第84話
オレリアはこちらから一切目を逸らさないまま、スカートから何かを取り出した。
目を凝らして息を呑む。オレリアが持っているのは、銀色に光るナイフだった。
「おい、オレリア。待て。落ち着くんだ。その物騒なものを置け」
俺の言葉なんてまるで耳に入らないかのように、オレリアはナイフをすっとこちらに向ける。
ソファから立ち上がるそぶりを見せると、逃がさないとでもいうかのように、オレリアはナイフを俺の動きに合わせて動かした。
「オレリア、やめろ。俺を刺す気か? そんなことをして何になるんだ?」
「ふふふ。リュシアン様ったら怯えちゃって。前にも刺されたことがあるじゃないですか」
オレリアは首を傾げて優しい声で言う。その穏やかな声と、手に持った鋭利なナイフがあまりにもそぐわない。
「オレリア……」
「大丈夫ですよ。私はジスレーヌ様みたいにあなたを刺すなんて非道なこと、しませんから」
「そうか、そうだよな。お前はまともだもんな。それなら早くそれを置くんだ。な?」
オレリアをなだめようと出来るかぎり柔らかい声で呼びかけると、オレリアは目を細めて微笑んだ。
わかってくれたのかなんて油断した次の瞬間、オレリアは迷いなく自分の腕をナイフで切りつけた。
勢いよく血が噴き出し、ソファを濡らす。
「な……っ、おい、馬鹿!! 何やってるんだ!!」
オレリアは引きつった顔をこちらに向ける。かなり痛むのか顔に冷や汗が浮かんでいるのに、再び迷いのない動作で腕の別の部分を切りつける。
「やめろ! 気でも狂ったのか!?」
慌ててオレリアを押さえつけ、手をつかんで無理矢理ナイフを奪い取った。部屋中に鉄さびのようなにおいがひろがる。オレリアは俺に押さえつけられたまま、荒い息をしていた。
「大丈夫か!? なんでこんな馬鹿なことを……。さっさと病院へ行くぞ!」
「心配してくれるなんてお優しいのですね、リュシアン様。私、今さっきあなたにナイフを向けたばかりなのに」
オレリアは苦しげに息をしながらこちらを見る。
「でも、そんな甘い態度だと足をすくわれますよ」
「は?」
オレリアの言葉を理解しきる前に、突然小屋の外から足音が聞こえたかと思うと、勢いよく扉が開いた。
あっという間に制服を着た兵士らしき男たちが押し寄せて来る。
「オレリア様、何があったんですか!? この血は……! それに、その恰好は……」
「ああ、みなさん、来てくださったのですね……!」
オレリアは目に涙をいっぱいに溜め、突然弱々しくなった態度で兵士たちによろよろ近づいていった。その手にはいつの間に取り出したのだろう、小型の通信機が握られている。
「オレリア様、一体何が……」
「私……、私、リュシアン様に襲われそうになったんです!!」
オレリアが涙声で叫ぶ。兵士たちの間にざわめきが広がた。
部屋はオレリアのすすり泣く声と、困惑する兵士たちの声でいっぱいになる。兵士たちの視線はこちらに集まっていた。
「……は?」
状況が全く呑み込めない。
オレリアは一体何を言っているんだ? お前が突然服を脱ぎだして、自分の腕をナイフで切りつけたのだろう。俺はその異様な光景を無理やり見せられただけだ。
兵士たちのざわめきはなかなか消えない。彼らは心配そうな顔でオレリアを取り囲んでいた。
俺はただ呆然と、現実味のないその光景を眺めることしかできなかった。
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