第9話

 全身が痛み出し、ジョゼフは朝起き上がると苦痛に顔を歪めた。


 体がきしむようであり、言いようのない痛みにジョゼフは前の時間軸の出来事を思い出す。


 呪いが体に戻ってきた時、前もこの痛みを感じたのだ。


 ジョゼフは慌てて立ち上がると鏡の前に走り、そして自分の体にまた呪いが広がっているのを見て愕然とした。


「な、何故……前は、こんなに早くなかった……どうして……」


 鏡に映る自分を見て愕然としたジョゼフはぺたぺたと自分の顔を触り、そしてはっとしたようにエレナのいつもとは違った様子を思い出す。


「エレナ?……エレナ!?」


 がばりと立ち上がったジョゼフは急いで朝の支度を整えると、馬車を用意させてエレナの住む公爵家へと向かわせた。


 嫌な予感が胸の中をぐるぐると渦巻くような感覚に、ジョゼフは焦っていた。


「だ、大丈夫だ。エレナがいれば……アイリーンは牢に閉じ込めてある。大丈夫なはずだ……」


 実のところ、ジョゼフは前の時間軸で事の発端となったアイリーンを内密に地下牢へと閉じ込めていた。アイリーンさえいなければ自分が呪いで苦しむことも、隣国と争うこともなかったはずだ。

 

 ジョゼフは、自分を愛してなどいなかったアイリーンを恨んでいたのだ。


「急げ! 多少揺れてもかまわない! 急いでくれ!」


 馬車を急がせ、ジョゼフは大きく揺れる馬車の中で祈るような気持ちでいた。


 何故こんなにも焦燥感にかられるのか。その時、馬車が公爵家の前につき、ジョゼフは扉から飛び出すように出ると、騎士と共に公爵家の門をたたいた。


 だが、いつもは門の前にいるはずの門番がいない。


 日が昇る前からいつもは作業しているはずの庭師の姿もない。


 嫌な予感が心臓を煩く鳴らし、ジョゼフは騎士に命じて門を開けるように伝えると公爵家へと向かった。


「誰か! 誰かいないのか!」


 声を荒げるも返答はなく、ジョゼフは騎士に命じて入り口をこじ開け、扉から中に入って愕然とした。


 誰も人がいない。


「こ……これは……こ、公爵家の者を探せ! いや、誰でもいい! 使用人でもいいから見つけろ!」


 騎士達も困惑しているが、ジョゼフの命令によって屋敷の中を走りまわって人を探す。けれど屋敷の中にはだれもおらず、お手上げ状態である。


「殿下……一度城へと戻り国王陛下へとお伝えするべきでは……?」


 騎士の言葉にジョゼフは呆然としながらもうなずく。


「わ、私は城へ一度帰る……二人だけ私についてこい。残りの騎士のうち半分は町を捜索し、使用人でもいいから探せ。後の半分は……アーティスト王国へ向かえ! アーティスト王国にいるかもしれない」


 騎士たちはジョゼフの言葉に疑問を抱きながらもうなずき、命じられたとおりに行動を開始する。


 ただし、アーティスト王国へ向かえという指示は出されても、国境を超えることは無理であろう。国境を超えるためにはアーティスト王国側の許可が必要になるはずだ。


 それが分からないジョゼフではないであろうにと騎士は思いながらも馬を走らせたのであった。

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