私たちが通う千葉市の女子校は世間知らずが多いんだけど、なぜか私たち三角&四角コンビが彼女たちの世間知らずを治すことになった。でも私たちだって完璧超人じゃないので七転八倒の大騒ぎ
第31話 いざ渋谷遠征……なんだけど、すっごく不安
第31話 いざ渋谷遠征……なんだけど、すっごく不安
土曜日。幽霊騒動を解決するために、電車で都内に向かう日だ。
私は、かなり緊張していた。これまでの遠征と違って、私自身が未体験の土地だからだ。
私が体験したことがあるのは、津田沼駅までだ。ここにある予備校が、受験の模試会場だからである。
だが都内に向かう際に問題が発生するのは、津田沼駅から先だ。
路線図が複雑になるのだ。
JR線だけでも乗り換えが難しいのに、私鉄各社が接続されているため、路線図がタコ足配線みたいに入り組んでいた。
とてもではないが、初心者向けではない。
私は、千葉駅に集合した世治会メンバーに、号令を出した。
「寄らば文殊の知恵というわけで、みんなで協力して渋谷に向かいましょう。でもその前に一つ聞きたいんだけど……幽霊の吉川さん、本当にその格好で、外を歩くつもりなのね?」
幽霊の吉川さんは、平成ギャルの着崩し方で、うちの女子校の制服を着ていた。
あくまで肉体は柳先生だから、事情を知らない第三者から見れば、『アダルトなビデオに出演している三十代の熟女系女優さんが、メイクと衣装で女子校生と言い張るアレ』になるわけだ。
その証拠に、柳先生と同年代のサラリーマンが「おれの学生時代に流行した格好を、おれと同い年ぐらいの女性が……もしかしてアレの撮影とか」と驚愕していた。
なお彼だけではなく、少なくない数の人が『あの年齢の女性が、あの格好を、駅で?』みたいな目をしていた。
そりゃあ誰だって驚くわよ、客観的には痛々しい格好だもの。申し訳ないけど、一緒にいる私たちですら恥ずかしいぐらいだ。
なんなら意識の残っている柳先生だって、ほんのり泣きそうだった。
「恥ずかしくて死んじゃいそう、なんで三十代になって平成ギャルの格好をしなきゃいけないの……これはコスプレとは違う角度よ……」
うん、まぁ、かわいそうに……でも学生時代の友達のために我慢しているんだろう。柳先生には優しいところがあるみたいだ。
ちなみに吉川さんは、まるで恥ずかしいと思っていないらしく、きゃるんっと古臭いポージングをした。
『だってあたしの時代は、この格好が最先端だったし。むしろこのまま渋谷に突撃するしかないっしょって感じみたいな』
もしかしたら吉川さんが当時の言葉を使うんじゃないかと思って、平成レトロをネットで予習しておいた。
『感じみたいな』は、平成時代に流行したギャル言葉らしい。
なんて古臭い言葉だろうか。
と思ったものの、吉川さんは二十年前に亡くなっていて、そのときの意識が継続しているんだから、ある意味必然の言葉遣いだった。
たとえ痛々しい言動であっても、平成ギャルの吉川さんが、気分よく成仏するためには、現代人の私たちが我慢するしかない。
平成レトロの加齢臭を、さらっと受け流しつつ、渋谷行きの切符を購入することになった。
私、シカコ、彩音ちゃんは、通学用の定期券にチャージすればいい。
真奈美ちゃんと、吉川さんは、切符を買わないといけない。
真奈美ちゃんは、以前ほどではないにせよ、ぴんっと張った糸みたいに緊張していた。
「うーん、路線図を見た感じ、渋谷って遠いですぅ。それに乗り換えが複雑すぎて、目が回りそうですぅ」
そう、都内は乗り換えが複雑すぎるのだ。もはや謎解きといってもいいだろう。
いくら私が、昨晩のうちにネットを使って、乗り換え案内を調べておいても、本番で成功するビジョンが浮かんでこない。
頭に描いた乗り換え情報と、実際の駅構内の情報が、微妙に噛み合わないせいだ。
こんな調子じゃ、乗り換えを失敗するかもしれない。
でも失敗を恐れていたら、一歩も前に進めなくなる。
「出発しましょう。みんなで力をあわせれば、きっと渋谷にたどりつけるはず」
私たちは、定期券にチャージ&切符を揃えると、改札口を通過した。
吉川さんが、千葉駅の設備に注目した。
『なんかさ、千葉駅が豪華になってない? あたしの知ってる千葉駅って、もっと地味な色使いで、もっと狭かったんだけど』
このあたりの事情に詳しいのは、日常的な利用客である私とシカコだ。
とくにシカコは、週の土日休みで牧場に行くことがあるため、私より詳しい。
「耐震性を高めるついでに、大型改装したんだよ。ちなみに改装中は大変だったんだぜ。正面入り口は使えなかったし、エキナカの店舗も閉じてたし、予備の通路はせまかったし、工事の音がうるさいし」
『へー、それで見た目が違うんだ。なんかキラキラしてて、千葉っぽくないかも』
