第十九話 三人の皇子

 なつのは体調が回復し、さっそく本を読み始めた。

 これ以上歴史を探っても意味は無さそうなので、魔法陣に繋がりそうな図鑑を見ることにした。

 予想通り美術関連の図鑑には魔法陣に類する図形が多く見られた。


(でも翻訳できる文字はない。記号ばっかりだ)


 虎ノ門ヒルズの住所があったように、地球の情報が出て来る事を期待していた。

 だが出て来るのは翻訳できない記号ばかりで、言葉になるようなものは無い。

 せっかく一歩進んだような気がしていただけにガッカリ感が大きい。なつのはがくりと机に倒れ込んだ。

 篠宮は無理するなと優しく笑ってくれたが、反して鼻で笑い飛ばしたのはマルミューラドだ。


「やる気がないなら掃除でもしてろ」

「あんた一会話一嫌味言わないと気が済まないの?」

「掃除もできないなら消えろ。邪魔だ」

「あ!?」

「止せ、二人とも」


 ため息を吐きながら篠宮が仲裁に入り、なつのはしぶしぶ椅子に座り直した。

 相手は子供だと言われても、十八歳はそれなりに常識も礼儀もあって良い年ごろだ。

 それを思うと苛立ちしかなくて、マルミューラドに背を向け再び図鑑を開いた。すると、あ、と篠宮が声を上げる。


「向坂。別件調べてくれないか」

「何ですか?」

「ルーヴェンハイトの歴史だ。今までノアの言うこと鵜呑みにしてたが、客観的に調べてみたい」

「あ、私地球人が最初に来たのがいつなのか気になります」

「見当もつかないな。仮に地球の失踪が全て異世界行きだったら何千年も前だろうし」

「そっか。そうですよね」

「ランダムに調べてくれ。先入観持つな」

「はい!」


 任されたことが嬉しくて、なつのはばたばたと本棚へ駆け寄った。

 国の歴史については資料が多い。書物もだが、実際に扱われた書類などもあるのでリアルな状況を知ることができる。


(まずは最新情報から調べるか。政治はあんま分からないけど)


 ルーヴェンハイトの政治経済など深く気にしたことはなかった。

 それは怠慢や惰性ではなく、気にしなくても良いくらい日本と似ていたからだ。十進法で一週七日制というのは明らかに地球の制度に思える。

 金銭に端数が無い理由は分からないが、消費税さえなければ端数を出さない値付けもできるだろう。これは楽で良かった。

 逆に不便なのは曜日が無いことだった。基本的に五日働いて二日休むルーティンなのだが『休み二日目』としか言わない。だから何日経過したかが分からなく、誕生日すらもあやふやになるので年齢もはっきりしない。


(数を数えるって概念が無いのかな。まあ使う場面がなけりゃいいだろうけど)


 地球で年齢が明確である必要があるのは政治が年齢で線引きされるものがあるからだ。

 お酒は二十歳以上だったり結婚は十八歳以上だったり、そのためにも年齢は分かっている必要がある。国が国民を管理するためのマイナンバー等もがあるが、地球はやけに個人情報を細分化する。

 だが実際日常でどう影響するかといえば、マイナンバーなど使う場面はほとんどない。国としては個人を判別する記号として生年月日も必要とするのだろうけれど、それをしないのなら国民も年齢など数えないだろう。

 そういう意味でこの世界は雑だとは感じた。しかし政治が存在しないわけではない。ノアが皇子であるように、国を治める政治制度はあるのだ。書類にも承認者のサインがされている。

