第37話 信じる力
「やえこ?」
それは洋館の直ぐそばの広場、豪切と紫桜も異質な気配を感じたあの場所だった。
散らばる木片の中心に八枝子本体が埋められていた。
——森を抜けてすぐのことだった。
桜紗は、村を埋め尽くしている怨念が、ゆっくりと流れる空気のようにここに集まってきているのを感知した。
こっちだ、と即座に桜紗はその場所を特定して、ワイヤーカッターをシャベルがわりに掘り始めた。松宮も、素手である左手に右手の軍手をはめ替えてあとに続いた。
黙々と作業を続けるなか、「残ってるのか?」と、松宮は口火を切る。
「土葬で九十年近く、どうせ防腐処理もされず、棺も木製だろ。土の成分やらで違うらしいが、獣に荒らされたり、微生物に分解されてすべて土に還っているかも」
「確かにそうだが、獣はないな。彼らは賢い。忌まわしきを忌む。ここには近寄らないさ」
しばらく掘り進める。ちゃんとした道具のない二人にはかなりの重労働だった。途中、松宮は暑い、とダウンを脱いで、黙々と掘った。
一瞬、異臭が鼻をついた。放置されて数十年、いまさら腐臭がするとは思えない。気のせいか、とも思われたが桜紗はワイヤーカッターを置き、手で掘り始めた。
そもそも埋葬が目的ではないためか、それほど深くはなかったようで、しばらくしてそれは現れた。
「間違いない。八枝子だ」
頭蓋とその一部。胸の辺りまでは露わになっていると思われたが、下顎もそれと混ざってしまって確認できない。ほとんどは土に還っていた。
それでも、これでいいと桜紗は言い、二人は広場を離れ、洋館へ来たのだった。
八枝子本体は見つけた。しかし、祓い
「奴を引きつけて逃げ回れと言うの?」
桜紗を見上げる豪切の表情がひきつる。
「受け取れ。かなり役に立つ」と、ワイヤーカッターを豪切の目の前に置いた。
「しかし、これを渡してしまったら兄様はどうするんだ?」
「何を勘違いしている。今見せたのは、お前のように力のない者が戦う方法だ。私の攻撃だったら、そんな物を使わなくても全て有効打だよ」
力不足——。悔しい。豪切は、床についたままの両手に力を込める。
その微かな震えが、背中に置いた左手から伝わってくる。しかし松宮は、かける言葉が見つからない。
豪切は口を開く、そして絞り出すように、
「……そうだろうとも。わたしは力も中途半端で、最初から甘く考え、みなを危険にさらした挙げ句、犠牲者も出した。儀式を始めれば兄様は動けない。その間、みなを守る自信がない」
「情けない」桜紗が突き放すように言った。
豪切は勢いよく顔を上げ、訴えかけるように桜紗を見る。その傷だらけの顔は、弱々しく、苦しそうな、悲しそうな、いまにも泣き出しそうだった。
「ああ、そうとも! 情けないさ、情けない……でも——」
「情けなくなんてないですよ!」
斗南が叫ぶ。
「情けなくなんてない。僕はずっと守られていましたよ。先輩は、そんなにボロボロになっても守ってくれていました! 僕なんて、自分のことなのに何も出来ない。何一つ役に立っていない」
斗南の切ない顔は、涙をこらえているようだ。
「そうだよ豪切氏、いつものハイテンションはどうした? 自信を持てよ。逃げ回るくらい、自分の身は自分で守る。私たちを信じろ」
もちろん、松宮にそんな自信はなかったが、豪切を落ち着かせるように背中をさすりながら、優しく言った。
しかし、豪切はもうダメなんだと首を横にふった。
「自信がない。私は、自分を信じられないんだ」
豪切の悲痛な想い——。
「構わないですよ。良いんですよそれでも。僕たちが先輩を信じます!」
斗南の強い想い——。
斗南の力のこもった眼が、豪切を震わす。
悲しげな、切れ長の目に涙が溜まる。
「ほら、部室で僕の夢を調べるためにみんなで輪になったじゃないですか。その時言ってましたよね、信じることが力になるって」
堪えきれずにあふれる。
涙は目尻から頬をつたい細い顎へ。
「僕は信じます!」
豪切は歯を食いしばる。真っ直ぐに斗南を見返し、目の前のワイヤーカッターを手に取り、立ち上がった。
桜紗はため息をつきながらもそれを見て口元が緩む。
「ちなみにだが、監禁場で片方は浄化してある。引きつけるのは蝸牛の方だ」
松宮は目を丸くして「浄化って? じゃあ、監禁場であの女を倒していたのか? いや、でもそんなわけはない」
片方? カタツムリの方? 同じく理解ができずに眉をひそめる豪切を見て桜紗は言う。
「八枝子は初めから二体いたんだよ」
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