第十一話 新たな国【前編】

 地球と同じ勤務時間が定められると働いてしまうのは日本人の性だろうか。

 なつのは図書室に積み上げられた本を一ページずつスマホに映していた。楽ではあるが、それでも大変だ。

 開始してまだ三日だが、既に限界だった。


「もうヤダ!!」


 べたりと机に突っ伏すと、くすっと篠宮に笑われた。


「そうだな。大体書いてあること分かったし切り上げるか」

「へ!?」

「ほとんど歴史書だ。具体的な方法が記されてるわけじゃないから意味無いな」

「えっ! 全部読んだんですか!?」

「表紙と数ページだけな」

「へ?」


 よく見れば篠宮は一冊たりとも開いていない。

 本棚の前に立ち背表紙を撮影していく。背表紙には本のタイトルが書いてあるのでどんな本かが分かるのだ。


「中身読む必要ないだろ」

「そういうの先に教えてくれません!?」

「まさか馬鹿正直に全文読むと思わなくて」

「くっ……」


 ならば読んでいる最中に教えてくれれば良いものを。


「私のこと嫌いなんですか?」

「努力家だと思ってるよ。そんじゃ作る道具決めるか。シウテクトリの兵力が謎なんだよな」

「あれ? ヴァーレンハイトじゃないんですか?」

「それはノアを説得する。まずは和平交渉だ。水の運搬技術を提供すれば上位に立てる。攻撃して潰すのは得策じゃない」

「そうですよね。国民のことを思えばなおさら」

「仮に戦闘になっても、海沿いで戦えば良い。あっちも燃えやすい所で火は使えない」

「確かに。家が燃えますよね」

「そ。道具作るのはその後だ。何しろ土台から作ることになる」


 篠宮は本棚を振り返った。

 まだ全て把握できたわけではないし、情報があったとてそれを道具にできるかはまた別の話だ。

 今までは運よく道具にできたが、どれも既存の動力と燃料を入れ替えただけだ。

 もし物理攻撃を防ぐ道具が必要となった場合、それが可能な道具が地球から持ち込まれている必要があるのだ。


「シウテクトリ行ってみたいな。使える物があるかもしれない」

「鈴木さんに聞いてみます?」

「そうだな。まずは情報収集だ」


 なつのと篠宮は本を閉じ、医療団へ向かった。

 医療団の充実は地球人に安心を与えたようで、協力者がどんどん増えている。

 鈴木も一員として活躍してくれているが、どうやら誰かと話し込んでいるようだった。


「あれノア様じゃないです?」

「本当だ。ノア! 何してるんだ!」

「ん? ああ、シウテクトリの話聞いてんだよ」

「そうか。俺達もだよ。そのことでお前に話がある」

「お前らは待ってろと言ったはずだ」

「分かってる。けど今のままじゃお前は殺され奇形が世界中で増殖する」

「……どういうことだ」


 それはノアのシウテクトリせん滅を聞いた後の話だ。

 やはりなつのも篠宮も賛成できずにいた。


「本当に、その、殺さなきゃいけないんですか」

「頭に血が上ってるだけだろ。説得はしてみるよ。それに殺せない理由もある」

「理由? って何ですか?」

「戦闘技術の差と戦後の被害だよ」


 篠宮が言うには、せん滅作戦の賛否とは別の問題があるらしい。

 それを教えればノアは踏みとどまらずを得ない、それほど大きな問題だ。


「まず戦闘面。地球には爪くらいの鉛玉で肉体貫通する武器がある」

「……何の魔法だそりゃ」

「銃っていう片手サイズの道具だよ。鈴木さん、あったか?」

「あるな。多くはないが」

「ならこの世界の人間は歯が立たない。まずこれの対策が必要だ」


 この世界の文明は低い。

 魔法はなつのの夢を現実にしたが、品質や威力自体は地球の科学に遠く及ばない。

 しかもノアは剣だ。銃相手なんて敵うわけがない。

 だが懸念はそれだけではない。これもまたこの世界では人知の及ばない、地球でいうところの魔法に匹敵する問題がある。


「もう一つが奇形製造。地球人がやってる以上は魔法アプリと思って良い。問題はこれだ」


 魔法アプリは魔法同等の結果を与えてくれる。

 だが仕組は科学だ。篠宮の作ったプログラムの上で実行されていて、当然プログラムとしての特製は残っている。


「アプリを動かすのはプログラム。プログラムは感染拡大が可能だ」

「……分かるように言え」

「そうだな。プログラムは目に見えない本だ。自分以外に受け渡し可能」

「だから国ごと潰すんだよ」

「そうだな。けどプログラムはデータだから触れない。受け渡しは視認できず瞬時に完了する。お前が船で乗り込んで、見つかった瞬間に連中は拡散させるだろう」


 プログラムは文字情報だ。英数字と記号で作られ、それ自体は触れない。

 たとえ端末を壊しても他にバックアップがあれば無意味だ。

 仮に国ごと潰して全端末を潰しても、魔法アプリで魔力を操りウィルス化できたら即転送だ。


「一度作ったプログラムは再現できる。開発者は確実に抑えないと第二のシウテクトリが出てくる」

「でも端末は全部壊さなきゃですよね。やってられないですよ、幾つあるかも分からないのに」

「開発者捕まえたらその後国ごと潰せばいい。ノア、建物を一発で更地にする技術はあるか? 爆弾とか」

「無くはないが……」


 篠宮の話が理解できているか怪しいが、ノアはうーんと考え込んだ。

 しかしその時、おい、と鈴木が手を挙げた。


「もう一つ問題あると思うぞ」

「何だ?」

「移動だ。シウテクトリへは海を渡るがあるが、この世界は渡し船なんざ無い」

「え、じゃあ鈴木さんどうしたの?」

「キャラバンに乗っけてもらった。働くからって頼みこんでな」

「キャラバンてことは常駐じゃないよな」

「ああ。来るのを待つしかない。俺は三カ月くらい船着き場で寝泊まりした」

「船のアテはあるんだよな、ノア」

「あるが、他の国に借りるから外交問題なんだよ。可能ならキャラバンを頼りたい」

「けど今は海岸付近に鰐が放し飼いになってるはずだ。なら目の前まで行ってもらうのは無理だぞ」

「少し離れてても泳げる距離ならいいんじゃない? 鰐、地球人は食べないんだよね」

「噛まれる分にはな。けど体当たりされていっぺんに乗っかられたら分からん」

「物理攻撃すか……」


 人間相手ならまだ交渉の余地があるが動物は別だ。

 それに大丈夫と分かっていても噛みつかれるのは怖い。顎の力だけで骨くらい折れそうな気もする。

 そう思うと歩いて近付きたくはない。できれば歩かず相手の目の前に直接移動したいところだ。

 歩かず移動、となつのは少しだけ考え、ぽんっと手を叩いた。

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