第20話 岡山ダンジョンの救世主

「今日はどうもありがとうございました。次回は部屋での買取りをお願いすると思います。また、よろしくお願いします」


 丁寧な挨拶とともに、龍泉様は部屋を出て行かれた。遠ざかる足音を聞いて、ホッと一息ついた。


「中里支部長、コーヒーでもお飲みになりますか?」


 一緒に龍泉様の対応をしていた常盤君が気を利かせて、声をかけてくれた。


「常盤君も一緒に小休止しますか?疲れたでしょう」

「そうですね、毎回貴重な物を鑑定させていただくので、気疲れしてるかもしれません。ではお言葉に甘えて、自分の紅茶とお菓子も持ってきますね」


 そんな言葉とともに常盤くんが部屋を出て行った。


 岡山ダンジョンは岡山県の中では一番ランクの高いダンジョンではあるが、人気の面では残念ながら全国的にも、そして岡山県の中でも低く低迷している。ダンジョン発生当時は、ここも岡山県民で上のランクを目指しダンジョンを完全攻略しようとする探索者で賑わっていたそうである。前任の支部長から引き継ぎの時に話を聞いたが、お伽話を聞いているような気持ちになった。


 そんな上を目指す探索者も岡山ダンジョンを完全攻略した後は、Bランク以上のダンジョンに入るために他県へと遠征しなくてはならなくなる。そしてダンジョンの情報が広まるにつれて、高ランカーを目指すような探索者は、最初から大阪や京都のような低ランクから高ランクまでダンジョンが揃っている都市に移住するようになっていった。


 私がここの探索者センターの支部長になって四月で丸一年が過ぎたが、今の岡山ダンジョンは、学生パーティが低階層のボス部屋での宝箱を狙って訪れるぐらいで、ダンジョンの深層を目指すような探索者はいなくなってしまっている。


 私は岡山県の探索者センターの支部長の代表者になっている。Aランク以上のダンジョンがない県ではその県で一番ランクの高いダンジョンの支部長がその代表者になっている。四月と十月の年に二回、全国の支部長の代表者が集まって会議が開かれるが、取り立てて積極的に発言するようなことはなく、肩身の狭い思いをしている。


 毎月行う岡山県の支部長会議でも、後輩である倉敷ダンジョンの探索者センター支部長の村上の顔が、ドヤ顔に見えてしまうほど病んでいるのかもしれない。どうすれば岡山ダンジョンに探索者を呼び込めるのかを考えているが、これという策もなく、どんどん憂鬱になっていった。 


 七月の第一水曜日に転機が訪れた。その日支部長室に突然常盤君が興奮した様子でやって来た。


「中里支部長、マジックアイテムが四つも提出されました。しかも、今までに出てきたことのないものまであります。買取り価格をどうすればいいのか分かりません」


 詳しく話を聞くと、岡山ダンジョンに初めて来たAランク探索者が一人で買取り受付に表れて、大量の魔石やポーションとともに四つもマジックアイテムを提出したそうだ。しかもそのうちの一つは過去にどのダンジョンからも出てきたことのない大容量の収納の腕輪、それも時間経過のない収納道具である。私でも買取り価格をどう付けていいのかサッパリ分からない、オークションなら百億円の価格が付いてもおかしくないものだと思う。探索者協会の本部に連絡を入れ、買取り価格を決めてもらった。その価格は三億円、安すぎると思ったが、あくまでも買取りしたときの値段であって、探索者協会としてはこれ以上の価格は付けられないようだ。もしも買い取る場合にはオークションへの出品を勧めるように指示された。

 

 部屋の中へ入ってこられた龍泉様は、少しこちらを警戒していたのかもしれない。買取り金額が高額の為に来ていただいたことを伝えると、警戒が薄れたのか落ち着きが出たように見えた。


 常盤君が買取りの内訳を伝えていく中で、私が質問を入れていく。岡山ダンジョンはポーションが出現するダンジョンとして知られているが、最近は初級ポーションが全体で一日に二十本出るかどうかといったところである。それが龍泉様は一人で二十本以上のポーションを提出されている。しかもほぼ半分の十本が中級ポーションである。私が赴任して今までに二本しか出たことがない中級ポーションが、一日で十本である。


