ね返すのよ」


シャーロットの表情が歪む。


「もう判ったわね。私は風、つまり大気を自由に操れる。温度と湿度の違う空気の層を作り、アナタの位置からは見えないように私がいる場所を反射させて隠していたのよ」


シャーロットが「ギリリ」と歯を食いしばるのが見えた。


「そうして蜃気楼を使って、反対側である東側に私の像を映して見せた訳。アナタはそれを見て、潜ませた誰かに東側からボウガンで自分を撃たせた。もちろん、自分には当たらないようにね」


シャーロットは私に食いつきそうな目で睨んでいたが、ハッとして五人の男子を見た。


「じゃ、じゃあ、彼らだって東側にアナタの姿を見たはず。それなのにどうして?!」


「俺たちは見てないんだよ、シャーロット」


ハリーが呟くように言った後、ジョシュアが答える。


「僕たちが居たのは、見張り台の上だからね。蜃気楼や反射は、特定の場所からしか見えない。だから僕らからは中央広場の君と、西側の生垣に居たルイーズしか見てないんだ」


エドワードがその後を繋いだ。


「それなのに東側から西側に向かって矢が射られたと言う事は……少なくともルイーズが犯人では有り得ない」


「でも、でも、私は後ろからみてもシャーロットがアソコに居た事は……」


そこまで口にしてシャーロットはハッとした。


「中央広場に居たアナタが、東側に居たという私を後ろから見ていたって? おかしな事を言うわね」


私はニヤリと笑った。


「それがアナタのクセよ、シャーロット。アナタは『バヤンの目』を使う時は、相手の背後から盗み見る。私はそれを予想して、後ろ側にも同じように蜃気楼と全反射の像を見せたのよ」


シャーロットの顔に、憎悪と恥辱の色が濃く浮かんだ。

私はさらに追い打ちをかける。


「これでわかったでしょう、シャーロット。アナタは『百の眼を持つ堕天使バヤン』の力を使って、私や彼ら五人の行動を観察していた。そして今日のように、私が犯人になるように自作自演し、五人の誰かが証人となるように仕組んでいたのよ。アナタの手品のタネは破れたわ!」


シャーロットの目が冷たく冷えていくのが解る。

それと同時に、顔に浮かんでいた表情も消えていった。


「離して」


彼女はアーチーにそう告げると、スックと立ち上がった。

五人の男子は、何も言えずにただ彼女を見ている。

私とシャーロットが、そこに二人だけしかいないかのように見つめ合った。


「私は『してやられた』って訳ね」


私は首を縦にする。


「そうね。これでアナタにとって重要な『シャーロット守護騎士団』は結成されないものね。そして私はアナタが『百の眼を持つ堕天使バヤン』と契約した事を告発する。アナタは聖ロックヒル正教の異端査問官に取り調べられるはずよ」


「証拠はあるの?」


彼女はそう言って後ろに下がって行った。


「これが状況証拠になるわ。そしてアナタが脅していたレダも証言してくれる。異端査問官ならさらに重要な証拠を見つけてくれるでしょう」


「つまり私が起こす『未来での革命』も防がれたって事ね」


さらに後ろに下がる。


「そういう事になるわね」


私は答えながら、シャーロットを追うように前に進んだ。

まさか、逃げるつもりなのか?

だがここで逃げ出した所で、もう結果は変わらないはずだ。


「アハハハハ」


シャーロットは乾いた笑い声を立てた。


「三十三回の世界線の中で、私の復讐が止められたのは初めてよ。アナタ、この世界の人間じゃないクセに中々やるわね」


アーチーたち五人が、私を見つめるのが解る。

だが私はそれを無視した。


「私は元々この世界のシナリオには詳しいのよ。それに状況はルイーズから聞いているわ。それでも解らない事もあるけど」


「なに、その解らない事って言うのは?」


そう言いながら、さらにシャーロットは後ろに下がる。

もうすぐ空中バラ園の端の手すりにぶつかるだろう。


(彼女はここから身投げする気か?)


