第10話 ご当地夕食会計画(中編)
午後の教室に戻った私達は、さっそく『故郷の名物料理パーティ』を開催する事をみんなに告げた。
クラスの親睦を深めるためという事、そして発案者がこの私・ルイーズだと言う事で、みんなが賛同する。
そして私はこれに一つの条件を付けた。
それは『高価な食材ではなくて、出来るだけ庶民が食べているその土地ならではの料理にする事』という条件だ。
その理由は、みんなが「自慢の高級食材を故郷から取り寄せる」と話し合っている時、シャーロットが悲しそうな顔をしていたからだ。
彼女の顔を見て、私はハッとした。
故郷から高級食材を取り寄せるなんて金のかかる事は、彼女にとって難しいに違いない。
そこで私は「出来るだけ手に入りやすいもので、庶民が食べている郷土料理を」と呼びかけたのだ。
この条件は中流貴族以下の子女にはホッとした事だろう。
食材の値段で料理が評価されてしまうのは、みんな不本意だからだ。
私は念のため、不安そうにしているシャーロットに「その土地ならでのは、庶民が食べている料理を持って来てね」と直接伝えておいた。
その週末の土曜日。
私達は寮のサロンを借りて『故郷の名物料理パーティ』を開催した。
表面的には「早くみんなと親睦を深めたい」、そして私自身としては「少しでも早く、シャーロットの怒りを解消しておきたい」。
何しろ私はシャーロットの怒りを良く知っている。
(あくまでゲーム上だが)
彼女は大人しく内気な学生時代とは違い、『革命のシンボル』となった時には民衆の先頭に立って貴族軍と戦ったのだ。
そして革命法廷においても、舌鋒鋭く被告の貴族に切り込み、次々と彼らを処刑台に送っていった。
そんな恐ろしい女の恨みは、少しでも早く取り除かねばならない。
時間が経ては経つほど、彼女の怒りはマグマのように溜まっていく事だろう。
それはさておき、集まったみんなは本当に楽しそうにしていた。
それぞれが故郷の自慢の料理を手にしている。
「私はオオウミガラスとムラサキタマネギのミートパイを持って来たわ。故郷では秋の収穫祭では、みんなでこれを食べるの」
「私はドードー鳥の木の実詰めよ。大きなドードー鳥の中に、栗やナッツや果実を詰め込んでオーブンで丸焼きにするの。低温で何度もソースをかけながら焼くと、肉がふっくらと仕上がるの。肉汁と果実の甘味があいまって、本当に美味しいんだから」
「私は『シンプルな料理』って言ったから、ドライフルーツをふんだんに使ったパウンドケーキを持って来たわ。私の故郷ではドライフルーツを大量に作っておいて、それを冬の間に食べるって感じなんだ。懐かしいわ」
こんな具合に、それぞれが持って来た料理や食材について話し合っていた。
そんなみんなに向かって、エルマが声を張り上げた。
「それでは皆さん、これから『故郷の名物料理パーティ』を始めたいと思います!」
サロンには女子だけではなく、男子も含めた一年生全員が勢ぞろいしている。
中にはこの機会に『玉の輿』を狙っているのか、かなりお洒落に力を入れている子もいた。
おそらく料理の方も相当な力作揃いだろう。
「ちなみに審査員としては、女子からはルイーズ・レア・ベルナール様、男子からはハリー・レット・マグナー様にお願いする事にしました」
前に進み出た『黒髪でちょいワルの感じがするイケメン男子』を、私は意外な目で見つめた。
女子の審査員には私がなる事は決まっていた。
だが男子からハリー・レット・マグナーが審査員になるとは知らなかった。
その理由をエルマが引き続き説明する。
「ハリー様はご存じの通り、海運王であるジョージ・ウィルソン・マグナー氏のご長男です。マグナー家は商人でありながら、莫大な財産と各国への貢献度の高さから、複数の国から爵位を授けられている名門でもあります」
その通りだ……と私はハリーを見つめながら思った。
さらに付け加えれば、マグナー家は武器商人としての顔もあり、自ら武装船団を持っているのだ。
その兵力は一国の海軍にも匹敵すると言われている程だ。そして裏では海賊をも仕切っている。
おそらく権力的にも私の実家であるベルナール公爵にも、エールランドのハートマン公爵にも引けを取らないだろう。
そして彼は『フローラル公国の黒薔薇』の第三のヒーローでもある。
ハリーが快活な笑顔で言った。
「先ほど紹介されたハリー・レット・ワグナーです。まぁウチは元が船乗りだから、そんな偉い方々と並べるような立場じゃないんだけどね」
その気さくな感じが、みんなから自然な笑いを誘う。