「龍泉様、中級ポーションは何処から入手したか、お教えいただけないでしょうか?」


 入手方法が特殊な場合には、秘密にする探索者がいると聞いたことがある。この聞き方で大丈夫か内心ビクビクしながら尋ねると、何でもないことのように多分宝箱からだと答えてくれた。多分という言い方が気になったので聞いてみたが、龍泉様は宝箱から出てきたポーションを確認していなかったようだ。初級ポーションと中級ポーションは色を見るとはっきりと違いが分かるほど色の濃さが違うのだが、あまり気にしていない様であった。


 龍泉様の話の中で、驚きの情報として五階層のボス部屋の宝箱が銀色であったこと、そして十階層のボス部屋の宝箱が銅色であったこと、更に三階層の探索中に銀色の宝箱を見つけたことがあった。今までの常識を破るような高ランクの宝箱情報である。


 このダンジョンでは、低階層で木の宝箱、中層で鉄の宝箱、そして最後のボス部屋で銅色の宝箱が出たことがあるらしいが、銀色の宝箱が出た情報は初めてである。しかも三階層の宝箱からはとんでもないマジックアイテムが出ている。幻の虹色の宝箱から出たといわれても驚かないほどの逸品である。それをラッキーという一言で済ませてしまう龍泉様はかなりの大物なのだろう。


 更に、魔石を百五十個以上提出したのにも驚かされた。普通は三百匹以上の魔物を相手にしないと得ることのできない量である。ソロで探索したことを聞いて常盤君と二人で驚くと、大爆笑されてしまい、数分間腹を抱えて笑い続けていた。驚く方が普通だと思うのですが………。


 次の日にも、龍泉様は銅色の宝箱をボス部屋攻略後に得て、マジックアイテムを二つ手に入れていた。しかも、またもや中級ポーションも五本宝箱の中に入っていたようである。


 聞き忘れていた討伐数の情報も、倒した魔物全てが魔石をドロップするというとんでもない情報に変わり、この二日間の報告書を本部に提出したときに信じてもらえるのか甚だ疑問に思うようになった。今までの常識がどんどん塗り変えられていくそんな二日間であった。


 そして次の日の金曜日は龍泉様はダンジョンにいらっしゃっていないようで、今週末に提出する報告書を書いていた。すると突然、後輩の倉敷探索者センター支部長の村上から電話がかかってきた。


「先輩、お疲れ様です。突然ですが、Aランク探索者の龍泉麟瞳様をご存知でしょうか?」


 今、どう報告すればいいのか頭を悩ませていた張本人の事について聞きたいことがあるとのこと。いきなり買取り受付に百キログラムの肉を携えて現れたという。百キロのお肉を持ったまま、買取り受付の前で順番を待つ光景を思い浮かべておかしくなった。確かにダンジョンで得たドロップアイテムは一旦提出しなければいけないが、腕輪の収納を知らなければありえないことである。龍泉様が私に尋ねるように言われたとの事なので、腕輪の収納の事を含めて水木の二日間での出来事を村上に話した。情報を漏らさないように、できるだけ買取り受付も担当を決めて対応した方が良い事も伝えた。情報を漏らさないようにする事は大事なので最後に念押しした。


 そして週が変わり、月曜日の今日もスキルオーブを二つも手に入れた龍泉様は、目を煌めかせながらスキルオーブの使い方を聞いてくる。しかも自分のスキルの情報までも教えてくれた。


 この方は岡山ダンジョンの救世主になると確信した。信頼に応えられるように万全のサポートをしようと決心した。


 まずは、龍泉様の事をよく調べなければなるまい。岡山の前は京都に居て、しかもパーティを組んでいたと先日話していた。支部長特権を活かして、京都時代の情報を閲覧してどうして岡山に来たのかを知ることから始めよう。


 常盤君が戻ってきた。コーヒーを飲みながら今後の事について話し合おう。





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