「アナタの事よ、シャーロット」


私はあまり彼女を追い詰め過ぎないように歩を緩めた。


「アナタがなぜそこまで復讐を続けるのか。三十三回もベルナール公爵を処刑し、ルイーズを苦しめて死に追いやったんだから、もう十分でしょ? それでもまだ復讐を続けるのは何故?」


「言ったはずよね。まだフローラル公国国王が処刑されていないと」


「それにしても国王はドレンスランドで匿われているに過ぎない状態でしょ。もはや復讐する必要があるとも思えない。何がそこまでアナタを駆り立てるの?」


「『復讐する必要がない』だと……」


シャーロットの顔に一気に怒りと憎しみが浮き出た。


「オマエに何がわかる! この私と私の家族が受けた苦しみが!」


彼女の身体全体から憎悪のオーラが吹き出すようだ。

そのあまりの激しさに、私ばかりではなく五人の男子たちも息を飲んだ。


「私の国、リッヒル国は小さな資源もない弱小国だ。周囲の国に奪われ続けたんだ。技術も特産品も土地も。自国を守るためのささやかな抵抗も『過大で傲慢な態度』と言われて攻撃された。そして負けた。フローラル公国はリッヒル国から完全に抵抗力を奪うため、完全なる武装解除を要求した。『今後リッヒル国の安全はフローラル公国が保証する』という約束の元でな」


シャーロットは私を睨みつける。


「だが十年前、コールデスランドがリッヒル国に攻め込んできた。その時にフローラル公国は何をしたと思う?」


「何って、軍事協約に基づいてリッヒル国支援の軍を出したんじゃないの?」


「リッヒル国支援の軍を出した、だと」


シャーロットは吐き捨てるように言った。


「フローラル公国は静観していたのさ。早めにリッヒル国を助けては恩を売れないからな。むしろフローラル公国に反抗的な当時の国王・私の父には消えて貰いたかったんだ。父からの再三の援軍要請にもフローラル国王は軍を出さず、じっとチャンスを伺っていた、、だ。その結果……」


シャーロットの目から怒りの炎と共に涙が零れ落ちた。


「父はコールデスランド軍に捕まり、母と三人の姉は凌辱の上、殺された。父は私と妹を守るため、やむなく『コールデスランドへの政権譲渡』を約束した」


な、なんという凄惨な話……こんな話があったとは。


「ここでようやくフローラル公国が動き出した。リッヒル国がコールデスランドに奪われては意味がないからな。フローラル公国軍は父を反逆者に仕立て上げた。その上で自分達の言う事を聞く、別の王を立てたんだ」


私も、そして五人のヒーローたちももはや言葉もない。

ただ黙ってシャーロットの話を聞いていた。


「父は『国を売ろうとした売国奴』と罵られた。そんな中、新王の一人息子が馬から落ちて死んだ。王家の血を引くのは私と妹だけ。だから私は新王の元に引き取られる事が決まった。もっとも扱いは使用人並だがな。そして新王の元に行く前の夜の事だ」


そこでシャーロットは視線を落とす。


「父は異様な黒光りする石の短剣を持って言った。『これは【百の眼を持つ堕天使バヤン】と契約するための短剣だ。この短剣で私と妹を刺せ。十三回刺すまでは死なないように刺すんだ』とな」


「私は『そんな事は出来ない』と言った。だが父は血の涙を流しながら言ったんだ。『頼む。やってくれ。そうして私の恨みを晴らして欲しい。国と国との約束を破り、私と私の家族を破滅に追いやったフローラル公国国王と、その第一将軍であるベルナール公爵に永遠の復讐を果たしてくれ』とな!」


「私は父の望み通り、出来るだけ苦痛が長く続くように刺した。何回も何回も。父が『苦痛が長いほど強い悪魔の力が使える』と言ったからだ。二十回刺した時、父の心臓が止まった後、同じように幼い妹を刺した。妹も血の涙を流しながら十回目に事切れた。そして……私はいつの間にか灼熱化していた短剣の紋章を後頭部に押し当てて焼き印を押した。これがバヤンとの契約の紋章だ」


彼女は私たちに背を向けると、その豊かな髪をかき分けた。

そこにはリー先生と一緒にアル博士の家で見た、円周率の『π』と『↑』を重ねたようなマークがあった。


「あなたの悲しみと苦痛は解ったわ。でもだからと言って、ルイーズまでそこまで苦しめて殺す必要はないでしょう。彼女はもう三十三回も悲惨な最後を遂げている。復讐なら十分じゃないの?」


