第23話 牧場とシカコのおじいちゃん(やっぱり髪型はブロッコリー)

 私たちは、目的の停留所で下車した。


 ザ・田舎である。


 千葉市は内陸部に進むと、山と田畑と牧場だらけになる。主要路線であるJR総武線沿いだけが発展していて、それ以外は都市化していないからだ。


 私は総武線沿いの町で育ったから、都市化した風景に馴染んでいるんだけど、内陸部にある田舎の風景も結構好きだった。


 たぶん、小学校時代の友達と遊ぶイメージと重なっているから、第二の故郷みたいな感覚になっているんだろう。


 うちの両親いわく『千葉市は都市と田舎の中間地点にある』だそうだ。


 なんとなくわかる評価だった。東京の人たちより洗練されてないけど、でも他の地方都市より発展している、実に中途半端な立ち位置なのだ。


 まぁその中途半端なところが、千葉市のいいところなんだけどね。


 千葉市特有の風土に触れたあとは、ババ抜きで負けた代償を払わないといけない。


 私は、停留所近くにある自動販売機で、みんなのジュースを購入した。


「みんな、ウーロン茶でいいでしょ。毎回砂糖入りの飲み物だと、太っちゃうし」


 シカコは、映画の悪役みたいにニヤついた。


「サカミは太りやすいもんな。ちょっと甘いお菓子とかジュースを飲みすぎると、ウエストがきつくなる」


 うるさいなぁ、ほっといてよ。受験勉強のストレスには、甘いものが必要なの。


 真奈美ちゃんは、頬に手を当てながら、ウーロン茶を受け取った。


「わたし、そこまで炭酸が得意じゃないので、むしろウーロン茶がいいですね」


 そういわれてみれば、真奈美ちゃんが炭酸ジュースを飲んでいるところを見たことがない。


 知識としては知っていたが、炭酸が苦手な人って、本当にいるのね。


 彩音ちゃんは、すでにウーロン茶をがぶ飲みしていた。


「ボクは冷たい飲み物なら、なんでも好きだよ。真冬の屋外でも冷たいやつを飲むからね」


 さすがスポーツ少女、基本的に体温高めだ。


 でも真冬の屋外で冷たい飲み物は、ちょっと真似したくないかも。


 ちなみに私は、夏でも温かい飲み物を優先することが多い。冷えた飲み物ばかりだと、お腹を壊しちゃうからね。


「ねぇ、シカコの牧場って、どれぐらい歩けばつくの?」


 私がウーロン茶を飲みながら質問すれば、シカコはペットボトルを真横に振った。


「もう隣に見えてるだろ。入口がちょっと遠いだけだ」


 どうやら私たちの視界にある牧草地は、すべて牧場の敷地らしい。


 へー、やっぱり広い土地を使って、牛さんを育てているのね。北海道ほどじゃないにせよ、千葉県も面積が広いから、牧畜が盛んなのかもしれない。


 なんて具合に考察を続けていたら、あっという間に牧場の入り口にたどりついた。


「牧場って、独特の匂いがするのね」


 動物の糞尿の匂いと、餌の香ばしい匂いと、湿った土の香り。それらが嵐のように混ざって、田舎の風に乗っていた。


 都市部に住んでいる人間の感覚でいえば『臭い』だろう。


 だが人類は牛さんの恩恵を受けて栄養を確保しているんだから、軽々しく使っていい言葉ではない。


 実際、牧場の跡継ぎであるシカコは、これまで見たことがないぐらい真面目な顔で、こういった。


「別に説教臭いことをいうつもりはないけどさ、そのうち慣れるよ」


 そう、なにごとも慣れの問題だ。


 牧畜は人類に必要な仕事であり、私も恩恵を受けている。それがすべてであり、他の情報はすべて夾雑物だ。


 匂いの問題が解決すれば、いよいよ牧場に入場だ。


 なお牧場に入る前に、いくつか手続きが必要だった。とくに消毒だ。


 私たちは部外者だから、生育している牛さんたちが、感染症にかからないように、気をつけないといけなかった。


 消毒作業を手順通りに実行してから、牧場側が用意してくれた作業着に着替えた。


 私は、まったく似合っていない。衣装に着られている感じだ。うん、しょうがないね、勉強しか取り柄がないし。


 シカコは、牧場を継ぐだけあって、完璧に着こなしていた。


「みんな、草食動物は大きな音とか素早い動きが苦手だから、慌てず騒がず仕事するんだぞ」


