第14話 ほっとする時間

「はい、ホットココア。ナナちゃんはぬるめのミルクね。三澄さんにはホットカフェオレ」

「ありがとうございます。誠くんも、これ飲んで」

犬達と遊んでいる間に、伊知子がホットドリンクをいれてくれた。

「あったかい…」

大きめのマグカップに入れられたホットココアには、甘いマシュマロが浮かんでいる。

時間とともに少しづつ少しづつ溶け、冷めた心も溶かしていく。

「よくふぅふぅして、やけどしないようにね」

店長の温かい眼差しに、誠は照れて目をそむけるが、その様子をみてウフフ、とうれしそうに笑う。

孫を見守る祖母の眼差しのようだが、それを口にしようものなら間違いなくシバかれるから黙っておこう。

「お腹、空いてる?」

…コクッ

遠慮がちにうなづく。

「今日はバナナタルト焼いたのよ。食べてみて」

丸いホール状のタルトを切り分け、お皿に盛り付ける。生クリームを犬のかたちに盛ったかわいいデコレーションバージョン。

「えっ!?こんな豪華なの…食べていいの?」

「さぁさぁ、遠慮しないでどうぞ、召し上がれ」

「こんなの誕生日でも食べたことないのに…いただきます」

手を合わせ、おそるおそるフォークを手に取り、パクッとほおばる。

「…おいしい」

その後は手がとまらず、ガツガツと食べすすめあっという間に平らげた。

「まぁ!いい食べっぷり。これなら売れるわねっ」

伊知子店長御満悦。

「誠くん…おうちでごはん、ちゃんと食べてる?」

光はコンビニで出会った時から気になっていたことを聞いた。

「ママがお金くれたらなんか買いにいけるけど、ママがいなかったり、お金置いていくの忘れる時もあるから。ごはんない時のほうが多い」

「お母さんはごはん作ってくれないの?」

「ママはお料理できないんだって。だからお店で買ってきてくれることもあったけど、今は僕が買い物できるようになったから、自分でやってって」


…それって育児放棄じゃ…


光の心の中に、ネグレクト、虐待の文字が浮かんだ。

然るべきところへ一度相談に行ったほうがいいのかもしれない、そんな予感がした。


「いらっしゃいませー」

カランカラン、と入口のベルが鳴り、新しいお客さんがやってきた。

背中に大きな四角いバッグを背負い、上下レインコートをまとっている。

フードデリバリーの女性だ。

ナナのようなこげ茶色の髪を後ろで結び、前髪は雨で濡れ顔にくっついている。

「はなちゃん、いらっしゃい。今日は雨で大変だったわねぇ」

「もう身体冷えちゃって!伊知子さん、あったかいカフェオレビッグサイズでください。それとなんかおやつ!体力使ってもうヘトヘト~」

常連なのであろう、気心知れた様子で親し気に話している。

雨具を脱ぎ席に着くと、ナナが彼女のほうへ近づいた。

「あら、かわいいっ。新顔さん?」

「そちらのお客さんのワンちゃんなのよ」

オーダー品を準備しながら、カウンターの奥で伊知子が声をかけた。

しっぽを振り思いきり甘えるナナに、女性は大喜び。

「ナナ、初対面でまたそんな」

光が慌てて駆け寄る。

「いいんですよー、私犬大好きだからよくここに来るんです。ナナちゃんって言うの~はじめまして」

「フードデリバリーのお仕事されてるんですか?」

「そうなんです、夜の注文に備えてしばらく休憩をとろうかと」

「じゃあ僕もお世話になるかもしれませんね。最近引っ越したばかりで、よくデリバリー利用するんですよ。三澄光と言います、愛犬のナナ共々、どうぞよろしく」

「三澄さん…もしかして公園通りのマンションですか?」

「ええ、そうです」

「先日引っ越し蕎麦を注文された…1001号室の…?」

「そうです、えっ!あれもしかして…」

「私が担当しました。たくさんお心遣いいただいて、あの時はありがとうございます!すごくうれしかったんですよ~。こんな偶然ってあるんですねっ。あっ、私八田華未と言います。デリバリーの時はhanamichiって名乗ってます」

「そうそう、覚えてますっ。華未さんだからhanamichiなんですか?」

「そうです、はなみちゃんの後方はしょった感じで」

直接対面はしていないが、微妙に接点があったことですっかり意気投合。そして犬好き同士は結構すぐ仲良くなるものだ。あっという間にうちとけた。

最初は華未に人見知りしていた誠も、ナナやサクラのおかげですぐに輪の中に入り、人の温もりや交流から生まれる人とのつながり、安心感を得ていた。

それは、家庭や学校では今まで得られなかったものだった。

「あら、なんか家族みたいですてきね。とっても楽しそう、うふふ」

2匹の犬と3人の様子を眺めて、伊知子は目を細めて微笑んだ。

犬達とともに、温かく優しい時間がこの空間には流れていた。

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