第22話

 鏡をじっと見つめる。見た目はただの鏡にしか見えない。しかしこれはれっきとした魔道具なのだそうだ。


 さっそく鏡に手をかざす。こうすれば魔法によって屋敷の向こうの人物と会話ができるらしい。本当に映るのかと疑いながら鏡を見つめた。


 ぱっと鏡面が光ったかと思うと、この部屋ではない場所が映し出された。古ぼけた屋敷の部屋。裁きの家の内部のようだ。


 部屋の端を動く影が見える。雪のように白く長い髪。飾り気のないドレスから伸びる華奢な手足。鏡に顔を近づけて目を凝らすと、それはまさしくジスレーヌだった。



「ジスレーヌ!」


 思わず呼びかけると、影がぴくりと動く。怯えたようにゆっくりこちらを見たジスレーヌは、目を見開いて驚いた顔をした。そうしてすぐさま駆け寄って来る。


「リュシアン様!? どういうことですか? どうしてリュシアン様が映っているんです!?」


 ジスレーヌはしっぽをぶんぶん振る馬鹿な犬のように、青みがかった銀色の目を輝かせてこちらを見ている。


「はしゃぐな馬鹿。この鏡は魔力を使って遠隔でも会話できる魔道具だそうだ。お前の反省具合を見るために使わせてもらった」


「まぁ、リュシアン様と話せるなんて! あと一ヶ月は顔も見れないし声も聞けないと思っていたのに、嬉しいですわ」


 ジスレーヌはそう言うと、頬を染めて心底嬉しそうにこちらを見つめてきた。いつも通りの態度ではあるが、自分を閉じ込めた者相手にそんな表情をするとは思わず、落ち着かない気分になる。


「世間話をしにきたのではない。監視だ、監視」


「それでも嬉しいです」


 冷たい声で言っても、ジスレーヌはにこにこするばかりだった。


 そちらでの生活はどうなのか聞くと、ジスレーヌは幽霊が出ただの、扉がひとりでに閉まっただの、ふざけたことばかり言っていた。


 大方、怖がり過ぎて神経質になっているだけだろう。呪われた屋敷なんて、ただの噂だ。本来はただ昔に不幸があっただけの、古びた屋敷に過ぎないのだから。


 屋敷でのことも聞き終えたので、通信を切ろうとする。


 なんとなく名残惜しい気がしたが、そんな考えを慌てて振り払った。この女は俺に毒を盛った奴なのだ。



「あ、お待ちください。リュシアン様!」


 ジスレーヌが慌てた声で言う。


「なんだよ」


「その……この通信って今日だけなのでしょうか……?」


「さぁな。またしばらくしたらお前の反省状況を確認するために使うかもしれない」


 そう言うと、ジスレーヌは顔を伏せて複雑そうな顔をした。むっとしてその顔を見る。迷惑だとでもいうのだろうか。


「あ、あの……おこがましいお願いかとは思うのですが、毎日十分間だけ……いえ、五分間だけでいいので私と通信してもらえませんか?」


 ジスレーヌはゆっくり顔を上げながら、躊躇いがちに言う。


「は? 毎日?」


「幽閉されている身で厚かましいのはわかっているんです! けれど、ひと月の間ずっとリュシアン様に会えないのは辛くて……。だめでしょうか」


 ジスレーヌは目を潤ませて尋ねる。


 どうやらジスレーヌも、俺に会えないことが相当応えているらしい。いや、「も」ってなんだよ。ジスレーヌ「は」、俺に会えないことが相当応えているらしい。


 毒を盛った罪人のくせにそんな頼みごとをしてくるなんて、本当に図々しい奴だ。そう思いながらも、心が浮き立っているのは否めなかった。



「自分が頼み事をできる立場だと思っているのか」


「そ、そうですよね……。だめですよね。わかりました……」


 冷たく言うと、ジスレーヌは沈んだ顔になる。俺は続けて言った。


「だめだとは言ってない。罪人の様子を確認する必要もあるし、望み通り五分……いや、十分くらいなら時間を使ってやっても良いぞ」


 なるべく不機嫌な声を意識しながら答えると、ジスレーヌの顔がぱっと輝いた。

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