 きっとノアも飲んだくれているばかりではなくこういうことをやっているのだろう。

 試しにノアが何をしているのかサインを探して見るが、どういうわけかその名前は全く登場しない。その代わりに頻出する名前があった。


「イリヤ=ルーヴェンハイト? こっちはキール=ルーヴェンハイト……」


 国の名前を冠しているのなら皇族だろう。ということはノアの親兄弟ということになる。


「あ、そういや……」


 以前鈴木と会話した時にノアが言っていたことを思い出した。


『俺はノア=ルーヴェンハイト。ルーヴェンハイトの第三皇子』


「そっか。第一と第二がいるんだ。聞いたことないや」


 てっきり皇子はノア一人だと思っていた。

 ノア以外にそれらしい人物はいないし、国民からも皇子といえばノアの話しか出てこない。

 妙に気になり、なつのはメイドに声を掛け聞いてみることにした。


「イリヤ様とキール様? ご自宅は別におありよ。ご多忙でここにはほとんどいらっしゃらないわ」

「城に住んでるのはノア様と地球人だけよ」

「そうなんですか? みなさんは?」

「自宅があるわよ。ここは仕事で来るだけ」

「なるほど会社。じゃあルーヴェンハイトの王様も別の所にいるんですか?」

「ああ、知らないのね。ルーヴェンハイトに王はいないの」

「へ?」

「強いて言うならヴァーレンハイト皇王陛下が王よ。うちはヴァーレンハイトの一角だから」

「え、じゃあまさか皇子は左遷されてここに?」

「違う違う。皇子ではルーヴェンハイト国民から選ばれた代表で皇族じゃないわ」

「代表?」


 皇族と政治的権限を持つ者は別。それはまた日本の政治制度を思い出させる。


(選挙で選ばれた議員みたいなもんか)


 分かりやすくて助かるが、ここまで地球の制度であるのは不思議に感じた。

 ルーヴェンハイトがそうであるのなら、おそらくそれはヴァーレンハイトの政治制度だろう。

 そしてヴァーレンハイトには間違いなく地球人がいる。


(もし政治制度も地球人が持ち込んだならもはや地球では)


 ルーヴェンハイトには漫画のような異世界らしさは感じられない。

 魔法でモンスターと戦ったりしないし武器屋があるわけでもない。魔力珠という存在があっても活用すらしない。

 そして政治までが地球ベースとくれば、単に海外旅行しているだけのように感じてしまう。 


「でも代表は実質イリヤ様とキール様よね。ノア様は庶民派だし」

「ノア様は政治しないってことです?」

「んっと、役割が違うのよ。イリヤ様がヴァーレンハイトとの調停役だから政治の中心はイリヤ様ね。キール様は秘書みたいな感じ」

「じゃあ一番偉いのがイリヤ様ですか」

「そうね。でも国民にはあんまり好かれて無いの。ヴァーレンハイトに尻尾振ってるように見えるから」

「は? でも平和な生活できるのはイリヤ様のおかげじゃないんですか?」

「うん。でも実感ないのよ、生まれた時から平和な人にとっては」

「国民に人気あるのはやっぱりノア様ね。いっつも一緒にいてくれるし」

「目先のことやってくれるもんね。だからノア様をルーヴェンハイトの皇王に立てて独立しようって言う人もいるしね」

「ちょ、ちょっと!」


 話し込んでいると、メイドの一人が口を押えた。

 慌てる彼女の視線の先にいるのは二人の青年だった。

 一人はシャンパンの長い髪を一つにまとめていて、上品さを感じる雰囲気だ。もう一人は長身で蜜柑色の派手な髪をしているが、ぴんと伸びた背筋と規則正しい歩き方は真面目そうな印象を感じる。

 そして二人ともとても美しい顔をしているので、いかにも上流階級のようだ。

 二人はちらりとこちらを見て、長髪の青年はくすりと笑い蜜柑色の髪の青年はぎろりと睨みつけてから去って行った。


「やばい……聞かれたかな……」

「メイドの噂話気にするほど暇じゃないわよ」

「今のもしかして」

「うん。髪が長いのがイリヤ様で、背が高いのがキール様」

「揃ってお見えになるなんて珍しいわね。何かあったのかしら」

「さあ」


 改めてイリヤとキールを見ると、イリヤはにやりと妖しい笑みを浮かべている。

 その微笑みは美しくて、しかし何故か恐ろしくも見えてなつのは不安を覚えていた。

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