「いや、まだだ。ベルナール公爵を苦しめるには、娘のルイーズの凄惨な死が一番だからな。それにルイーズはワガママで横暴で自分勝手で……まるでフローラル公国そのものだ。そんな娘が苦しんで死ぬのは天罰と言えるだろう」


「悪魔の力を使って天罰とは、よく言えるわね。でもアナタの復讐ももう終わりよ。アナタの全てが暴かれたんだから」


するとシャーロットはニタリと不気味に笑った。

彼女は既にバラ園の端の手すりの所に来ている。


「確かにこの世界線では私の作戦は失敗した。だが次の世界線ではどうかな? オマエが誰だか知らないが、次の世界線でもオマエがルイーズとして存在しているかは解らないよな?」


私はハッとした。

確かに、シャーロットは何度も同じ時間を繰り返す力があると言える。

自分の好む未来が来るを何度でも……


……契約者自身は解除できません。本人が解除しようとすると、契約時まで時を戻されてしまうらしいのです……


アル博士が言っていた言葉だ。

私はシャーロットを睨んだ。


「バカな真似は止めなさい。アナタ自身も何度も苦しむ事になるのよ」


しかし彼女は不気味な笑いを浮かべたまま、胸元から黒光りする石の短剣を取り出した。


「これがバヤンとの契約の短剣だ。そして私はこの空中バラ園の下の谷間に『浄化の魔法陣』を作ってある。私がここから飛び降りて、この剣で喉を引き裂けば、時は遡って繰り返されるのさ」


「そんな無意味な事は止めなさい、シャーロット!」


「無意味かどうかは私が決める。さらばだ、異世界のルイーズ」


シャーロットはそう言うが早いか、手すりを乗り越えて崖下に身を躍らせた。


「「「「「シャーロット!」」」」」


五人の男子たちが一斉に手すりに駆け寄る。

だが私はゆっくりと普通に歩み寄った。

彼ら五人が崖下を覗き込んで、「あっ」という驚きの声を上げた。

私は手すりの下を覗き込むと、平然と声をかけた。


「掴まり心地はどうかしら、シャーロット?」


そこにはシャーロットが大の字になって空中に浮かんでいた。

いや浮かんでいたのではない。

巨大な蜘蛛の巣に引っ掛かっていたのだ。

ジャイアント・スパイダーの巣だ。

私はリー先生に頼んで、ここに巣を張って貰っていた。

シャーロットが私を睨む。


「いつの間に、ここにこんなモノを……」


「私の能力は『蜃気楼』と『全反射』って言ったわよね。蜘蛛の巣を隠すくらい簡単だわ」


「おまえが……」


「だから『無意味な事は止めなさい』って言ったのよ」


私はハリーの方を振り向いた。


「ハリー。あなたの『光のロープ』の魔法で、シャーロットの短剣を取り上げて頂戴」


「くそっ」


シャーロットが「それをさせまい」と右腕を曲げようとする。

だがジャイアント・スパイダーの糸の粘着力には敵わない。

ハリーが渋々と言った様子で、右手から『光のロープ』を出し、彼女が手にしていたバヤンの短剣を取り上げた。


私はハリーに手を差し出し、バヤンの短剣を渡すように促す。

しかしハリーは短剣を握りしめたまま、私を見た。


「この短剣をどうするつもりなんだ。ルイーズ」


「もちろん決まっているわ、破壊するのよ。もう二度とこんな事が起きないようにね」


私は当然のように答える。

それが聞こえたのか、手すりの下からシャーロットが叫ぶ。


「やめろ!それは、それは私と父を繋ぐ唯一の!」


「唯一の何? こんなモノがあるから、アナタもルイーズもいつまでも苦しむのよ。これはアナタと父親の絆なんかじゃない。これは呪いだわ」


「だが、それがあるから!」


「これがあるから、アナタは呪いに囚われている。いや、むしろこれがバヤンの狙いなのかもしれない。アナタは既にバヤンに心を浸食されているんだわ」


私はそう言うと、ハリーに再び手を差し出した。

今度はハリーも黙って、その黒光りする石の短剣を差し出す。

私はその短剣を握りしめると大きく頭上に掲げた。


「シャーロット、これでアナタの自由になれる。復讐のためだけに何度も人生をやり直すなんて地獄だわ」


私はそう言って、石で出来ている手すりに短剣を思いっきり振り下ろす。

黒光りする石の短剣は、鋭い音と共に粉々に砕け散った。

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