第三十四話 再会【前編】
ルーヴェンハイトの城前にある広場には人が大勢集まっていた。
城に向かって列ができている。
「はい、今日一日分です」
「有難う」
なつのは痩せ細った日本人女性に食料の詰め込まれた袋を渡した。
これは楪がシウテクトリより移住させてくれた日本人への配給だ。各自が自給自足で暮らせるようになるまでは、国全体で協力して配給を行っている。
当初は食料不足と水不足が懸念された。だが楪は指をくるっと回して畑を作り、海から水を引いて巨大な貯水庫まで作ってくれたのだ。さらには住居となる木材や石の用意までしてくれた。
しかし植物を急成長させたり建物を作ることはできないようだった。何でも楪自身がその構造を理解していなければできないらしい。
けれどイエダは食料が豊富なようで、毎日食料を瞬間移動で届けてくれる。おかげでルーヴェンハイトで食料を保管する必要もない。
(結局、全部楪様が助けてくれてるのよね)
高木が消えたあの後、なつのは篠宮に支えられ何とか楪の元へ戻った。
しかし今から大量虐殺が始まるのかと思うとめまいがして倒れてしまい、目が覚めるとルーヴェンハイトの自室に戻っていた。
けれど楪は更地にすることはしなかったらしい。これにはルイもノアも、マルミューラドも驚いていた。おそらく彼らはシウテクトリの地球人は害悪で、滅するべきという判断だったのだろう。
それでも楪は配給の準備までを提案し実行してくれた。シウテクトリにもまだ地球人は残っていて、そこで農業ができるよう助けてくれているらしい。ルイはため息を吐いていたが、まあいっか、とけらけら笑っていた。
(……でも高木さんと矢田さんはもういない。神隠しも終わってない)
高木がいなくなり、高木が開発したプログラムも消えた。
それでもどういうわけか地球人がこちらへやって来ることは無くならなかったのだ。篠宮が言うには、そもそも世界間移動をしてしまう原因は別にあり、それを根絶しなければ終わらないだろうということだった。
けれどその解消に着手するほどの元気はなかった。篠宮も落ち込んでいることが多かったが、支えてくれたのは朝倉だった。
ここに来て一年くらいはこういう浮き沈みがあるよ、と苦笑いを浮かべていた。
(朝倉君が調査から離脱したのは、きっとこうなることが分かってたからなんだ。この世界は地球に似てるところもあるけど、やっぱり私たちの世界じゃない)
朝倉は居酒屋で一緒に働くことを提案してくれたが、なつのは楪の配給を手伝うことにした。
せめてこの世界を恐れている地球人に落ち着いた生活を提供してあげたかったのだ。
そしてなつのがようやく立ち直ったころ、篠宮は既に働き始めていた。楪にシウテクトリとの往復を頼み、高木の作ったシステムを利用して生活の向上に取り組んでいるのだ。
これの解析には楪も手を貸してくれたが、どの魔法陣もどういう仕組みになっているかは分からなくて難航しているらしい。
(高木さんの魔法科学は楪様を超えたんだ。それが私たちの新しい世界を作る)
地球人もルーヴェンハイト人も、どんどん良くなる生活に感動の日々だった。
誰もが「篠宮は凄い」と褒め称えた。けれどその度に篠宮は「これを作ったのは高木祐介という日本人だ」と話していた。
篠宮は「偉人が偉人になるのは死後その功績を称えられるからだ」と言っていた。自分は誰にも認められていないと思ったまま消えてしまった高木への弔いなのだろう。
(私も頑張ろう。開発はできないけど、何をするか考えることはできる)
なつのは配給を受けている人を不安にさせないよう、にっこりと明るい笑顔を作った。
そうして何時間にも及ぶ朝の配給が終わった頃、篠宮が大慌てでやって来た。
「向坂!」
「どうしたんですか?」
「ちょっと来てくれ。また地球人が来た」
「またですか。最近多いですね」
篠宮が向かったのは医療団だった。
現在、医療団は幾つかの役割を兼ねている。ルーヴェンハイトに来た地球人はまず医療団で診察を受け、この世界について説明を受ける。
同時に住民登録も行う。どれだけの配給が必要かの把握と、技能に応じて仕事を提案するためだ。大工や農家の者は即戦力になり、人材育成をすることで生活土台を築くこともできた。
しかし今日やって来たのは意外な人物だった。
「北島さん!?」
「なつのちゃん!」
そこにいたのは、なつのと篠宮がこちらへ来た直前まで共にデバッグをしていた先輩社員だった。
「なつのちゃんと篠宮さんも無事だったんだね。二人で失踪したって、結構な事件になってたんだよ」