「でもその分、世界中のアチコチで美味しい物を食べているから、きっと公平な審査が出来ると思うんだ。だからみんな、どんな変な料理を出してくれてもいいよ。俺は見た目や食材に偏見はないからね」
会場のみんなから拍手が起こった。
さすがに彼は、大衆の心を掴むのに長けている。
革命勃発時は、貴族軍の船を寄せ付けず、さらには危険を冒して革命軍に武器や食料などを調達した程の豪胆な人物だ。
敵には回したくない人間の一人だ。
と、そんな彼が私の肩に手を置き、耳元で囁いた。
「ルイーズ、君みたいな美しい人と一緒に審査員になれて嬉しいよ。俺は幸運な男だな」
うわぁ、くっさい台詞を吐くやっちゃな。
気安く私の肩に触れて来るし。
よっぽど自分に自信があるんだろうな。
だがその後、彼が思いもよらない事を口にした。
「君はワガママ姫で有名だけど、意外に周囲の事も考えられる人だったんだな。『手に入りやすい食材で庶民の郷土料理を』というアイデアを聞いた時、俺は感動したよ」
「ありがとうございます。このアイデアが気に入って貰えて嬉しいわ」
私はそう言いながら、さりげなく彼の手を肩から外した。
ハリーがわざとらしい『ちょっと残念そうな笑顔』を作る。
ふとサロンの壁際に目をやると、シャーロットがこちらを見ていた。
手を挙げて会釈しようとすると、彼女はスッと視線を逸らす。
やっぱり彼女には恨まれているんだ。
「それでは皆さん、自分の料理の前に立ってください。審査員がそれぞれ回りますから、その時に自慢の郷土料理をアピールして下さいね!」
エルマがそう言って、ハリーが時計回りに、私が反時計回りに回って、それぞれの料理を審査する事になった。
「ルイーズ様、こちらは私の国では自慢の赤コブラクダの背脂の串焼きです。すごく精がつくんですよ!」
「ルイーズ様、これは私の郷里で有名な漁師料理のオレンジ・パーチの魚醤焼きです。お腹には香草とエビの塩辛を詰めて焼くんですが、魚醤の香りとふっくらとしたパーチの身が絶妙なんです」
「ようこそ、ルイーズ様。これは私の母の実家がよく作る、山岳ヤギのミルク・シチューです。本当はヤギ肉を使うんですが、今回は臭みの少ないラム肉を使いました。ヤギ乳のチーズをたっぷり使っていて、身体がとても温まるんです」
みんなここぞとばかりに自慢の料理をアピールする。
私と近づきになりたい気持ちと、故郷を誇りたい気持ちの両方の気持ちが、熱気となって伝わって来る。
「そうね、いただきます」
「うん、これは本当に美味しい!」
「これも素晴らしい料理ね」
「あなたの国は毎日こんな美味しい物を食べているの?太るんじゃない?」
私は一口食べては、そんな感想を返していた。
いや、これはお世辞だけじゃない。
自慢の料理と言うだけあって、みんな本当に美味しいのだ。
審査員のため、どの料理も一口程度しか食べられないが、「もっと食べたい、お腹いっぱい食べたい!」と思う料理ばかりだった。
やがてテーブルの最後の方、シャーロットの料理の所にやって来た。
「シャーロットさん、あなたの故郷の料理はどんなお味かしら? 楽しみだわ」
私は悪気無く、そう言った。
するとシャーロットはおずおずと、背後から厳重に油紙で密封されたような箱を取り出した。
まるで今まで目につかないように隠していたかのようだ。
「あの……きっとお口に合わないと思うんですけど……」
シャーロットは「出すには出したが、いかにも見せたくない」と言った様子でそう言った。
「あら、そんなことないわ。私も食事に関してはけっこう幅広いつもりだから」
そう笑顔で返す。
実際、その通りだ。私は好き嫌いはあまりないし、珍しい食べ物でも抵抗なく食べられる。
そうでなければ、いきなり異世界にやって来て、見た事も聞いた事もない食材なんて口に出来ない。
「でも……みんなを嫌に気分にさせてしまうかも……」
「そんなことないわ。こうして他の土地の料理を食べられる機会なんて、中々ないもの。みんな楽しみにしてるわ」
そう言われてシャーロットは、諦めたように箱を覆っていた油紙を解き始めた。
中からはやはり厳重な金属製の缶のような容器が出て来る。
「私の国でよく食べられている庶民的な料理と言うので……」
シャーロットはそう言いながら、缶の蓋を捩じって開く。
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この続きは、明日の朝8時過ぎに投稿予定です。
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