第十五話 発見【後編】
「なんでこう同じことばっかり……」
書いてあるのはヴァーレンハイト皇国は火の魔法を使う一族で、その威力は神の遣いと称されるということくらいだった。
歴代皇王が何をしたかがつらつら書いてあるだけだ。それをあらゆる表現を駆使して語っているだけで、内容は『ヴァーレンハイト皇国は火の国』くらいなのだ。
魔法についても記述はあるが、魔力珠は万物に存在することが確認されている、それを突き止め魔法にしたのはヴァーレンハイト皇国、ヴァーレンハイト国内では皇族の血に近い者ほど強力な魔法を使うということだけだった。
魔術どころか魔法の使い方すら書いていないので、分かったのは魔法の歴史だけだ。
ここまで何の情報も出てこない本も珍しい。そう思った時、ふとなつのは思い出した。
(わざと情報を残してないかもしれないんだ)
魔術が隠したいものならば、本に書いてある情報は魔術に繋がらない無駄な情報という事になる。
「よし! 見方を変えよう! 魔法の歴史に魔法の使い方は関係ない……え? そんなことある?」
魔法を使える人と使えない人がいる以上、どこかで魔法という技術が発生した経緯がある。
だがそれがヴァーレンハイト皇国の歴史にも記されないのであれば――
(この世界の歴史に存在しない何かが登場したってことだ)
なつのは本棚に目をやると、並んでいるのは古い本ばかりだ。
最近記されたであろう本は一冊も無い。
(もしかして、ここ数年でこの世界の歴史に関与しない誰かが未知の物を持ちこんだなら……)
手に握っているスマホに目をやると、それはルーヴェンハイトに衝撃を走らせた自動翻訳アプリが動いている。
アプリに驚いた理由は魔法が存在する世界ではあり得ないものだからだ。
たとえば、科学の世界に現れた魔法のように。
「……科学?」
地球で人がはじけ飛んで死ぬのは超常現象で魔法に類する事態だ。
そして逆もしかり。
「そっか! ヴァーレンハイトのは魔法じゃなくて魔術だった! そこで地球人が何かした結果、魔法が出来たんだ!」
なつのはヴァーレンハイト皇国の歴史本を全て並べてスマホをかざした。
「最初に地球人が来たのっていつだろ。というかこの世界西暦ってあるのかな」
ページを捲れども捲れども出て来るのは文字だけで数字は出てこない。
この世界は朝倉の言う通り雑で、特に数字に関しては本当に雑だ。
年齢を数える習慣すらないので、皆自分が何歳なのかよく分からないらしい。
そんな世界で年号が存在するとも思えない。書かれている内容が時系列なのかも分からない。
「いいや。魔法は全部地球人が作ったものと決めてかかろう。その場合持ち込まれた技術は地球にあるものだ。魔術と魔法なんて名称が似てるんだから絶対『魔法だ』って思うようなものを使うはず」
きっと篠宮ならプログラムがどうとかこうとか言うだろう。
だがエンジニアというのはごく一部で、高給取りになれるほど特異な人達だ。そんなのが都合良くごろごろやって来たとは思えない。
だったとしても、いざ魔法を使おうとなったら誰もが知ってるものを想像するはずだ。
なつのだったら――
『魔法陣タップで火が付くとか呪文で妖精召喚とかできちゃうやつ』
なつのはスマホをポケットに放り込んで本棚へ向かった。
向かった先は歴史書の並ぶ本棚ではない。
「魔法陣なら絵として残せる。美術とか芸術かも」
呪文はともかく、魔法陣は形を持つ図形だ。なつののイメージではややこしい記号や模様で作られている。
国民規模で拡散されたなら絶対に何かに書き写しているはずだ。
とにかく本棚を見て回るが、ようやく図鑑という名称の本が登場した。
しかしそれは芸術性のあるものではなく、植物図鑑だった。がっかりしてため息を吐くが、ふと思い立ち一冊取り出した。
「リナリアって何の植物なんだろ。魔力の塊なんだよね」
ぱらぱらとめくるとたくさんの植物が描かれていた。写真という技術の無いこの世界では手で描くしかないのだろう。
一つ一つ名称を読んでみると、どれも地球では聞かないような名称ばかりだった。
形状と色も奇抜な物が多いけれどリナリアは出てこない。
いけどもいけども出て来なくて、ぴたりとなつのは手を止めた。
「もしかしてリナリアも地球人が作ったのかな。なら本には載ってない」
葛西は平然と語っていたが、食べるだけで治癒するというのは相当特殊な物のように思えた。
長く暮らしていた月城ですら知らないというのは、どうも後から持ち込まれた物のように見える。
「売ってるなら育ててる人いるよね。よし、ちょっと聞きに――……あや?」
ふいに目の前が暗くなった。
足に力が入らず転んでしまい、がたんと何かが倒れる音がした。
しかし次の瞬間、ぱちりと目を覚ますと目の前に篠宮の顔があった。
「向坂!」
「……ふあ?」
「は~……驚かすなよ……」
「えーっと……」
「起きるな。倒れてたんだぞ、お前」
「え?」
言われて見ればベッドに寝かされている。図書室ではなく篠宮の部屋だ。
「っす、すみません!!」
「動くなって。寝てろ」
「わっ」
起きようとしたが額を押さえられ、再びベッドに横になった。
篠宮は心配そうな顔してくれている。
(……こんな顔するんだ)
オフィスでも心配してくれてることはあったが、いつになく真剣だ。
子供をあやすように頭を撫でられ気恥ずかしい。
「ったく。熱中するとすーぐ残業するからなお前。こんなんで倒れられたら気が気じゃない」
「大袈裟ですよ」
「どこがだ! ここ!」
ぐいと腕を引っ張られると、そこには包帯が巻いていあった。
「えっ! 痛い!!」
「倒れた時切ったんだろ。あのな、まだこっちの肉体になってない俺達はちょっとの怪我も命に係わる。気を付けろ」
「え?」
「あ?」
真剣に心配してくれているその言葉に、なつのは少しだけ引っかかった。
(『まだこっちの肉体になってない』って……なり切るつもりなのかな……)
いつかはこの世界の身体になることを想定したようなその言葉に、なつのは思わず俯いた。
「……地球に帰れると思いますか?」
「できるだけのことはするさ」
「できることあるんでしょうか」
「さあな。けど悪あがきせず終われないだろ。もうすぐ社員旅行だぞ」
「あ! 沖縄!」
「それに新規事業案募集も始まる。この世界で学んだことをアプリにしたら面白いぞ、きっと」
「地球で魔法アプリですか?」
「ああ。全員ひっくり返るぞ」
篠宮は面白そうにくくくっと笑った。
地球に帰る気があるのか無いのかは分からないが、仕事では見られない無邪気な笑顔には胸がどきっと高鳴った。
(……いやいや、どきっじゃないわよ。何言ってんの)
ぶんぶんと首を振ると、篠宮はまた少し心配そうな顔をした。
「どうした? 具合悪いか?」
「え!? い、いえ! 何でも! じゃあ私戻ります! 有難うございました!」
「あ、おい」
篠宮のベッドで寝ていることが急に恥ずかしくなり、逃げるように自室へ戻り座り込んでいた。
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