第六話 異世界の医療【後編】

「薬は駄目なんだな。他は何をしたら死ぬ?」

「え、えっと……一度出た魔力珠を戻したら駄目。地球人は血に酸素を入れちゃ駄目っていう、ああいうのと同じだと思うわ」

「分かりやすい。じゃあ逆流しないよううつぶせがいいか」

「そう、ね。椅子を二つ並べて傷を下に向けるのがいいわ」

「椅子持ってきます!」


 ぽかんとしているなつのとは逆に、朝倉は即座に走り椅子を持って来た。

 傷口を下に向けると、血も魔力珠も床に落ちて戻ってくることは無い。


「消毒は? 酒ならあるが」

「駄目。魔力珠はアルコールに接触すると破裂することがあるわ。体内で破裂したら肉ごと裂ける」

「こ、こわっ」

「魔力珠が無くなると血液不足にならないか?」

「なるわ。だから外部から補充するの。これは魔力を持ってる自然物を食べればいいだけよ」


 葛西はテーブルに置いてあった果物を手に取った。

 配布されたばかりのリナリアだ。


「食べて。このくらいの傷なら丸一個分かな」

「は、はい」


 葛西が皮を剥くはじからどんどん食べていく。

 それは特に変わった食べ方ではなく、ただ食べるだけだ。

 これに何の意味があるのか分からなかったが、その意味はすぐに分かった。


「うわ!」

「な、治る。治ってる!」

「この世界の人体は魔力で構成されてるらしいわ。失った魔力を補充すればすぐ治るの。逆に魔力が足りなきゃ血液があっても死ぬ」

「急に異世界を感じる」

「ここって野菜を調理せず食べるでしょう? あれは魔力を効率よく摂取するためなの」

「調理したらいけないのか」

「ええ。食材をそのまま食べてれば病気も怪我も無いわ。だからこの世界は医療施設が無いのよ。必要なのはリナリアのように魔力含有量の多い食べ物」

「へえ……」

「完全に傷がふさがったら動いて大丈夫よ」


 話している間にも傷はふさがっていく。

 既に顔色も良くなっていて、痛みも感じていないようだった。


「分かったでしょう? 私は何もしない方がいいのよ」

「そんなことない! 諒さんが助かったのは葛西さんのおかげだよ!」

「そうだな。あんたの『何もしないのが正解』って知識が彼女を救った。その知識こそが医療じゃないのか」

「それは……」


 葛西はびくりと震え、ふいっと目を逸らした。

 人を死に追いやったトラウマはそう簡単に乗り越えられるものではないだろう。

 何と声を掛けていいか分からずにいたが、代わりに葛西の手を握ったのは月城だった。


「襲われた人は他にもいました。みんなも助けてあげてください、葛西先生」

「わ、私は、先生じゃないわ」

「私にとっては先生です。だって薬をくれるのはお医者様だから」


 ね、と月城は微笑みリナリアを葛西に渡した。

 これがこの世界の薬になる。 


「……診て来るわ。後で宝塚の話しましょう」

「え! 好きなんですか!?」

「ええ。あなたの事もずっと見てたわ、男装の歌姫」


 それまで寝てなさい、と笑って葛西は部屋を出た。

 朝倉もリナリア運搬のために付いていき、部屋ではようやく落ち着きを取り戻した。


「大したことなくてよかったですね」

「本当だよ。初めて知った、こんなの」

「けどあんなのが出るなら今までも怪我人多かったんじゃないのか?」

「いや、いませんよ。あんなの初めてだ。巡業でも見たことない」

「じゃあさっきのは?」

「分からない。本当に初めてだよ」


 確かに、あれだけのことが過去にあったならなつの達にも知らされているはずだ。

 少なくとも武器防具は備えるはずだし、避難訓練も必要になる。


「何か起きてるのかもしれないね」


 地球と大差ない、それどころか文明は地球に劣る。

 まるで異世界さを感じなかったから穏やかに生活もできた。

 けれど本当に物語のような異世界生活になるのなら、今まで通りにはいかない。

 なつのは異世界という言葉を急に恐ろしく感じていた。

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