第二十三話 イリヤの真意【前編】

 図書室を出てノアの執務室へ向かい、早速現状報告をしていた。

 とはいえ『進捗無し』と言うだけなのであまり意味はない。ただ一方的に提案や要求を増やされるだけの時間だ。

 しかし今日は聞きたい事がある。


「イリヤとキールねえ。俺もよく分からん」

「イリヤは地球の文化導入は歓迎って感じだったぞ」

「ああ、それな。別に俺だって全否定するわけじゃないさ。けど物事には順序と速度ってもんがある。国民の生活が少しずつ改善され、本当に必要な物に精査したい」

「お前の言う『本当に必要な物』ってのは何だよ」

「だからそれが分からないんだ。何しろ俺らはお前達を妄信するしかない。けどそれが生態も文化も違うこの世界を壊すことに繋がったらどうする。悪意の有無は関係無く、想定できないんだ。なら急ぐべきじゃない」

「まあそうだけど」


 ノアの言い分も分からないではない。

 地球にも魔法がある日突然登場したらまずは警戒し調査し、その上で取り入れていくか排除するかを決めるだろう。


(けどイリヤの方が慎重に見えるけどな。未知の武器導入より国民に知識教養を提供するのは国力増加に繋がる)


 しかしヴァーレンハイトが武力行使する以上、戦う術は即刻必要だ。

 のんびり国民の成長を待つことはできない。

 だが代表である皇子が複数名いるならその両立は可能でもあるだろう。


「一度イリヤとキールを交えて話し合いをしないか」

「は? 何で?」

「どっちが白黒ってことじゃないと思うんだよ。ちゃんと国民の総意を持って決定すべきだ」

「同意見だね」

「!」


 ぱちぱちと拍手をして現れたのはキールを伴ったイリヤだ。

 ノアがチッと舌打ちをしたのが聴こえ、不仲であることは一目瞭然だった。


「僕も最初に言ったよね。話し合いをしようって」

「そうなんですか?」

「当然じゃないか。国の代表たる皇子はそうあるべきだ。けどお前は一向に話を聞かない。だから僕もちょっとだけ強硬手段に出た」

「何だよ」

「ナツノに教えたよ」

「向坂? 何を言ったんです」

「僕の現状だよ。僕はヴァーレンハイトと敵対してないってね」

「は? 攻めて来るんだろ?」

「来ないよ。だって僕らは彼らのごみを受け入れる便利な駒なんだから。ノア、嘘はいけない」

「嘘じゃない」

「真実でも全てでもない。だからナツノはもうお前を信じない。となれば篠宮もだ」


 にこりとイリヤは微笑んだ。

 ノアとイリヤの主張が食い違っているのは分かったし、話し合いが必要なのも分かった。

 けれど篠宮が注視したのはそれではない。

 イリヤの手にある齧りかけのリナリアと、ノアに疑いを持ちイリヤの味方になるであろう向坂を連れて来ていないことだった。


「……向坂はどうした」

「さあね。僕はあの子の生死に興味無いよ」


 リナリアは齧りかけだ。まるで齧ったようにぐしゃりと潰れていて、向坂はいない。

 篠宮の中でそれはすぐ一本に繋がり、怒り任せにイリヤへ掴みかかった。


「向坂をどうした!」

「貴様! その手を放せ!」

「ま起こるよね。で、ノアは怒らないのかい?」

「……何を企んでる、イリヤ」

「その言葉そっくりそのまま返すよ。僕に黙って何をしてるんだい?」

「向坂はどこだ!」

「図書室だよ。さあどうする?」


 イリヤは篠宮のことなど見向きもせずノアを見ている。

 くそ、と吐き捨て篠宮は図書室へ走った。


「向坂!」

「篠宮。どうした、そんなに焦って」


 入ってすぐにいたのは向坂ではなくマルミューラドだった。

 おそらく入れ違いでやって来たのだろう。


「向坂はどこにいる!?」

「さあ。俺も今戻ったばかりだ。その辺にいるんじゃ」

「向坂! どこだ!」

「お、おい。どうした。何があった」

「イリヤにリナリアを食わされてる! 向坂! どこだ!」


 篠宮は驚くマルミューラドを置いて図書室内を走った。

 片っ端から見て回ると、人目に付かない奥の奥で向坂は倒れていた。


「向坂! しっかりしろ!」


 抱き上げ頬を叩くがピクリとも動かない。どれだけ汗をかいたのか、服がじっとりと濡れている。


「向坂!」

「揺らすな! 消化したならもう吐き出せない!」

「じゃあどうしろってんだよ!」

「簡単だ。魔力を蒸発させればいい」


 マルミューラドは冷静だった。ベルトに挿していたいたペンのような物を取り出しカチッとスイッチを入れる。

 その先端には電球のような鉱物が埋まっていて、ぼうっとオレンジ色の光が灯った。


「な、何だそれ」

「リナリアの育成に使う温度調節道具だ。リナリアは温度によって魔力含有量が変わるから果肉に収まるよう過剰分を蒸発させる。それをやるのがこれだ」


 光は小さいが、その温かさは篠宮にも伝わってきた。

 まるで暖房を付けているような温かさが広がってくる。


「地球人がリナリアで倒れるのは過剰な魔力摂取による拒否反応だ。ならそれを取り除けばいい」


 マルミューラドは向坂の全身を照射していく。

 そうして数秒経つと、ふっと向坂の目が開いた。


「……ん?」

「向坂!」

「しのみやさん……」

「大丈夫か! 具合は!?」

「なんかあつい……」

「リナリアの魔力を除去した。もう大丈夫だ」


 向坂はぱちぱちと瞬きをすると、すぐにむくりと起き上がった。


「まだ横になってろ!」

「いえ、なんか全然平気です」

「病気による発熱とは違うからな。もう良いだろう」

「……そうか」


 向坂は不思議そうにぐっぱっと何度も手を握り、ほー、と感心していた。

 その軽い調子に篠宮はようやくほっと息を吐く。

 しかしそれを邪魔するようにイリヤたちがやって来た。

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