第二十一話 イリヤの思惑【後編】
一方その頃、なつのは大量の本を抱えてよろよろと歩いていた。
定時になると篠宮に図書室を追い出されるので、こっそり数冊を部屋に持ち込んでいるのだ。
それも溜まって来たので図書室に返却するのだが、紙の束は想像以上に重かった。
手がしびれてこのままでは落とすのではという懸念が走った時、何かにぶつかりざあっと本が雪崩を起こした。
「あー!」
廊下にばらばらと本が散らばった。
図書室まであと少しだったのにと悔やみながら本を拾っていくと、不意に暗く陰った。
見上げると、そこにいたのは明らかに嫌そうな顔をしたマルミューラドだった。
どうやらぶつかった相手はマルミューラドだったようだ。
「馬鹿かお前は」
「あんた嫌味以外で会話できないの?」
「ならまともな話をする価値を見出させろ」
「……ああそうですか」
やれやれとため息を吐きながら、マルミューラドは本を拾うのを手伝ってくれた。
有難いが、この男に手を借りるのは心底嫌だった。
「一人で大丈夫よ。放っておいて」
「はあ? 俺が助けるのは本だ。お前じゃない」
「……ああそうですか」
この男とは会話が成立しない。もうそれは理解している。
なつのはぷいっと目を逸らすが、廊下の隅に何かが落ちていた。それはチューリップ型をした、幼稚園で用いられるような名札だった。
「何これ。幼稚園児でもるの、ここ。あ、写真入ってる」
名札に入っているのは写真だった。
映っているのは十歳くらいの少年と、高校生か大学生くらいの女性だった。二人は頬を寄せ合い微笑んで、見るからに仲が良い。
ぺらぺらと軽く扱っていたら、マルミューラドが持っていた本を放り捨てて名札を引っ手繰っていった。
「返せ!!」
「うわっ!」
マルミューラドは嫌味と言っている時とは比べ物にならないくらいの恐ろしい目つきで睨みつけて来る。
しかし大切そうにチューリップの名札を抱え、その手はぶるぶると震えている。
「ご、ごめん。大切なものなんだね」
「……何歳だ、お前」
「二十一だけど。何よ急に」
「そうか……」
マルミューラドは急にしゅんと項垂れた。
チューリップの名札に入っている写真をじっと見つめている。何も声は発しないけれど、その目は明らかに寂しいと言っていた。
「えと、家族?」
「……幼馴染だ。いつも一緒だった」
「歳離れてるんだ。十七、八くらい?」
「ああ」
こちらと地球は時間軸がずれている。
マルミューラドはこちらで七年経ったと言っていた。なら地球では一週間くらいだろう。なら今再会すれば同じ歳頃だ。
「会いたいの?」
「分からない。この世界は安全じゃない」
「つまり会いたいわけね」
「……分からない」
安全であれば、生きて帰る方法があればそうしたいに違いない。
そう断言できるほど、マルミューラドは悲しそうな顔をしている。それは見ているなつのも苦しくなるほどで、この世界に留まる方法を探すと言った男の顔とは思えなかった。
あまりの落ち込みように、なつのは思わずマルミューラドの背を叩いた。
「シャキッとしなさい!」
「な、なんだ!」
「ちょうどいいじゃない! 十歳児とは恋愛できないけど今ならイケる! その子がこっち来たら恋人になるチャンスよ!」
「はあ!?」
「あなたはその子がこっちに来たら守らなきゃいけない。だからこの世界に留まる方法が欲しいのね」
「……だったらなんだ」
「なら見つけなさい! そのためにも!」
なつのは散乱した本を拾いマルミューラドの手にどさどさと積み上げた。
「篠宮さんの言う通りよ。目的は違っても手段は同じ。嫌味言う暇あるなら協力しなさい!」
「……そうだな。その通りだ」
「そう! じゃあ図書室行くわよ!」
マルミューラドは少しだけ驚いたような顔をした。
けれど鼻息荒く叫ぶなつのが面白かったのか、くすりと笑みをこぼした。
「良いのか? 篠宮と二人の方が良いだろう」
「別にいいわよ。篠宮さんだって優秀な部下が増えれば助かるだろうし」
「馬鹿を言うな。俺は恋人同士の時間を邪魔するほど無粋じゃない」
「恋人? 何それ。そんなアホなこと言ったら篠宮さんの方がキレるわよ」
「……ん? お前たちは恋人じゃないのか?」
「違うわよ。どっから出たのそれ」
「いや、お前それは本気で言ってるのか?」
「あのね。あんた自分でイケメン見慣れてるだろうけど篠宮さんも結構人気あるのよ。女なんて選び放題よ、篠宮さんは」
「それはそうだろうが……」
マルミューラドはじっとなつのを見つめた。
何故か眉間にしわを寄せ、はあと長い溜息を吐く。
「ちょっと。何よ」
「いや。不憫だなと思っただけだ」
「は!? 私が不細工で恋人できないとでも言いたいの!?」
「お前じゃない」
ぎゃあぎゃあと口喧嘩をしながらも、マルミューラドは本を運ぶのを手伝ってくれた。
だが図書室には篠宮の姿が無く、何故かマルミューラドの方が残念そうな顔をしていた。何故か「頑張れよ」と励まされ、マルミューラドは後で手伝いに来ると言って去っていった。
マルミューラドの言動はよく分からなかったが、まあいいやと本棚へ本を戻していく。
高いところにはなかなか手が届かず、背伸びすると足がぷるぷる震えてしまう。
「と、どかない~!」
くうっと苦しんでいると、後ろから誰かが手を添え本を棚へ戻してくれた。
この城の人間は図書室に来る事はほぼ無い。いるとしたら篠宮しかいない。
「篠宮さん。ありが」
くるりと振り向き礼を言おうとした。
その時だった。後ろから抱え込まれて布で口を覆われた。薬品のような匂いがしてなつのは顔を歪めた。
(な、何、何!?)
篠宮じゃないとようやく気付いたけれど、もう遅かった。
なつのの意識はぷつんと切れた。
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