千葉っぽくないか。まぁ気持ちはわかる。こんなシャンデリアの似合いそうなデザインは、千葉にしては豪華すぎるのだ。
真奈美ちゃんは、千葉っぽさにこだわりがあるらしく、千葉駅の匂いを嗅いだ。
「見た目は千葉っぽくないかもしれませんが、匂いは間違いなく千葉ですよ。わたしみたいな怖がりは、新しい場所にいったとき、地元の町と同じ匂いがすると、安心します」
街の匂い。私はまるで意識していなかったけど、そういう視点もアリだろう。
彩音ちゃんも、千葉っぽさの話題に乗っかった。
「ユニークな視点だね。実際ボクの地元である船橋に、この匂いはないから」
たしかに船橋みたいな工業地帯だと、この匂いはないかもしれない。
私も、この話題に乗っかってみた。
「住宅地の生活臭と、稲毛の浜から流れてくる磯臭さが混じったら、こういう匂いになるのかも。千葉駅から西千葉駅の間ぐらいって、コインランドリーっぽい匂いがするし」
柳先生が表に出てきて、ぽんっと手を叩いた。
「そう、それ! コインランドリーの匂い! わたしが女子校生だった時代だと、この匂いがもっと強かったの。不思議なものよね、地元の匂いって」
たとえ駅を改装しても、地元の匂いは変わらないのかもしれない。
千葉市、それは都会と田舎の雰囲気をちょうどいい塩梅で維持した、不思議な土地だ。
そんな居心地のいい地方都市から、完全無欠の都心へ遠征するとなれば、下調べが大切だ。
私はスマートフォンの画像フォルダを表示して、乗り換えポイントを暗唱した。
秋葉原駅で乗り換え、秋葉原駅で乗り換え。
千葉駅に集合した直後に、寄らば文殊の知恵と私はいったが、あれは建前の要素が強かった。
世治会メンバーの問題児っぷりを見ればわかるように、今日みたいな日は私がなんとかしないと、十中八九、道に迷うことになる。
常識的に考えれば、大人である柳先生を頼ったほうがいいんだろう。でも彼女は方向音痴だから、絶対に頼ってはいけない。
だが本日の柳先生は、一味違った。
「先生、方向音痴だから、役に立てないかもしれない。でも今日だけは、先生も手伝ったほうがよさそう。だってサカミさんが、すごく緊張してるみたいだから」
私は、素直に驚いた。いつもは頼りない柳先生が、生徒の苦手意識に気づいたからだ。
「柳先生、珍しく鋭いですね」
「先生が鋭いっていうよりも、いつも自信であふれてるサカミさんが、すごく不安そうに路線図を見上げてたから、気づいちゃっただけね」
柳先生は謙遜しているが、私の緊張に気づいているのは、柳先生だけだ。
相棒のシカコですら、私の心が弱っていることに気づいていない。渋谷に遠征するのが楽しみすぎて、心ここにあらずの状態だからだ。
「失礼ながら、柳先生にも、立派な先生の一面があったんですね」
私が率直に褒めたら、柳先生はブイサインを出した。
「そりゃあるわよ。これでも結構長い間、先生をやってきたからね。生徒の悩みぐらいは読み取れるようにならないと」
どうやら柳先生なりに、私を支えてくれるようだ。ただし方向音痴ゆえに、電車の乗り換えの相談相手にはなりえない。あくまで心の支えである。
この心理的な効果は、私のメンタルよりも、世治会メンバーの結束を強めた。
シカコが、柳先生に向かって、ぐっと親指を立てた。
「渋谷遠征で失敗するかもしれないけど、くよくよしないで、みんなで支え合おうぜ」
真奈美ちゃんは、スマートフォンのメモ機能を起動した。
「みなさんには、余計なアドバイスかもしれませんが、失敗はメモしたほうがいいですぅ。わたしはいつもそうしていますぅ。同じミスを繰り返さないか、不安なので」
彩音ちゃんは、自分の足をばしんっと叩いた。
「もし旅先で、誰かが疲れて歩けなくなったら、ボクがおんぶしてあげるよ。体力には自信があるからね」
世治会メンバーたちが、柳先生の発言をきっかけに、団結した。
もし人望のない先生であれば、こんな効果は生み出せないだろう。
でも柳先生には、人望があった。
いくつもの失敗をしてきた担任だが、しかし生徒を指導するうえで大切な部分は譲らない人だったから。
こういう先生も、アリかなぁ。
そう思ったことで、私は自分の内面に、さざなみが起きたことに気づく。
どうやら私の価値観のなかには、確固たる大人像がないらしい。
私は、どんな大人になりたいんだろうか?
おそらくだが、理想の大人像が固まっていないせいで、私は大学受験が終わったあとのことを想像できないんだろう。
もしかしたら、生まれて初めて上京することで、理想の大人像を発見できるかもしれない。
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