第5話 ささいな喜び
秋の日は釣瓶落としの例えの通り、季節が冬へと近づくにつれて、日が暮れるのがめっきり早くなった。
空気が澄み渡り、その分月がきれいに見える。
「もうすぐ満月…生理前だから余計に朝イライラしたのかな」
先月も満月の時期に月のものが来たことを思い出し、憂鬱な気分になる。
女性の心身はデリケートだ。日々変化する月の満ち欠けのように、気持ちの浮き沈みも激しい。
特に生理前は女性ホルモンの影響を受け、自分の意思とは関係なく感情が先走る。
もちろんこれも個人差があるが、華未は学生時代からその兆候がひどく、PMS(月経前症候群)の診断も受け婦人科でピルを処方された。
しかし体質に合わないのか副反応がキツく、結局服薬を継続することができなかった。
体調不良は生理前だけでなく、生理痛も時に重くなり、その時は痛みのあまり起きれず寝込むほどで、仕事や日常生活にも影響をきたしてしまう。
その度に、女に生まれたわが身を呪うこととなる。
…男だったらこんなに苦しむこともないのに、と。
「さて、お客様のお家に到着~」
慣れた動作で自転車を停め、玄関がオートロックなので、部屋番号を押す。
「1001…ここは初めてだわ」
このマンションに配達に来ることも何度かあり、何度も注文があると自然と部屋番号も記憶する。
「ご新規様ね。どんな人だろう」
最近では非対面の置き配が多いため、対人ストレスも緩和される。
「はーい」
やさしい、温かい感じの男の人の声。
「お待たせしました、デリバリーです」
「ありがとうございます。部屋の前に置いてもらえますか?」
「かしこまりました」
解除され、重厚なドアが開く。
「丁寧な人だな。ちゃんと注文時に置き配指示もわかりやすく書いてるのに」
顔が見えない分、インターホン越しの話し方や、注文時の補足などで、その人の人間性というのが垣間見えるものだ。
エレベーターに乗車し、最上階まで。一番端の角部屋。
部屋の呼び鈴で合図し品物を置こうとして、ドアノブにかかっている袋に気がついた。
袋にはメモが貼ってあった。
『はじめまして、配達員さん。今日引っ越してきました。これからお世話になると思いますが、よろしくお願いします。夜は冷えるから、よかったら使ってくださいね』
袋の中には、使い捨ての貼るカイロと、水引きの絵のついたチョコレート、栄養ドリンクが入っていた。
うわー…何このやさしさのオンパレード…
思わず感激で目がうるっとなる。
商品を受け取ってもらうために急いでその場を立ち去りながら、エレベーターを待つ間デリバリーアプリ内のメッセージを使ってお礼を送信した。
『最高のギフト、ありがとうございます。ようこそこの街へ。今後ともどうぞ、よろしくお願い致します』
ピコーン、と送信。
エレベーターが到着して階下に戻ると、今度はお礼のチップが届いた。
「えっ、1,000円も!?」
雨の日などコーヒー代くらいの数百円くらいなら時々配達員へのチップをくれる人もいるが、こんな気前よくどーんと払う人は稀だった。
『早いのに丁寧に運んでくれたんですね。傾かず盛り付けもきれいなままで、感動しました!お忙しい中丁寧なお返事もありがとうございました。最高の引っ越し蕎麦です!』
「何この人…」
プッ、と思わず笑ってしまう。
…よっぽど人がいいのか、余程のお金持ちなのか。
よくわかんないけど、なんか心が温まるな。
世の中…こんな人もいるんだ。
さっきまでのブルーな気分も、一瞬で吹き飛ばしてしまった。
「この家だったら毎日でも配達来たいし、どんな人なのか、いつか会えたらいいのにな」
冷たく感じた月夜の空気が、今はドキドキして火照った顔をほどよくクールダウンしてくれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます