第四話 魔法ならざる魔法【前編】

 現在無職のなつのはぼんやりと広場の焚火を眺めていた。スマホと魔力珠による活性化はうまくいっているようだ。

 篠宮と朝倉は魔法の研究をしようと難しい本を読んだり人々に話を聞いて回っている。

 どうやら魔法のプログラム化について考えているらしいが、地球のプログラムすら分からないなつのは情報収集を名目に離脱した。

 とはいえ情報など集まるわけもなく、ただぼんやりするに至った。


(新卒一年目でまた就活とかほんと勘弁)


 朝倉は飲食が良いと軽々言ったが、なつのは料理を含め家事が得意ではない。

 特に入社してからは激務のためコンビニやインスタントで済ますことがほとんどだった。掃除洗濯は週末にまとめてやる。

 家事が職のようなこの世界で一体何ができるのか。

 はあと深くため息を吐くと、ごんっと後ろから頭を叩かれた。


「痛い!」

「この忙しい時に何サボってんだお前は! 情報収集は!」

「……月城さんがいるじゃないですか」


 篠宮は地球とこちらの両方を知る月城にあれやこれやと質問攻めにしていた。

 魔法についてはもちろんのこと、他の土地についてや文明のほど、試して成功したこと、失敗したこと――とにかく何でもだ。

 最初はなつのも一緒に聞いていたが、しかし月城から出てくる情報は生活の知恵ばかりだった。

 それでも篠宮は長々と真剣に話を聞いていた。なつのはこんな真剣に向き合ってもらえたことなど一度もなかったけれど。


「どうせ私にできることないですよ」

「何だよ。何拗ねてんだ」

「別に拗ねてないですよ。ただ億劫だなって」


 当初期待したようなきらめく魔法は無いしお金は無いし就活は必要だし、まるで地球だ。

 溜め息の一つや二つ出ても仕方がない。

 ぷいっと目を逸らしたが、がしっと頭を掴まれる。


「ぎゃっ!」

「来い!」

「ちょっと! 放して下さいよ!」


 ぎゃあぎゃあと喚きながら引きずられた先は、城から離れた林の奥にある木造の小さな小屋だった。

 まるで隠されたようにひっそりと佇んでいる。


「何ですかここ」

「遊園地に見えるか?」

「そういうこと言ってんじゃないですよ」

「行くぞ」

「え!? ここ何なんですか!?」

「いいから来い」


 そのままずるずると引きずられて中に入ると、朝倉ともう一人、少女の姿があった。

 アクアマリンのような優しい青色の瞳は宝石そのもので、腰まであるウェーブの金髪は光が流れているようだ。

 同性でも見惚れるほどの美少女で、凛とした雰囲気は威厳すら感じさせる。

 たおやかな微笑みは美しい声で優しい言葉を紡ぐのだろうと思わせたが、少女の口からは思ってもいない言葉が飛んできた。


「あら、来たのね役立たず」

「……は?」


 出てきた言葉は穏やかそうな容貌からは想像もできない。

 少女はじろじろとなつのを見ると、はーあ、とため息を吐いた。


「カナメは昨日からずっと研究に励んでいるのにあなた何してらしたの?」

「昨日から?」

「聞いてらっしゃらないの? まあ、本当に役立たずなのね」


 カチンとなつのの中で何かが弾けた。

 昨日と言えば月城に話を聞いていたからその後という事になる。なつのはいつも通り部屋で休んだが、その間に篠宮は何かやっていたのだ。


(女引っかけて別の女とも? 何それ。引く)


 なつのは篠宮をぎろりと睨んだ。


「何だよ」

「役立たずなんで失礼します」

「待て待て」

「何ですか! 勝手によろしくやってて下さいよ!」

「何言ってんだ。彼女は魔法の研究をしてるんだ。話を聞こう」

「へ?」

「この国で魔法について知っているのは私だけでしてよ」


 少女は自慢げに笑いなつのを一瞥した。

 容貌といい振る舞いといい、研究者というよりもお嬢様を飛び越えお姫様のようだ。

 だが真実研究者なら揉め事を起こすわけにはいかない。

 ぎりぎりと拳を震わせると、あわあわと朝倉が二人の間に割って入った。


「そ、それじゃあ始めましょう! 向坂さん。こちらはマリア=レイ様。ノア様とも親しい方だよ。マリア様。彼女は僕の同期で、向坂なつのさんです」

「リツの同期? あらまあ。地球は随分と能力差の著しい国ですのね」

「は? まだ何もしてないんですけど」

「何かしようとしなければ成果を見せられないのは役立たず共通の言い訳ですわね」


 マリアはくすくすと見下すように笑った。

 腹立たしいその笑いですら美しく、それもまたなつのを苛立たせた。


「マリア様。こいつは仕事が違うんです。役立たずじゃありません」

「篠宮さん」

「……カナメが言うなら仕方ありませんわね。お掛けなさい」


 マリアは篠宮と朝倉を自分の近くに座らせると、なつのから露骨に目を逸らして篠宮を見つめた。


「それで、異世界へ行く魔法でしたかしら」

「はい。絶対にあ」

「絶対にありませんわ」


 マリアはにべもなく一刀両断した。

 篠宮もこれには驚いたようで、言葉を失っている。


「何を勘違いしているか知りませんが、魔法とは自然に起因するもの。自然現象以外のことなどできません」

「え? そうなの?」

「なら自然現象で起きうるのかもしれない」

「異世界へ行く自然現象など聞いたこともありませんわ。あなた方の世界では日常的なことなのですか?」

「いえ……」

「魔法は無から有を生むものではありません。自然にあるものを自然の力を借りて動かすだけ」


 確かに、魔力珠でできたことはスマホの音を拡大したり火を大きくしたりという、既にある物を操作しただけにすぎない。

 ただ人間の手を使わずに済むというだけで、やっていることはスピーカーやライターといって地球の道具と同じだ。


(魔法は科学になる。逆を言えば、科学でできることしか魔法にならない)


 まだどこかで魔法に夢を見ていたなつのの心は完全に砕かれた。

 がっくりと肩を落としたが、篠宮はまだ真剣な顔をしている。


「全く心当たりがないんですね」

「ええ」

「ではヴァーレンハイト皇国に行ったことはありますか」

「いいえ。あそこは魔法を使える者しか立ち入りができませんもの」

「じゃあそこにあるに違いない。心当たりが無いのは知らないだけだろう」

「そ、それは……」


 ぐっとマリアは急に黙り込んだ。

 自信満々に否定しておきながらあっさりひっくり返されたのが悔しいのだろう。


「もう一つ聞いても?」

「……どうぞ」

「魔力珠は人体からも採取できますか?」

「何気持ち悪いこと言っるんですか……」

「地球に戻る鍵だからだ」

「鍵?」


 魔力珠はわらび餅のようで、体内にうようよしてる物ではない。

 そんな様子は想像するだけで気分が悪いが、篠宮は至ってまじめだ。


「お前と俺は地球で魔力珠を見てる。それもここに来る直前」

「えー……」


 直前といえばデバッグをしていた。

 先が見えずくたびれていた記憶はあるが、わらび餅を食べていたわけでもない。


「覚えてないか。落ちてきた男がはじけ飛んだ時だ」


 なつのはオフィスで大量の血を浴びた時、何かが頬に飛んで来たのに驚きひっくり返った。

 飛んできたのはわらび餅のような物だった。言われれば確かに魔力珠だ。

 けれど魔力珠は地球には存在しないものだ。こちらの世界から持ち込まない限りは。

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