第二十六話 異世界
船が降って来て誰もが衝撃で腰を抜かす――かと思いきやそんなことは無かった。
この世界の人間は「まあすごい」程度のリアクションで、すぐに立食パーティが開始された。女性陣は皇子三人とマルミューラドを囲みはしゃぎ始める。呆然としているのは地球人だけだ。
「この状況でパーティ楽しめる図太さが羨ましいですよ……」
「船より男なんだろ」
「平和でよーござんすね!」
なつのは大きなため息を吐いた。
ルイと楪に話を聞こうと思ったのに、ルイはどうやら女好きのようで率先して女性に囲まれに行ってしまった。楪は真逆で女嫌いらしく、船を出したら瞬間移動でどこかへ行ってしまった。
話をするどころか顔を見ることすらろくにできず、なつのはぶうっと不貞腐れた。
きっと篠宮もそうだろうと思ったけれど、出てきたのは意外な言葉だった。
「お前も平和に暮らしてていいんだぞ」
「はい?」
「お前は楽しく生活してればいい。帰る方法は俺が探してや」
「は~~~~~~!?」
「……何」
「何寝ぼけたこと言ってんですか! ヴァーレンハイトとシウテクトリぶっ潰すのに男漁りしてられますかっての!」
「お前がそんな危ないことする必要ないって言ってるんだよ」
「危ないのは篠宮さんだって同じですよ。剣道やってたわけでもないでしょうに」
「それはそうだけど、お前は女だし」
「あー、差別発言。女が男に劣るっていつの時代の頭ですか~」
「ふざけて言ってるんじゃない!」
軽い冗談のつもりだったが、篠宮はまるで睨むような怒りの形相をしていた。
突然のことでなつのは驚き身体がこわばった。
「あ、いや、悪い」
「……なんですか急に。どうしたんですか」
篠宮はばつが悪そうに顔を逸らすとテラスの外へを目をやった。
そこには楪が出現させた船がある。
「地球じゃありえないよな、あんなの」
「そうですね。ようやく異世界感出てきました」
「俺もだ。アプリで魔法が使えて、なんだ地球と大差ないんじゃないか――って思ってた。けど違うんだ」
それはなつのも感じていた。
地球の科学は魔法をも上回る。けれど、こんなのはありえない。
「ここは俺達の世界じゃない」
ぐっと篠宮は拳を握りしめた。
恐ろしいのか悔しいのかは分からないが、目を細め船を睨んでいる。
「……けど放っておくわけにはいかないですよ。ヴァーレンハイトにもシウテクトリにも地球人がいるんです」
「それをお前がやらなくても良いって言ってんの」
「そんなの篠宮さんだってそうじゃないですか」
「俺は男だし」
「関係無いじゃないですか。篠宮さんだけが危ない目にあって良い理由にはなりません」
話は平行線だ。先ほどと同じことを繰り返し交わることは無い。
喧嘩をしたいわけじゃないけれど、なつのは篠宮を危険にさらして大人しく待っているような性格ではないのだ。
言い返そうと篠宮睨み合ったが、それを邪魔するように頭上から誰かの声がした。
「じゃあ二人でいちゃつきながら待ってなよ」
「えっ」
見上げたら、そこにいたのは楪だ。
ぷかぷかと宙に浮いている。何の補助も無く身一つで。
「……空も飛びますか」
「瞬間移動の方が楽だけど、移動先に人が多いとぶつかること多いから」
「はあ……」
瞬間移動の方が凄いことに思えたが、こんな超常現象を前にその原理を追及する精神的余裕など無い。
珍しく篠宮もぽかんとして声を失っていた。
そんななつのと篠宮の心など知らず、楪は馬鹿にするような目を向けてくる。
「国の一つや二つ消すのはわけないよ。邪魔だから大人しくしてて」
「け、消すって、何言ってるんですか」
「シウテクトリを潰すんでしょ? 更地にしてあげるよ」
「更地? 建設機械でも出してくれるんですか?」
「は? そんな面倒なことしないよ」
楪は外に目を向けすいっと人差し指で宙を縦に切った。
視線の先にあるのは森だが、なつのが森だと認識する前にそれは消えた。
バンッと強い音と共に、一瞬で消えたのだ。瞬きする間も叫ぶ間も与えてはくれない、本当に一瞬だった。
「……え?」
「家を建てるから更地にしてくれって言われたんだ。はい終わり」
「は? え?」
「分かったでしょ。うろちょろされる方が困るから大人しくしててね」
なつのには何が起きたか理解できなかった。
ただ目の前が消えた。視界が開けた。それだけだった。
けれど篠宮は楪の腕を掴んで食い掛った。
「待て! あれ消したんじゃなくて潰したんだろ! シウテクトリもヴァーレンハイトも人が住んでるんだぞ!」
「つ、潰した?」
言われて森だったそこを見ると、いくつかの砂山ができて木々が消えた周辺はなぎ倒されたようになっている。
瞬間移動のように消したのではなく、その場で壊しただけのようだった。
もしあそこに人がいたら即死だ。
「駄目よそんなの!」
「じゃあ連れ出しなよ。一か所に集まっててくれれば全員連れて来てあげる」
「船持って来たみたいに?」
「そう。それより問題は連れて来る場所がないことだね。各自の農業頼りなルーヴェンハイトじゃ生活できないよ。家も足りない」
「……そうか。準備ってのはそういう意味か」
「そうだよ。あとアイリス探すんでしょ? 僕人探しはできないからそれ待ち」
まるで何でもないことのように楪は淡々と語った。
そして森だったあたりに指先を向けてくるくると動かすと、巨岩がばらばらと切り裂かれた。石板になったそれがどんどん敷き詰められていく。おそらく家を建てる土台だ。
なつのと篠宮はあっけにとられ呆然と立ち尽くすしかできない。
「物語の主人公気取るのもいいけど、僕の邪魔はしないでよね」
そう言うと楪はまた姿を消した。
「……え?」
「まずいな」
「え? な、なにが」
「楪が動く前に人間を保護しないと駄目だ。けどどうしたもんか……」
「動くって、いつ動くんですか」
「食料と住居問題が片付くまでは動かないだろう。あとはアイリス皇女だ」
「アイリス皇女……」
なつのの頭にマリアが思い浮かんだ。
あれからマリアとも話をできていない。
(もしマリアさんがアイリスで、ずっと姿を隠しててくれれば楪様は動かない)
なつのはぐっと拳を握りしめた。
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