第71話

「……なぁ、お前たち。前にジスレーヌは俺がオレリアと席を立ったとき毒を入れたと言っていたよな。窓の近くにいたとはどういうことだ?」


 尋ねると、令嬢たちは一瞬きょとんとした顔をして、その後さっと青ざめた。


 おかしな反応に、余計に不信感が募る。


「あ、いえ、その、その後にリュシアン様の席のそばに行って粉を入れるところを見たんです」


「ジスレーヌがこちらをじっと睨みつけた後で俺のカップに粉を入れるところを見て、そのときは不審に思わなかったのか?」


 カップに毒を入れられたと悟った瞬間、今回も犯人はジスレーヌだとすぐに思い至った。


 そのため令嬢たちからカップに毒を入れるところを見たと聞いても、迂闊な真似をとしか思わなかったが、考えてみればなぜその時に止めなかったのだろう。


「それは……ジスレーヌ様は侯爵家のご令嬢ですし、殿下のご婚約者であられるし、不審には思っても私からはっきり注意することははばかられたのです。今は後悔していますわ」


「そ、そうですわ。マリーさんが止めようとなさると、冷たい目でそちらを睨んで、話を聞くそぶりなんて全く見せなかったのです」


「……? お前も粉を入れるところを見たのか? お前、確か俺とオレリアが花を見ているときに一緒にいなかったか? 後ろのほうでほかの者と並んで……」


 目を泳がせる令嬢をフォローするように割って入った令嬢に尋ねると、今度はこちらも慌て顔になる。


「なぁ、あの日のことをもう一度ちゃんと確認していいか。ジスレーヌは本当に俺のカップに毒を入れたんだよな?」


 令嬢たちは一斉にうなずくが、以前のように疑いなくそれを信じることはできなかった。



 その後、令嬢たち一人ひとりに順番に当日の話を聞いたが、証言が進むたびに矛盾が増えていった。最後の一人から話を聞くころには、疑惑は確信に変わっていた。


「お前たち……本当は誰もジスレーヌが毒を入れるところを見ていないんだな?」


 令嬢たちは怯えた顔をしたり、互いに顔を見合わせたりするばかりで、一向に肯定しようとしなかった。


 しかし、正直に認めないのなら、役人を呼んで一人一人調べさせると言うと、力なく首を縦に振った。


「申し訳ありません、リュシアン様……! だって、あの方はリュシアン様にふさわしくないと思ったんですもの!」


「そうなんです! 私たち、リュシアン様のためを思って……」


「言い訳は聞きたくない。どんな処罰がくだるか怯えて待つんだな」


 慌てふためく令嬢たちの中で、唯一オレリアだけが困り顔をしている。そういえば、オレリアだけはジスレーヌを幽閉することに反対していた。


 俺はトマスを呼んで令嬢たちを待機させるよう命じ、急いで城を出る準備をした。



 ジスレーヌは毒を盛っていなかった。なのに、俺は彼女たちの言葉を鵜呑みにしてジスレーヌを危険な屋敷に閉じ込めた。


 そんな目に遭っても一切俺を責めようとしなかったジスレーヌのことを思うと、胸が痛みだす。


 すぐにでもジスレーヌを迎えに行こう。行ってちゃんと謝らなければ。


 はやる気持ちを抑え、俺は城を飛び出した。

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