第96話 岡山ダンジョンで出会った黒いヘルメットの人

「あの~、お一人ですか?」


 最初は好奇心だけだった。いつも行く岡山ダンジョンで、本物のバトルスーツに身を包んだ黒いヘルメットを被った人に、ボス部屋の前で話しかけた。意外にもアッサリとヘルメットのシールドを上げて話をしてくれた。

 

 名前は龍泉麟瞳たつみりんどうで、年齢は私よりも一つ年上の二十三歳、そしてなんとAランクの探索者だった。当分の間はこの岡山ダンジョンを探索する予定だと教えてくれた。


 そして私達がボス部屋を攻略して六階層へと降りると、すぐに麟瞳さんも降りてきた。あのー、滅茶苦茶早くないですか?


 麟瞳さんとの邂逅に私は少し興奮していた。


「美姫、バトルスーツっていくらぐらいするの?」


 家に帰るや否やBランク探索者である双子の妹に聞いてみた。返ってきた答えは八桁はするよというものだった。ヒョエーである。Aランク探索者って儲かるんですね。私とは別世界に生きていらっしゃるようでありますねと思っていた。


 その出会いから程なく、探索者センターにパーティメンバー募集の求人票が出ていた。募集しているのはAランク探索者で、遠距離攻撃のできる人を求めていた。見た瞬間にこれは麟瞳さんが出したもので、妹の美姫の為に出されたものだとピンときたわ。


「探索者協会に求人票が出てた!遠距離攻撃者を募集しているの。多分私の知っているAランク探索者が募集しているわ。美姫、これはチャンスよ!」


 家に帰るとすぐに美姫に知らせたわ。美姫は三月に福岡から帰ってきてから、ほとんど家を出ていない。たまに誘って岡山ダンジョンでパーティを組んで一緒に探索をしたけど、楽しそうにしないのよね。おそらく私達では物足りないのだろう。何とか自分の好きなことを楽しんでほしいとずっと願っていた。これは美姫にとって、千載一遇のチャンスだわ。


 少しだけ心配はしてた。美姫の腕であればと思っていたけど、ちゃんとパーティメンバーに選ばれホッとした。頼み込んで、ついでに私もお世話になることになった。Bランクダンジョンには連れていけないと言われたけど、何とかこのCランクの岡山ダンジョンは完全攻略したいと思ったわ。


 美姫も見違えるように明るくなった。その美姫の変化に両親が泣いて喜んでいるのを見てしまったわ。家族全員が心配していたけど、本当に麟瞳さんには感謝しなければならないとその時思った。


 美姫は麟瞳さんに懐いてしまったようで、運転免許証も一緒に取りに倉敷まで通うようになった。


 そして我が家にも、皐月と詩音の二人のパーティメンバーが居候するようになり、随分賑やかになった。


 全てが順調に進んでいた。毎日が楽しくてしょうがなかったわ。


 十月の第一金曜日に事件が起きてしまった。その日も岡山ダンジョンの最終階層のボス部屋を無傷で攻略して、気が大きくなっていたのかしら?麟瞳さんは心配していたけど、ボス部屋奥の隠し扉からの探索にドキドキしていた。その興奮するような冒険心に酔っていたのかもしれない。


 そして運命の扉の閉まったボス部屋、ここでも最初は順調だった。十体のオーガを仕留めた時には皆でハイタッチをしたわ。その後に、突然青いオーガが現れた。本当に突然だった。


 帰還石が何故だか使えない。


 麟瞳さんが青いオーガと少し話した後に、ゴブリンキングが現れた。皐月と詩音は一振りではじき飛ばされ、ぴくりとも動かなくなった。皆が一丸となってゴブリンキングを討伐しようと頑張っているのに、私は何も出来ない。


 美姫がゴブリンキングに向かって矢を放った時に、ゴブリンキングは素早い動きで美姫に向かって走り出したの。私は慌てて美姫を突き飛ばしたわ。何とか間に合った。美姫には攻撃が届かなかったようだ。私は左腕に激しい痛みを感じてそこで意識が途切れた。


 目覚めたのは、病院のベッドの上だった。痛みを感じた左腕はゴブリンキングに切られていて無くなっていた。悲しかったけど、それを表に出すわけにはいかない。私が病院にいるということは、何とかゴブリンキングから逃れることが出来たということだろう。他のメンバーはあれだけ一生懸命に戦ったんだ。私が落ち込むわけにはいかない。

 

「私は美姫を守ることが出来て満足しているわ。《千紫万紅》に入れてもらったのも、美姫のガード役で入ったんだから、美姫が無事で良かったわ。本当に良かった。それに片手が使えないのは不自由だけど、利き手が無事だから卒論を仕上げることも大丈夫そうだし、ちゃんと卒業できるように頑張るわ。皐月もちゃんと卒業できるように頑張るのよ」


 皆の無事を確認してから、皆に半分本心を話したわ。


 それからの数週間は戸惑うばかりだった。毎日狂ったように休みなく岡山ダンジョンに通い続ける麟瞳さんと、ふさぎ込んで部屋から出なくなった美姫、この二人をどうしたら良いのかサッパリ分からなかったわ。


 麟瞳さんがこうなってしまったのは私のせいだ。私の為に頑張ってくれているのは理解している。美姫は麟瞳さんとパーティを組む前よりもおかしくなってしまった。全て私が弱いせいだ。


「美姫と麟瞳さんはちゃんと運転免許証を取ってください。私が重荷になるなんて嫌です。私のせいでこんなになるなら特級ポーションはもう要りません」


 私のせいで二人の人生を台なしにしてほしくない。そんな思いで言葉を発した。二人にはちゃんと伝わったようで、運転免許証も取ってくれたし、二人の運転でいろいろな場所にドライブに出かけたわ。危うく命を落とすところだったけど………ゴブリンキングより怖かったかもしれないわ。


「僕の【豪運】スキルで、すぐに特級ポーションを持ってくるよ。ちょっとだけ待っててね。必ず届けるから、約束するよ」


 これは病院に居たときに、最初に麟瞳さんが言ってくれた約束。いくら麟瞳さんでも、幻のような特級ポーションなんて二度も簡単に手に入る筈がないとそう思っていたわ。まさか、たった四カ月で届けてくれるなんて………誰も居なくなった部屋で、再生した左腕を見て泣いてしまった。


 岡山ダンジョンで出会った黒いヘルメットの人は、私のかけがえのない恩人だ。本当は麟瞳さんと離れるのが嫌でクランの話を持ちかけた。無事に了承してもらってホッとしたわ。ありがとう。


 一つだけ麟瞳さんに絶対にバレてはいけない隠し事がある。

 

「お願い。クランを立ち上げましょう」

「おう、ガッテン承知の助だぞ〜。イェーイ!」


 これは私のお守りだ。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る