第44話 柳先生の結婚式
夏休み中。私たち世治会メンバーは、柳先生の結婚式に出席することになった。
胸焼けしそうなほど、檀上の新郎新婦は幸せそうだった。
あれが結婚か、ちょっと羨ましいかも。とくに柳先生のウェディングドレス姿は、満開の桜みたいに綺麗であり、私も同じやつを着てみたいなと思った。
さて肝心の式だが、豪華な食事を楽しみながら、滞りなく進み、新郎新婦が各テーブルをあいさつ回りする段階になった。
ご両家の親族に挨拶してから、職場の関係者に挨拶していく。
当然、うちの女子校の校長もいた。
「柳さん、あなたが結婚するなんて、本当におめでたい!」
校長先生は、女子プロレスラーみたいな手で、柳先生と力強く握手した。
結婚式のお祝いというより、試合の健闘を称えるような握手だった。場違いな握手だからこそ、校長先生の心意気が読み取れた。
結婚による幸せパワーを使って、教職員として成長してほしいようだ。
そんな上司の心意気を読み解けたからこそ、なぜ校長先生が、柳先生に保健室の幽霊を調査するように命じたのかも理解できた。
精神的な成長をうながすためだ。
その狙いは、保健室ではなく、渋谷という迂回路を経由することで成功した。
柳先生も、渋谷遠征による精神的な成長を自覚しているため、私たちのテーブルで、こんな挨拶をした。
「世治会メンバーにお礼を言いたいわ。みんなと一緒に渋谷にいったおかげで、恋愛関係の世間知らずを克服して、結婚までたどりつけたから」
地元である千葉から一歩も出ようとしなかった大人が、幽霊騒動をきっかけに、東京という名の外の世界に出向いた。
そこで生まれた縁により、念願の結婚まで繋がったのだ。やはり人間というのは、新しい道を切りだすことにより、なにかしらの発見がある生き物なんだろう。
私だって人間なんだから、新しい道を切りだせば、いまよりまともなやつになれるはずだ。
私は、結婚式場なのに、進路希望調査票を提出した。
「柳先生。私、教育学部に進学希望します。もし第一志望に落ちても、第二志望、第三志望の教育学部に進学します。柳先生みたいに、母校の教師になりたいから」
教員免許さえ獲得できれば、母校の教師になれる。だから第一志望の大学に落ちても、第二志望や第三志望に進学すればいい。
さすがにすべての大学に落ちたら浪人するしかないが、第一志望以外の大学を蹴るという選択肢は消えていた。
だからといって、第一志望の千葉大学を軽視するわけではない。
となれば、世治会で内申点は稼いでおきたいし、新しい目的意識も芽生えていた。
シカコだって、真奈美ちゃんだって、彩音ちゃんだって、柳先生だって、そして私ですら、世治会で活動したから人生が一歩前に進んだ。
きっとこの経験が、母校の教師になったとき、生徒指導で役に立つはずだ。
そんな私の決意を、調査票の形で受け取って、柳先生は大笑いした。
「大変な仕事よ、結婚遅れるし」
「それでもやってみたいんです」
「そうね、サカミさんなら、きっと夢が叶うはず。職員室で待ってるわ、先輩の教師として」
こうして結婚式は、ついに大団円を迎えた。
新郎新婦が退場していくとき、どこからともなく温かい光が降りてきた。
平成の香りを感じる温かい光であった。
だが温かい光は、卒業式のときほど激しい動きをしないし、強いメッセージも発信しない。
おそらくもうすでに成仏した魂だから、現世に干渉するのが難しいんだろう。それでも彼女は、お祝いせずにはいられなかった。
だって大切な友達の結婚式だから。
新郎新婦は、ただならぬ気配に気づいたらしく、そーっと頭上を見上げた。
温かい光は、まるで結婚おめでとうと言わんばかりに、一際強く輝いてから、しゃぼん玉のように弾けて消えた。
柳先生は、平成ギャルみたいな古臭いポージングをきめると、空に向かって叫んだ。
「わたしたち、すっごく幸せよ!」
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