第28話 賢者、勇者のひとりに会う。 : 11

おまけに慈善事業として商会自体に注目が集まるとあって、目敏い貴族たちもまた名乗りを上げてきたが、さすがにそちらは「今までお抱え娼婦として少女を買っていたくせに今さら」と当然のように断る。

たとえそれが慈善事業ばかりしてきた家だとしても──というか、逆にそんな態度を取られてもめげずに申し込みに来、なおかつ使用人からも『うちに間違いはないからぜひに』と頭を下げられてから改めて話の席に着くという面倒くさいことをしてふるいにかけた。

「……この人なら大丈夫だよ。引き取りに来たのはこの奥さんと執事、それから『女中頭』って言われてる人だった。年に1回だけど孤児院にお土産持って帰ってくるにいちゃんやねえちゃんを見たことがある」

こっそりとリアムが囁いて教えてくれた。

夫婦揃って私やギルドマスターの前に座る伯爵夫妻は、今までにない真剣な表情でこちらを見ている。

「この市にある屋敷では限られた人数しか雇えない。だから数年に1度だけ孤児院から斡旋してもらっていたのだが……」

「まさか小さな子供たちが……」

「私たちは子供ができませんでした。家督を継ぐ者は他家から養子を入れていますが、できればもっと子供たちの面倒を看たい!」

「ですから……こちらでお持ちの孤児院をひとつ……できればふたつ、職業訓練校も併せて引き受けさせてもらいたいのです」

聞けば伯爵の領地にはすでに『学校』という組織が長く運営されており、子供たちを育てる環境や資金面で心配はないらしい。

しかも先ほど口にした『職業訓練校』ではないが、『人に物を教えるのが得意』というふたりは、貴族というより教鞭も取ることがあったのだという。

「……何ですか、こんないい人材がいたのに!バカですか?!この町の領主は!!」

「やっぱりそう、思うよなぁ……」

苦々し気にギルドマスターが頭を掻いた。

「アハハ…お褒めいただいて何よりです」

「ふふ……直系の血筋は私で終わってしまうのですが……いえ、家督を継ぐ子は私の弟ですから、まだ続きますが……爵位を直接は渡せないのですが……きっと、大祖母様おおおばあさまも喜んでくれますわ」

そういう伯爵夫人が差し出した物──それは、何だか見慣れた──?

パチン、と軽快な音を立てて開かれたロケットの中身に、私は思わず固まった。

「ロザリア・フェニー・クラランス……女性教育の第一人者であるクラランス子爵夫人。私の曾祖母に当たりますの」

見間違うはずもない──そこには歴代の邸に飾られた『私』の横顔を彫ったカメオが収められていた。



あまり裕福ではないが歴史だけはあった子爵家に嫁いだ私は、特に何かを成したというわけではない。

だが若い男たちが出稼ぎに出てしまう田舎村では、残された妻たちが家を、畑を守り、子供を育てていた。

育てていた子が大きくなれば母の手から鋤を受け継いだが、その後に学のない女性は口伝えに聞き覚えた子守歌や童話を口ずさみながら子守りをするしかなかったのである。

それはいずれ子爵家の家政を取り締まり、そして夫となるデヴィエン・ルグナ・クラランスの祖父が傾けてしまった財政を立て直すため、家庭教師から教育を受けていた私にとっては、愚かな男尊女卑の世界でしかなかった。

先を思い悩む若い人は男女問わず村を離れてしまうことから思いついたのが、『男女共学の学校を建てる』ことである。

「女に政治や経済はわからない」

そう言って私にわざと輸入出品の相互関税に関する問題点などを吹っかけてきた男性の教授は、それを家政から我が領地の問題へと組み替え、理解し、その内容を発展させた解決策を認めた羊皮紙を見て、最初は誰か家の男性に肩代わりさせたのだろうと叱った。

しかし私にいた男兄弟は10歳も年下の当時3歳のアンディスだけ。

父も領地にいたが、女である私に教育を授けた後は経営問題の解決に駆けずり回って、特に気にもしていなかった。

しかし徹底的に私を貶めたいと考えた教授が、不正の証だと持ち込んだその羊皮紙の束を見るや、父は私を呼んで事の発端からこの考えに到るまでを問い質した末、逆にその教授を追い出してしまったのである。

「母上に家政を学びなさい。政治についての理解は弱いが、経済に関しては執事頭がより詳しく教えてくれるだろう。お前なりの改善点を見出し、報告するように」

そう言った父は私が嫁ぐまでともに馬を駆って領地を見回り、父なりに発展させた領地の諸々を教えてくれた。

「お前が嫁ぐのは、我が領地よりももっと貧しい。かといって過剰に援助できるほど、我が家に余裕があるわけではない。だからこそ、女だからと言われて侮られるな。女だからこそ取れる手腕を持って、お前自身の未来を明るくしなさい」

その言葉があったからこそ、私はまず女が物の価値を知り、数字を知り、俯瞰的に物事を見ることを教えた。

それが次代に繋がると信じて──


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