「そりゃそうだよな」
あそこに残っていたのは怪死死体だけだろう。
「しっかしこうも立て続けに死亡者が出るなんて、あのオフィス呪われてるわよね」
「やっぱり向こうじゃ死亡扱いなんですか、私たち」
「じゃなくて高木さん。遺体で見つかったんだよ」
「……え?」
なつのと篠宮はびくっと震えた。
「高木さんって、あの、俺らの上司だった高木さんか?」
「そうですよ。あと矢田さんも。二人とも海から打ち上げられてたって。それもスーツで!」
「スーツ? じゃあ五体満足でか? 手足千切れてたとか」
「気持ち悪いこと言わないで下さいよ。溺死ですって」
「身体はあったんだな」
「当り前じゃないですか」
なつのはかくんと膝が折れ床に座り込んだ。
「向坂!」
「本当に、帰ってたの……」
「向坂……」
「……どこかで期待してたんです。無事に帰って、なんなら異世界の証明までしちゃって、また戻って来るって……」
じわりと涙が浮かんで視界が揺れた。
広場からわあわあと叫び声が上がる。どうやらシウテクトリの地球人にとって救世主の楪がやって来たようだ。
「あの時……楪様を止めなければよかったんでしょうか……」
「違う。それじゃあ全員死んでた」
「けど楪様は結局殺さなかった……」
「結果論だ。何もしなければ今これだけの人が助かることは無かった」
「けど……もっと慎重にやってたら高木さんだって無理に帰ろうとはしなかった……」
「向坂!」
「私、私があの時、余計なこと言わなければ」
「なつの!」
篠宮に勢いよく手を引かれ、強く抱きしめられた。
「お前のせいじゃない」
「……っ」
ぽたぽたと涙が落ち、なつのは声を上げて泣いた。
その悲痛な叫びは医療団に来ていた地球人を驚かせてしまっている。
「向坂。部屋に戻ろう。北島は診察受けろよ」
「あ、ああ、はい」
なつのは篠宮に抱きかかえられるようにして何とか歩いた。
もう何をすればいいのか、何も考えることはできなくなってしまった。
「どうしたの?」
「……楪様……」
「具合悪いの? 部屋まで飛ぶ?」
「飛ぶ……」
楪はどの程度の距離でも瞬間移動で一瞬だ。重い体を引きずって歩く必要なんてない。
「……瞬間移動って、大変じゃないんですか……?」
「これはそんなに。まあ移動先の座標が分からないと駄目だけどね」
「座標……座標させ分かれば世界間移動も難しくありませんか……」
「向坂」
「簡単じゃないけど無理ではないよ。ただ地球へは時間軸と場所軸の調整があるからちょっと大変かな」
「それができたら、それは凄いことですか」
「凄いなんてもんじゃないよ」
楪はくるっと指を回した。すると突然ぶわっと大量の文字が宙に浮き出て輝き始める。
それは視界全てに広がっていて果ては見えない。
「こ、これ、魔法陣?」
「船の瞬間移動術式を可視化したものだよ。これを全部書けるようにならなきゃ瞬間移動はできない」
「ど、どこまで広がってるんですか」
「この世界を三周くらい」
「え!?」
「これくらいの文字数が必要。けど人間の移動はこれの百倍は必要なんだ。無機物は生命維持をしなくていいけど、人間は肉体や内臓機能を保持する術式も別途必要になる。そこに時間軸と場所軸まで合わせるから、百倍以上は魔法陣が必要だね」
「楪様はこの文字を覚えてるんですか?」
「これは君達に合わせて文字に変換しただけ。僕ら魔術師は血液さえあればこれをクリアできるんだ。仕組なんて知らないよ」
「仕組なんて、知らない……?」
「歩き方説明しろって言われても分からないでしょ? そういうことだよ」
「それができたら……それは、凄いことですか……」
「だから凄いって。もう偉業だよ。僕だってそんなのできない」
なつのはずるりと篠宮に縋りながら地べたに座り込んだ。
篠宮は何も言わず、ただ苦しそうな顔をして抱きしめてくれる。
「高木さんは天才だったんだ……」
「違う。偉人だ」
「っ……死んだあとじゃ遅いよ……!」
「……そうだな」
なつのの目からぼろぼろと涙がこぼれた。
篠宮に縋りつくことしかできずにいたが、楪は一人きょとんと首を傾げている。
「え? 君らが落ち込んでるのってそれ?」
「……それ? それってなんですか! 人が死んだんですよ!」
「向坂」
「なんだ。それなら最初からそう言ってよ」
「は」
楪がまた面倒くさそうな顔をして、なつのはカッとなり掴みかかろうとした。
その時だった。
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