 あのいい加減なシカコが、牧場の仕事だけは、クソ真面目だった。さすがに後継者だけある。なんかちょっとかっこいいかも。


 さて真奈美ちゃんの作業服姿だけど、良くも悪くも似合っていなかった。


 真奈美ちゃんはうちのクラスで一番かわいいから、そんな子が作業服を着ても、アイドルが牧場でロケをやっているようにしか見えないのだ。


 もちろんそれは他人の感想でしかなくて、真奈美ちゃんは牧場体験に真剣だった。


「新しいことに挑戦するのは、不安だらけですぅ。でも、怖がりを克服するために、がんばって牧場体験しますぅ」


 強くなったね、真奈美ちゃん。私だって見習わなきゃ。


 強いといえば、馬鹿力の彩音ちゃんだ。彼女も作業服を着たわけだが、さすがに筋肉質だけあって、ホームセンターのモデルみたいに似合っていた。


「畜産業のスタイルもいいじゃないか。旋盤加工とは一味違う感じがして」


 この発言に関して、気になることがあったので、彩音ちゃんに質問した。


「実家の工場のお仕事って、もう手伝ってるの?」


「ボクは手伝いたいんだけど、馬鹿力で機材を壊されるのが怖いらしくて、荷物運びしか手伝わせてもらえないんだよね」


 それもそうね、弱点を克服してからでないと、危なっかしいもんね。リミッターを身に着けるために、牛さんのお世話をがんばりましょう。


 さて、現在の牧場の主である、シカコのおじいさんがやってきた。背は低くて、頭のくせ毛はかなり強烈で、ブロッコリーみたいに爆発していた。


「ワシは千葉県生まれの千葉県育ち。プロ野球の球団はマリーンズしか認めん」


 見た目も発言も、いかにもシカコのおじいさんという感じだった。


 なお私とシカコと真奈美ちゃんは、そこまでプロ野球に詳しいわけじゃないため、野球談義を聞き流すしかない。


 だが彩音ちゃんは、スポーツ少女だけあって、プロ野球に詳しかった。


「ボクは、今のマリーンズも、昔のマリーンズも好きだけど、歴代の動画をチェックした感じ、サブマリン投法の彼が好きだよ」


「渡辺じゃな! いやぁ、とんでもないアンダースローを投げる男じゃった。しかし、あいつが引退してから、結構な時間がたってしまったのぉ。次世代のマリーンズは大丈夫じゃろうか。せめてこのジジイが寿命を迎える前に優勝してほしいのぉ」


 野球談議が長引きそうになったら、シカコが、おじいさんの腕をぐいぐい引っ張った。


「野球談議が長すぎるんだよ。いつもばあちゃんに嫌がられてるだろ」


 どうやらシカコのおばあさんも、野球談議は苦手らしい。まぁ、しょうがないよね、興味のないものには時間を割けないもの。


 しかしシカコのおじいさんは、まだちょっと粘った。


「そんなに怒らんでもいいじゃろ。野球談議のできるやつが周囲におらんから、ようやく見つけた逸材と語りたくなっただけじゃよ」


 どうやらおじいさんの友達や、その他の親族も、みんな野球に興味がないらしい。


 まぁ、そういう時代よね。もっと大昔は、誰もかれもが野球の話をしていたらしいけど。


 そんな現代であっても、彩音ちゃんは心が温かいので、おじいさんにウインクした。


「野球談議であれば、ボクはいつでも大歓迎さ」


 おお、なんて優しい返し方。


 こういうリップサービス込みの気遣いは、私にはできない。だって相手が真に受けて、マシンガントークをぶっ放してこられたら、困っちゃうじゃない?


 いや、むしろ心の温かい彩音ちゃんのことだから、たとえ相手が真に受けたとしても、野球談議を引き受けるつもりだったのかもしれない。


 おじいさんだって、こんなに優しくしてもらえるとは思わなかったらしく、児童みたいに目を輝かせていた。


「良い子じゃな、この背の高い子は。よし、今日は思う存分、牛の世話を体験させてやろう」


 彩音ちゃんの気遣いのおかげで、牧場主であるおじいさんは俄然やる気になった。


 牧場主を味方につけられたなら、私たちの牧場体験は、たいへん意義のあるものになるだろう。


 ありがとう、彩音ちゃん。やっぱりあなたは、良い子よ。だからこそ、リミッターを覚えられたら、いま以上に人生が好転するはず。

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